海外競馬情報 2025年09月11日 - No.34 - 1
アレン卿が晴れてBHA会長に就任(イギリス)【その他】

 英国競馬界が岐路に立つなか、9月1日(月)にチャールズ・アレン卿が英国競馬統括機関(BHA)会長に就任する。BHAのリーダーシップ、ひいては競馬界全体にとって新たな時代の幕開けとなる。

 アレン卿は当初より3ヵ月ほど遅れて就任する。就任の条件として、英国競馬界の統治体制の改革を求めるなど固い意志をすでに示していた。

 アレン卿が就任する「今」は、競馬界の未来を左右する正念場だ。現在、英国競馬は、世界の競馬大国としての地位や一般社会とのかかわりを維持する闘いをしながら、賭事税制の変更と規制強化という二重の課題に対峙しているからだ。

 長く続く華々しいキャリアのなかで「どんな組織の会長も見事に務めてしまうだろう完璧な会長」と言われてきたアレン卿は、なぜBHA会長職に就きたいのか問われた際に「難しい職務を成し遂げたい。簡単な職には就きたくない」と話したと言われている。

 アレン卿のBHA就任も平坦な道のりではなかったが、英国競馬界は難題を好むアレン卿にまさにうってつけの場所だ。賭事税制の変更を政府が検討しており、壊滅的な打撃を受ける可能性があるからだ。

 かつてガーディアン紙がアレン卿を「非常に打たれ強い性格の持ち主。生まれつき逆境に強い人物」と紹介したことがあるが、これは英国競馬界にとって幸いなことだ。

 昨年の11月に就任が報道されたあとも、アレン卿は目立った行動を控えていたが、3月のチェルトナムフェスティバルには姿を現した。それまでに、アレン卿は数多くの競馬界の重鎮と会い、信念の強い人物という印象を残していた。

 どうやら同時にこういった面会が、アレン卿に職務への疑念を生じさせたらしい。6月上旬の就任をたった数日後に控えたタイミングで延期することが明らかになった。「競馬に関する未来像をさらに深めるため」に議論を継続するというのが理由だ。

 のちに、アレン卿がBHA理事会を競馬場や競馬関係者などのメンバーから完全に独立させようとしていることが明らかになった。また、BHAを規制部門と商業部門の2部門に分割したいと考えていることも判明した。

 ここ数週間は、アレン卿が望むものが得られない限り、BHA会長に就任しないという事態も十分にあり得た。

 アレン卿の瀬戸際作戦は功を奏した。7月下旬にBHA理事会が、BHAを分割せずに維持するとしたものの、理事会については完全に独立させるとの合意に至ったからだ。

 しかし、こういった行動が英国競馬界の大物の一部からは快く思われず、アレン卿は今やなぜ会長の座に選ばれたのかを示さなくてはならない重圧にさらされている。

 かつての会長ポール・ロイ氏は、会長の職務が「独特」で「かなり骨の折れる」仕事であると評した。また、アレン卿には複雑で多様性に富んだ業界をうまく導いていく役割が求められるとした。

 インフラ大手の多国籍企業バルフォア・ビーティ社(Balfour Beatty)やEコマース小売企業THG社の会長職など、他にも数多くの役職を務めている68歳のアレン卿にとって、これほど骨の折れる仕事のために十分な時間を捻出することが課題となる可能性が多分にある。

 また3月には、一流馬主マイケル・テイバー氏の息子アシュリー・テイバー-キング氏が、ジョン・マグナー氏やJ・P・マクマナス氏の支援を受けて設立した商業ラジオグループのグローバル社の会長職からも退いている。

 アレン卿はBHA会長として週1日程度しか稼働しないとみられており、競馬界の各方面で驚きと懸念を呼んでいる。職務に多くの時間を割いた前任者のジョー・ソーマレズ-スミス氏とは対照的だ。ロイ氏もこの職務について「予想をはるかに超える時間を費やすことになった」と語っている。

アレン卿はどのように名を立てたのか

 アレン卿は1957年にスコットランドのラナークシャーに生まれ、1974年にブリティッシュ・スティール社で会計士としてキャリアをスタートさせた。1985年にケータリング業のコンパス社に入社し、1991年にはグラナダ社に移った。

  1年後には、デビッド・プロウライト会長の解雇も含めた運営体制の刷新に伴って、グラナダ・テレビジョン社のCEOに任命された。伝えられるところによると、この動きによって、アレン卿はコメディアンのジョン・クリーズ氏から「成金のケータリング屋」と呼ばれた。

 2004年にグラナダ社はカールトン社と合併してITV社が誕生し、アレン卿がCEOに就任した。しかし、そのわずか2年後にはグレード卿にその座を明け渡すことになった。

 アレン卿のテレビ業界およびメディア業界でのキャリアには、ITV社、グラナダ社、グローバル社での役職のほかにも、EMI社、ヴァージン・メディア社、ビッグブラザー(訳注:人気を博したリアリティ番組)の製作会社エンデモル社(Endemol)での上級職が含まれている。

 タイムズ紙はアレン卿のことを「メディアの偉大なる生き残り」であるとし、一方で2008年のガーディアン紙に掲載された人物紹介では、「芸能界の馴れ合い文化には決して属していない」と評された。

 アレン卿はスポーツの世界でも豊富な経験がある。インヴィクタス・ゲームズ(Invictus Games)で委員長を務めており、2002年にはマンチェスター・コモンウェルス・ゲームズ(Manchester Commonwealth Games)でも委員長を務めた経験がある。その経験から2012年ロンドンオリンピックの招致活動にも関わり、本大会では組織委員会の理事を務めた。

 アレン卿の履歴書に欠如しているのは、競馬との明確なつながりである。そのため、一部がアレン卿のBHA会長職への適性に疑問を呈している。

 有力調教師のラルフ・ベケット調教師もその一人だ。3月にロンドンで開かれた全英調教師連盟(National Trainers Federation)の年次総会で、アレン卿を任命した選考委員会の議長でもあったBHA暫定会長のデビッド・ジョーンズ氏を厳しく追及した。

 「最初の求人広告では次期会長の要件に、競馬に関するしっかりとした基礎知識と記載がありました」とベケット師は述べた。「チャールズ・アレン卿の履歴書には競馬に関するしっかりとした基礎知識を持っていることを示すものは何もなかったのです」。

 ジョーンズ氏は、アレン卿が「ほかのどの候補者よりも、ずば抜けて評価が高かった」とし、こう付け加えた。「まずは色眼鏡を外して、アレン卿がこれから何をもたらすのか、その働きぶりを見ていただきたいです」。

 英国競馬界では競馬場の権力が強すぎるという見方が一部にあることを考えれば、アレン卿が正式に就任する前から統治体制の刷新やBHA理事会の独立強化に努めたことは、調教師や関係者の一部にアレン卿を再評価させるきっかけになった可能性もある。

 ベケット師が言うところの「競馬場の虚勢」を見抜くために、アレン卿が就任を遅らせたという決断をベケット師は確かに評価しているのだ。

 アレン卿は自身が手ごわい交渉相手であることを示してきたが、BHAの現状を打開するためにその手腕を巧みに使ってしまったことから、今後は望み通りに改革を進めていくことが一層、困難になる可能性もある。もはや「就任を辞退する」という脅しは使えず、次回は競馬関係者も、ためらうことなくアレン卿の虚勢を崩しにくるだろう。

 一部にはアレン卿がBHAにどれくらい留まることができるのか、依然として疑問に思っている関係者もいる。

 BHAがアレン卿の下で取る方向性が、BHAの新しいCEOの選定にも影響を及ぼすだろう。昨年、ジュリー・ハリントン氏が辞任してから、現在まで空席となっている。

 アレン卿はBHAのCEOの報酬が現状よりも引き上げられるべきだと考えているとの話もある。

政治とのつながり

 アレン卿の政治とのつながりが任命に至ったもう一つの理由として挙げられている。アレン卿がウェストミンスター(訳注:政府機関が集まるロンドンの地区)で影響力を行使できるかどうかは、アフォーダビリティチェック(馬券購入者の経済性チェック)で既に打撃を受けている競馬界にとって生命線となる。また、労働党のオンライン賭事税の統一化計画による増税はほぼ確定だと言われており、経済的損失がさらにのしかかる事態に直面している。

 「競馬への増税ストップ」キャンペーンの一環である来週の抗議活動は、そうしたアレン卿の手腕が問われる就任後早々の試金石となるだろう。

 アレン卿は労働党が前回、政権を握っていた2006年から2008年まで内務省の首席顧問を務め、2012年には当時の党首エド・ミリバンド氏より運営面および商業面の見直しを監督する役割に抜擢された。その後、党執行委員会の委員長に就任した。

 しかし、その役職も2015年に退いた。2013年から労働党の貴族院議員であったが、比較的最近まで目立った公的な活動はなかった。貴族院では11月以降に30回投票しているが、それ以前の投票は2023年3月までさかのぼる。

 現在の賭事・ゲーミング協議会(Betting and Gaming Council)の議長マイケル・デュゲル氏が労働党の国会議員であったころに、アレン卿との接点があった。

 同氏は、仕事をもう一度、一緒にできるのを楽しみにしており、アレン卿の成功を祈っていると話した。

 「過去にもチャールズ・アレン卿と仕事をしたことがあります。才能にあふれた方で新しい風を吹き込んでくれる存在です。まさに競馬界が必要としている人材です」と付け加えた。

 「アレン卿を待っているのは、競馬界を一つにまとめ、痛みを伴う変革に立ち向かわせることができるのかといった英雄に委ねられた難題とも言うべきものなのです」。

 増税、アフォーダビリティチェック、馬券売上の低迷、優秀な馬の海外流出といった課題に英国競馬界が直面するなかで、英雄のように勇敢な行動が必要とされるときがあるのならば、それはまさに今なのだ。

By Bill Barber

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