海外競馬ニュース 2023年02月22日 - No.7 - 5
オールドフレンズの最高齢繋養馬アフタヌーンディーライツが死亡(アメリカ)[その他]

 G1・2勝馬アフタヌーンディーライツ(31歳)は2月14日、引退馬施設オールドフレンズ(ケンタッキー州)で疝痛の合併症により安楽死措置が取られた。

 オールドフレンズの会長兼創設者のマイケル・ブローウェン氏がこの死を発表した。黒鹿毛のアフタヌーンディーライツはオールドフレンズにいた最高齢馬で、32歳の誕生日を2週間後に控えていた。2月8日に他界したグラミー賞6回受賞の作曲家バート・バカラック氏の所有馬だった。

 バカラック氏のブルーシーズミュージックの生産馬アフタヌーンディーライツ(父プライベートタームズ 母インティメイトガール 母父メダイユドール)は1992年2月28日にウエストバージニア州で生まれた。レースキャリア全体にわたりバカラック氏により所有され、リチャード・マンデラ調教師により管理され、鞍上を務めたのはケント・デザーモ騎手だった。12戦中9戦を西海岸の競馬場で走った。

 レースキャリアを華々しくスタートさせ、1994年から1995年にかけて5戦5勝を挙げ、うち4勝をステークス競走で達成した。

 2歳時の1994年10月23日に別定重量競走(サンタアニタパーク)でデビュー勝ちを果たす。その次に出走したハリウッドプレビューS(G3 ハリウッドパーク)を制して初めての重賞勝利を成し遂げ、つづくハリウッドフューチュリティ(G1)を勝ってG1初制覇を達成した。このレースでは、後にケンタッキーダービー馬となるサンダーガルチを破っている。

 3歳時の1995年、アフタヌーンディーライツはサンヴィンセンテS(当時G3)とサンフェリペS(G2)を制して連勝を伸ばした。しかしサンタアニタダービー(G1)で2着となり、ケンタッキーダービー(G1)ではサンダーガルチの8着に終わった。そしてマリブS(G1)でこの年最後の勝利を挙げた。

 4歳時の1996年には4戦1勝の成績を収めるが、その1勝はこの年の3戦目となるコモンウェルスS(G2 キーンランド)で達成された。続いて挑んだメトロポリタンH(G1 ベルモントパーク)では2着に入り、それが現役最後のレースとなった。

 このレースを終えてアフタヌーンディーライツは引退した。通算成績12戦7勝(2着3回)、獲得賞金は106万1,193ドル(約1億4,326万円)に上った。重賞競走にかぎれば11戦6勝である。

 アフタヌーンディーライツは1997年、ブレアトン・ジョーンズ氏のエアドリースタッド(ケンタッキー州ミッドウェイ)で種牡馬入りし、2003年まで供用される。その後、クリアクリークスタッド(ルイジアナ州フォルサム)に移籍して残りの種牡馬生活を送った。

 優秀な産駒には、重賞勝馬のザッパ(Zappa)、スリーアワーナップ(Three Hour Nap)、ミスピッカムス(Miss Pickums)などがいる。また最近死んだオールドフレンズの繋養馬ポップコーンディーライツも彼の産駒だった。ポップコーンディーライツはローラ・ヒレンブランド氏のベストセラー小説をもとにした映画『シービスケット』(2003年)に出演している。

 アフタヌーンディーライツは2011年に種牡馬を引退し、クリアクリークスタッドのヴァル・マレル氏の厚意でオールドフレンズに送られた。

 ブローウェン氏はこう語った。「アフタヌーンディーライツは美しい友人でしたね。数年前、ケント・デザーモが馬房の前に立って、『マイケル、ケンタッキーダービーをリアルクワイエット、フサイチペガサス、ビッグブラウンで勝ってきたけど、今まで乗った中でこの馬が一番速かったよ』と言っていたのを思い出します。それに彼はオールドフレンズを安住の地としてくれた引退馬の中で最高の1頭でしたね」。

 「バート、2人目の奥さんだったアンジー・ディキンソンさん、最後の奥さんのジェーンさんに感謝したいと思います。彼らは私たちと同じように、アフタヌーンディーライツのことを愛していたのです」。

By Old Friends

(1ドル=約135円)

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[bloodhorse.com 2023年2月15日「Old Friends' Senior Resident Afternoon Deelites Dies」]