海外競馬ニュース 2021年09月30日 - No.36 - 3
ジェイミー・カー騎手への5ヵ月間の騎乗停止処分は適切か?(オーストラリア)[その他]

 新型コロナウイルス対策のための州の外出制限令と競馬界のプロトコルに違反したリーディングジョッキー、ジェイミー・カー騎手を、豪州の競馬統括機関は見せしめにすることを選んだ。しかしその代償はどのようなものになるのか?

  世界一流ジョッキー、ジェイミー・カー騎手が8月に夜間外出禁止令を破りパーティーに参加したことで罰せられるべきだということに、ロックダウンされた首都メルボルンの住民はまず誰も異を唱えてはいない。しかし、その制裁の厳しさと世間への影響は豪州の競馬産業全体で物議を醸している。

 8月25日にモーニントン半島(メルボルン郊外)で行われたパーティーに数人の同僚ジョッキーと出席したとして、カー騎手に3ヵ月間の騎乗停止処分が科されたとき、競馬メディアやSNSは大混乱に陥った。この議論は9月16日に再燃することになった。ヴィクトリアレーシング裁決機関(VRT)は、カー騎手が裁決委員に虚偽の証言をしたとして、すでに科されていた3ヵ月間の騎乗停止処分を2ヵ月延長すると決定したのだ。

 これにより、メルボルンのトップジョッキーに君臨しているカー騎手は1月末までレースで騎乗できなくなる。メルボルンカップ(G1)を含むメルボルン・スプリングカーニバルの欠場が余儀なくされ、メルボルンとシドニーで開催される高額賞金のオータムカーニバルでの騎乗を確保するのにも深刻な影響が及ぼされることになった。

 8年前に南オーストラリア州の競馬界で旋風を巻き起こして以来、気乗りがしないものの主役を務めてきた若い女性にとって、これは大きな挫折であり、また一部の人々に言わせると当然の挫折である。馬術でのオリンピック出場を長年夢見てきたこの上なく熟練したホースウーマンの競馬界での長期的なキャリアに、これがどのような意味を持つのかはまだ分からない。

 より短期的に見れば、TRCグローバルランキングで現在32位であり、ある意味世界最上位の女性ジョッキーであるカー騎手は、新たに豪州競馬界で面目を失った人物となったことに対処しなければならない。

 それではパーティーに参加したことで毎日のようにSNS上で攻撃され、パーティーにまつわる噂や当てこすりで公に辱めをうけている彼女を守るために、レーシングヴィクトリア(RV)は何をしているのだろうか?

 議論の余地のないことが2つある。18ヵ月間にメルボルンで6度目のロックダウンが行われているときにパーティーに参加したことは法律違反であり、5,452豪ドル(約43万6,160円)の罰金が科せられる。またヴィクトリア州の競馬界で設定されたプロトコルにも違反している。ヴィクトリア州は注目すべきことに他の競馬開催州と同じく、昨年の初めに新型コロナウイルスが発生して以来、競馬開催をほとんど中止にしていない。注意を向けるべきはこれらの事実だけだ。騎手たちがパーティーに参加したことは問題だが、そこで何が起こったか、あるいは起こらなかったかは誰にも関係のないことである。保守的な報道機関やSNSで多くの人々が聖人君子のような物言いをしていたとしてもだ。

騎手のメンタルヘルスと幸福度

 豪州競馬界が業界内で助けが必要な人々への支援について公に自負し、メンタルヘルスと幸福の問題について立場を明確にしているとき、カー騎手は世間からの重い怒りを実質一人で背負うことになった。ベン・メルハム騎手、マーク・ザーラ騎手、イーサン・ブラウン騎手、セリーヌ・ゴードレー見習騎手もパーティーに出席したことで3ヵ月間の騎乗停止処分を受けたが、見出しで取り上げられたのはカー騎手だけだった。

 RVはそのウェブサイトのダイバーシティ&インクルージョンのページで、競馬参加者の幸福度に加え、ジェンダーの多様性や、女性が"競馬界に参加し、定着し、成功する"ための取組みをプロモートしている。

 故郷のアデレードを離れてメルボルンで世界一流のジョッキーたちに挑むようになってからわずか2年半で、カー騎手は豪州競馬界で活躍する女性たちの広告塔のような存在になった。名門厩舎との縁故なしでメルボルンに来た彼女は、世界で最も強力な騎手サークルの1つを支配するために、たゆまぬ努力を続けてきた。

 カー騎手はキャリアにおいて道を踏み外すようなことはほとんどなかったのに、つまずいてしまった。誤ったことをした。ルールを破ったのだ。この事案への理想的な対応は、公正で整合性のある処分が科されることだ。カー騎手は裁決委員をミスリードしたという嫌疑で、さらに2ヵ月間の騎乗停止処分を受けるという最もひどい痛手を受けた。同じ理由で、ザーラ騎手は1ヵ月間、ゴードレー見習騎手は2週間の騎乗停止処分を受けた。

 競馬統括機関だけでなくメディアや一般の人々も、この事案において裁判官・陪審員・刑の執行人をつとめる権利があると考え、カー騎手を見せしめにしているようだ。謝罪があれば、それも裁くことだろう。

大衆受けする物言い

 カー騎手に3ヵ月間の騎乗停止処分が初めに科されてから数週間、競馬ジャーナリストたちは論説委員を兼ねて、彼女が外出禁止令を破り十分に反省していないことを激しく非難した。そのとき彼らはパーティーでの"淫らな"行為の疑惑をひそかにほのめかした。

 物書きなら誰でも、中には綴りすらあやしい者もいるが、意見を持っていた。彼女のSNSでの謝罪を非難したジャーナリストも一般人も、さらに攻撃を続けるために皮肉にもさまざまなSNSを使った。彼らは、彼女がカメラの前に立つ姿を見たかったのだ。失敗を認めて我々の許しを得た人たちを引き合いに出した。まさに涙を流して許しを得るというようなことを期待したのだろう。

 大衆受けする物言いはさておき、VRTには追加の制裁を言い渡すにあたり、いくつかの選択肢があった。より軽い処分、執行猶予付きの処分、あるいはカー騎手に2ヵ月間の騎乗停止処分を初めの処分と並行して適用するなどである。しかし、ジョン・ボウマン判事は、追加の2ヵ月間の騎乗停止処分を累積的なものとし、処分期間を計5ヵ月にするという、より厳しい選択肢を選んだ。

 この処分は引き続きこの事案に対するRVの強硬な建前を示すものであり、"建前"こそが重要な意味をもつ言葉だった。

 裁決委員は8月、3ヵ月間の騎乗停止処分を下すにあたり公にメッセージを発信することが最も重要であると明言した。そして「この処分は、違反行為の深刻さに公に取り組み、新型コロナウイルスのプロトコル順守については譲れないという事を明確にするものであると理解されなければなりません」と述べている。

 カー騎手は、追加の騎乗停止処分に対して不服申立てを行った。不服申立ての根拠となるのは、裁決委員を"意図せず"ミスリードしたという彼女の主張であり、故意に嘘をついたという彼女の誠実さに関わる主張をしりぞけた。

 カー騎手は不服申立てにあたりこう述べている。「裁決委員からの質問にはすべて正直に答えましたが、虚偽の証拠を提出したとして有罪になりました。生涯をかけて得てきた"誠実な人間"という評判は、私にとってかけがえのないものです」。

 不服申立ての結果に関係なく、南オーストラリアの田舎出身の25歳のカー騎手にとって道のりは長くなりそうだ。彼女は世界の騎手ランキングの上位にしっかりと定着しており、世界で断然最高の女性騎手であることは間違いない。彼女はシーズンが台無しとなったことを悔やむ中、ときに容赦なく無知な競馬ファンはもちろん、馬主や調教師との関係を修復しなければならない。

 カー騎手の騎乗停止処分は世界中の競馬サークルで話題となった。そして豪州、特にヴィクトリア州の厳格な新型コロナウイルス法を知らない多くの人々は、この制裁が厳しすぎると考えている。

 とにかく、カー騎手は競馬にまつわる忌まわしい罪で追放されたわけではない。騎乗停止処分を科されただけだ。この若きチャンピオンを徹底的に見せしめにしようとしたRVが1月に処分が終了したときにどのように彼女を迎えるかに、世界中が注目するだろう。

By Shane McNally

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