海外競馬情報 2021年09月22日 - No.9 - 2
プエルトリコの競走馬のアフターケア、格下馬の殺到で財政難(アメリカ)【開催・運営】

 プエルトリコで引退競走馬に新たな拠点を斡旋する唯一の組織カリビアン・サラブレッド・アフターケア(Caribbean Thoroughbred Aftercare:CTA)は安定したもっと手厚い財源を見つけないかぎり来年1月に閉鎖せざるを得ないだろうと、CTAの共同創設者ケリー・ストビー(Kelley Stobie)氏は述べる。

 CTAの財源は今年、カマレロ競馬場のより高額な賞金を狙うために米国本土から低価格の競走馬が殺到したことで、とりわけ大きな打撃を受けている。これらの馬の大半は、下級の競馬場から来た格下馬で、すでに競走生活の終盤に差し掛かっている。低価格馬であるゆえプエルトリコへは貨物船で運ばれる。空輸では2,500~3,000ドル(28万~33万円)が掛かるが、この手段での輸送費は1,400ドル(約15万円)に抑えられる。過酷な貨物船輸送では、馬は窮屈な輸送用コンテナに入れられ数日間耐えなければならない。この輸送中の疲労によって、島に着いてから馬はしばしば健康を損なって、呼吸器系疾患や蹄葉炎などに罹りやすくなってしまう。

 その結果、プエルトリコで危機的な状態にある競走馬が急増し、CTAの財源を圧迫している。2017年以降引退競走馬200頭以上に新しい拠点を見つけてきたCTAは、通常年間40頭ほどの馬を受け入れている。今年は1月から6月までのあいだに、出走できなくなった馬をすでに38頭引き取っている。

 プエルトリコのオーナーブリーダーで、著名なポトレロロスラノス牧場(Potrero Los Llanos)を所有しCTAの理事会メンバーであるエドアルド・マルドナド(Eduardo Maldonado)氏はこう語った。「現在問題となっているのは、米国本土から馬を持ち込む馬主たちです。それらの馬の中には、競馬場の診療リストに掲載されている馬もいますが、誰もインコンパス(InCompass 競馬場の獣医師が負傷馬報告を電子提出できるシステム)を使って調べていません。馬主はプエルトリコにやってきて、少し状態を整え、レースに出走させます。馬が予後不良となったり怪我をしたりすると、新たに安い馬を貨物船で連れてくる馬主もいます」。

 マルドナド氏はこう続けた。「これではプエルトリコにいる誰もが馬を大切にしていないように思われますが、それは事実とは大きく異なります。最近厩舎に行って2歳馬を見たのですが、3つか4つの厩舎を訪れたところ、どの馬も美しい状態でした。それらの馬は本当によく世話をされていて、馬主の95%は本当に責任感のある人たちです」。

 CTAは年間経費を主に寄付に頼っているが、馬が増加したために今年の経費は倍になってしまった。プエルトリコの調査報道センター(Center for Investigative Journalism)が6月に発表した報告書によると、CTAは昨年、プエルトリコ馬主協会から2万7,977ドル(約308万円)、プエルトリコ生産者協会から7,912ドル(約87万円)、カマレロ競馬場から5,580ドル(約61万円)を受け取っている。プエルトリコ賭事委員会の権限下にある競馬産業・スポーツ管理局は、2020年にCTAに6万ドル(約660万円)の臨時の寄付を行った。

 ストビー氏は、2021年は7月までの経費が約20万8,000ドル(約2,288万円)だが、寄付金は合計16万3,000ドル(約1,793万円)だったと述べ、こう続けた。

 「私たちはこれまで以上に多くの馬を抱えています。CTAが米国で唯一、検疫を受けさせてから馬を空輸しなければならないアフターケア団体であることを忘れないでください。空輸だけで年間15万ドル(約1,650万円)を費やしています。現在、毎月1万~1万2,000ドル(約110万~132万円)の赤字を出しており、準備費や臨時費も使っています。皆に言っているのですが、運営費は1月で底をついてしまいます。それまでに資金が集まらなければ、閉鎖せざるを得ません。そうなるとこの馬たちをどうすればいいのでしょうか」。

 カマレロ競馬場の馬診療所の統計によると、もはや毎月約20頭に安楽死措置が取られている。

 ホセ・ガルシア・ブランコ博士は獣医師であり、プエルトリコの2つの馬主団体のうち大きいほうのプエルトリコ馬術連盟(Confederación Hípica of Puerto Rico)のために馬を購買するエージェントである。同博士はこう語った。「安楽死措置を取らざるをえない大きな理由は、もはや出走できないほど健康が悪化した馬がいるからです。米国本土の三流、四流の競馬場から見捨てられた馬を馬主が購買するケースが増えており、最終的にこのような馬の多くに安楽死措置が取られます。なぜなら、それらの馬は一生不自由な体で過ごさなければならないか、あるいはただここにスペースがないからなのです。島であるために、地理的にも経済的にも困難な状況にあります」。

 マリブサンセット(せん8歳 父バーナーディニ)が最近の例である。2020年8月の5,000ドル(約55万円)のクレーミング競走(フィンガーレイクス競馬場)が、この馬の米国本土でのラストランとなった。通算成績は30戦13勝(そのほか3着内が11回)。MCレーシングがこの馬を個人取引で購買し、2020年11月にプエルトリコに貨物船で輸送した。マリブサンセットは今年1月23日~3月18日にカマレロ競馬場で3回出走して1勝を挙げて5,040ドル(約55万4,400円)を獲得した後、出走し続けられないほど肢を傷めてしまった。CTAでCFO(最高財務責任者)も務めるストビー氏によると、マリブサンセットはCTAに寄贈されたが、8月上旬に安楽死措置を取らざるをえなかったという。

 「彼のような馬のために、毎日泣きたくなります。彼の右肢の球節にはスクリューが入っていて、ここに来る前に引退しなければならなかったのです。貨物船であれほどひどい輸送のされ方をしたのに、かぎりなく誠実な競走馬でした。安楽死措置など取るべき馬ではありませんでした。このような馬をもっと保護しなければなりません」。

 そのためにはCTAに安定した財源を築き上げることが大きなステップとなる。プエルトリコの馬主や生産者の多くは、CTAの財源はビデオロッタリーターミナル(VLT)の発売金や収入の一部から出されるべきだと考えている。VLTは賞金を強化し、プエルトリコに馬を呼び込んでいる。

 米国の多くの競馬場はアフターケアプログラムにしっかりとした資金援助を行っている。ファーストレーシング(1/ST Racing)のCOO(最高執行責任者)であるエイダン・バトラー氏は、たとえばガルフストリームパーク競馬場やフロリダ州ホースマン救済協会(FHBPA)は2020年に137万5,000ドル(約1億5,125万円)もの資金提供を行ったと述べ、「私たちは馬の健康と安全を守るための実践と手続きが重要だと考えているだけでなく、重大な資金提供でそれをバックアップしています」と語った。

 1月~7月のカマレロ競馬場の発売総額は9,604万ドル(約106億円)を超えたと報告されている。上半期と同じように月平均の発売額を1,370万ドル(約15億700万円)に維持し続ければ、今年全体の発売総額は1億6,440万ドル(約180億8,400万円)前後となる。発売総額がこれほどの高水準になるのは、2011年に1億6,280万ドル(約179億800万円)を記録して以来である。

 また、カマレロ競馬場の上半期のVLT収入も3,280万ドル(約36億800万円)を超えている。

 マルドナド氏はこう述べた。「競馬場はもっと関与する必要があります。ここでは彼らが主役なのですから。こうしたイメージに関わる問題にもっと関与すべきなのにそうしていません。アフターケアは発売金やVLTの収入の一部によって資金援助されるべきです。なぜなら、これは世界各地の競馬にとって今まさに非常に重要な問題だからです。競馬場に理解してもらい、"イエス "と言ってもらう必要があるのです」。

 カマレロ競馬場は株主グループにより2007年に買収され、私有されている。プエルトリコ賭事委員会が競馬を運営しているが、競馬場経営陣とプエルトリコ馬術連盟の馬主代表が、払戻金・賞金・政府への納付金・場外馬券発売所への支払い・生産者基金への出資金を差し引いた発売金を管理する権限を持っている。

 こうした儲けはプエルトリコで遡及精算と呼ばれる資金に拠出されており、それが一因となって低価格馬がプエルトリコに送り込まれている。遡及精算は賞金を獲得した馬主に毎月分配されている。今年の遡及精算は、支払われた賞金の130%という高額になっている。

 カマレロ競馬場の会長兼CEOであるエルビン・ロドリゲス氏は、今年の上半期が格別に好調だったことを認めたが、前半の6ヵ月間で今年がどのような形で終わるかを予測するべきではないと付言した。

 ロドリゲス氏は、2017年のハリケーンマリアによる被害に関連した支援や、新型コロナウイルス感染拡大に関連した政府からの補助金について言及し、「楽観的になりすぎないよう慎重にならなければなりません。なぜなら、連邦政府からの補助金や失業給付金の支払いが9月に終了しようとしているからです。これらの支援が発売金を後押ししていたと考えています」と語った。

 ロドリゲス氏はまた、過去10年間を振り返ると競馬場の財政状況はかなり変わっていると述べた。過去10年間はその初めにプエルトリコが深刻な不況に見舞われ、競馬界に大きな損失がもたらされたと語った。そのあと2017年に、カテゴリー5のハリケーンマリアに襲われ数百万ドルの被害が及ぼされ、ロドリゲス氏によると競馬場はまだ再興しきっていないという。

「競馬が再開されたときでさえも、場外馬券発売所の大半は閉鎖されているか完全には稼働していませんでした。損失は膨大なものでした。今うまくいっているのだから、地元のアフターケアプログラムをもっと支援すべきだと言うのは簡単です。まあ、長期にわたる損失や苦難の重荷を下ろして、より健全な財政状態になれば、きっとそういうことになると思っています」。

 しかし、カマレロ競馬場の株主や馬主の代表者たちは現在CTAの提案を色々検討している。それは、毎年約25万ドル(約2,750万円)を提供して、まず米国本土に馬を送り返すための輸送費を賄う一方で、ケンタッキー州やニューヨーク州にあるマイケル・ブローウェン氏の引退馬施設オールドフレンズのような聖地を創設するための元手にしようというものだ。

 ストビー氏は9月初めに資金提供に関する決定が下されることを期待している。「この資金があれば、より多くの厩舎を建設し、より多くの馬を受け入れることで、いっそう貢献できるようになります。今や私たちは、サラブレッド・アフターケア同盟(Thoroughbred Aftercare Alliance: TAA)やTAAの認定施設と良好なネットワークを築いており、彼らは毎年5頭のうち1頭の割合で引退馬を進んで受け入れてくれています。その分、私たちは多くの馬に新たな拠点を見つけられるのですが、資金がないとそれは可能になりません」。

 ストビー氏は、シークレットパラダイス(牝11歳)のように地元で人気のあるプエルトリコの競走馬のための聖地を作りたいと考えている。ケンタッキー産のシークレットパラダイス(父テイストオブパラダイス)は競走生活全体をプエルトリコで過ごし、驚異的な162回という出走回数を達成して10勝を果たした(そのほか3着内48回)。

 ストビー氏はこう語った。「つまりその、猛者ですよね?彼女のために米国本土に繋養先を見つけましたが、居場所があれば、彼女はここに残るべきでした。美しいし、球節にちょっとした関節炎があることを除けば、何の問題もなく健康です」。

 ストビー氏は、自身の牧場の隣にあり政府との借地契約の下で牛の飼養が行われている80エーカーの土地に目をつけた。そしてこの土地をCTAに寄贈してもらう可能性を探っている。

 「土地は申し分ないのですが、すべては資金の問題に帰結します。いつも資金に悩まされているのです」。

By Eric Mitchell

(1ドル=約110円)

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