海外競馬情報 2023年01月23日 - No.1 - 4
馬福祉戦略を一部の生産者が"官僚的"と非難(オーストラリア)【生産】

 レーシングヴィクトリア(RV)が12月上旬に発表した今後5年間の大まかな馬福祉戦略の概要を示す計画書は"ホースマンではなく官僚の思考回路"と評され、ある方針については"取引制限の可能性がある"との烙印が押された。

 馬の福祉の重点分野と提案された主な成果目標の中には、RVが「種牡馬登録の承認プロセスの強化」を実施する計画がある。それにより、ヴィクトリア州でどの種牡馬を供用できるかについての拒否権がRVに与えられ、義務負担を伴う条件が州内生産者に課される可能性がある。

 2023-27年馬福祉戦略計画(全18頁)は、ヴィクトリア州と豪州全体のサラブレッド生産界に衝撃を与える恐れがある。

 2023-27年馬福祉戦略計画の一部では以下のようなことが提案されている。

 ・ ヴィクトリア州の登録生産者は全員、動物福祉5領域の学習コースと、馬の馴致・正と負の強化の学習コースを受けることが義務付けられる。ヴィクトリア州の調教師と厩舎スタッフもこれを修了することが求められる。

 ・ ヴィクトリア州の生産に関するアカウンタビリティー・フレームワーク(説明責任枠組み)を構築する。これには生産許可や免許制度の強化、生産牧場の最低基準が含まれる。

 ・ 競走開始前の監査を実施して、デビュー前の馬のトレーサビリティ(追跡可能性)における欠陥を特定する。

 ヴィクトリア州の生産者が全員、馬の馴致と動物福祉5領域の学習コースを受講しなければならないというRVの計画を知り、同州の影響力のある生産者、ドリントンファームのロバート・クラブトゥリー氏は"実現不可能である"と述べた。

 クラブトゥリー氏は12月12日(月)、本紙(ANZブラッドストックニュース)にこう語った。「現実的ではありませんね。どのような馬か知らずに馬を所有している人などについてはどうでしょうか?競走馬として出走させて、そのあと繁殖馬として仔馬を生産する人はたくさんいますが、彼らはどっちが馬の前なのか後ろなのかも知らないぐらいなのですよ」。

 「だから、本当にばかばかしいと思うのです。なぜなら先ほど言ったように、馬について何も知らなくても、馬と暮らしていなくても、馬を使って何かをしていなくても、その馬の所有者や生産者でいられるのです」。

 「学習コースを受講する必要がないばかりではありません。そういった馬主や生産者はヴィクトリア州に住んでいないかもしれないのですから、やはり現実的ではないでしょう。ホースマンではなく官僚の思考回路なのです」。

 産駒登録の前提となる種牡馬登録の前の承認プロセスを強化するという提案について、ラーヌークスタッド(Larneuk Stud)のネヴィル・マードック氏はそのような決定は支持されないだろうと考えておりこう語った。

 「まあ、せいぜい頑張ってくれたらいいじゃないですか。アイアムインヴィンシブルのことを思い出してみてください。彼は競走を引退した当時はわずかな価値しかなかったのですが、今や豪州で最も優秀な種牡馬の1頭になっています」。

 「たとえばドイツでは、種牡馬入りする前に承認プロセスがあり、承認された種牡馬の産駒だけがドイツの生産者のボーナスの対象となるのです。しかし豪州でそれをやり始めたら、間違いなく取引制限となるでしょう。そうする前に、やるべき多くの議論があるでしょう」。

 どの種牡馬をヴィクトリア州で供用できるかに関してRVが発言権をもつ可能性についても、クラブトゥリー氏はマードック氏と同意見である。

 クラブトゥリー氏はこう語った。「たとえ何らかの取決めに合意したとしても、取引慣行からみて種付頭数を制限できないのと同様、この提案は間違いなく取引の慣行法に違反するものといえるでしょう。それらがどのようなものになろうとも、RVの福祉戦略計画の骨格となるルールのうちの2つは完全に破綻しているのです」。

 本紙は12月12日(月)、新たに発表された計画の一部について明確に説明してもらうために一連の質問をRVに投げかけた。しかし、RVの馬福祉担当の総括部長であるメリッサ・ウェア氏が馬福祉戦略に関して提起されている問題について直接回答することはなかった。

 ウェア氏は声明の中でこう述べている。「今後5年間、サラブレッド産業のすべての関係者と密接に協力し、ヴィクトリア州の馬の福祉をさらに向上させます」。

 「2023-27年馬福祉戦略計画で概説された7つの重点分野は、生産部門も含んでいる2019年戦略の実施期間中に得られたフィードバックと協議に基づいて立案されました」。

 「私どもは生産界と協力し、最近概要が提示された戦略計画の詳細を共同で作り上げていく考えです。RVの"生涯にわたる馬の福祉アプローチ"の進展に役立つでしょう」。

 「適切であれば、サラブレッドの福祉の成果を向上させるために全国レベルで取組みを支援します。それには全国的な馬のトレーサビリティ登録の開発などが含まれます」。

 「まだ進行中ですが、オフザトラックコミュニティー(Off The Track Community)をさらに発展させていきます。すでに5,000人近いメンバーと3,000頭以上の馬が登録されています」。

 RVが生産者に対して学習コースの受講を強制したり、どの種牡馬を供用できるかを決定したりする管轄権をもつかどうかは不確かなままである。これらの疑問についても12月12日(月)時点でRVから回答を得られていない。

 RVは2019年に馬の福祉を推進および拡大する戦略計画を策定して以来、過去3年間で馬の福祉に2,700万豪ドル(約24億3,000万円)を費やしている。競走引退後プログラム・セーフティネット・可視化(30%)、獣医師と馬の福祉の業務の提供(30%)、競馬のリスク低減(25%)、競馬産業の評価と教育(15%)のために支出された。

 RVは賞金プールの3%を控除して、騎手と馬の福祉基金に充てている。

 RVが12月9日(金)に戦略文書を発表したとき、CEOのアンドリュー・ジョーンズ氏はこう語った。「馬の福祉は、ヴィクトリア州のサラブレッド競馬産業にとって最優先事項です。競馬従事者は馬が大好きなので馬とともに働き、生計のためにも馬を世話しているのです」。

 「RVの2023-27年馬福祉戦略計画は、馬の福祉を推進および拡大するために2,700万豪ドルを費やした2019年の計画を基に構築されています」。

 「7つの重点分野は、ヴィクトリア州のすべてのサラブレッドのための望みうる最高の福祉を保証します」。

 「これには3つの継続的なテーマ(競走引退後の生活・怪我予防・トレーサビリティ)と、4つの新しい優先事項(身体的福祉、行動的福祉、脆弱なサラブレッドと生産に関する福祉)が含まれます」。

 「また、全国的な馬福祉基準・データ共有・トレーサビリティの実現に向けたロビー活動も続けていきます。やがてこれが実現することを確信しています」。

 「そのあいだ、2023-27年馬福祉戦略計画はヴィクトリア州のサラブレッド競馬産業が世界クラスのケアを馬に提供し続けることを支援するでしょう」。

 RV馬福祉戦略の重点分野

 ・ 身体的福祉
 ・ 行動的福祉と人的交流
 ・ 脆弱なサラブレッドへの対応
 ・ 生産における福祉
 ・ トレーサビリティ
 ・ 怪我防止
 ・ 競走引退後の生活

 動物福祉の5つの領域とは?

 ・ 栄養
 ・ 環境
 ・ 健康
 ・ 行動
 ・ メンタルの状態

By Tim Rowe of ANZ Bloodstock News

(1豪ドル=約90円)

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