海外競馬ニュース 2021年05月13日 - No.17 - 3
カラン騎手、不服申立てにより制裁が一転して軽減される(香港)[開催・運営]

 ニール・カラン騎手が厳しい3ヵ月間もの騎乗停止処分に対して不服申立てを行い、4月末にその訴えが認められたことで、SNSで支援と祝福の声が殺到した。3ヵ月間の騎乗停止処分が適用されていれば、同騎手は7月14日の香港競馬シーズン終了まで飼い殺しとなっていただろう。

 アイルランド出身のカラン騎手は4月29日、審査員団により当初7月15日までとされていた騎乗停止期間を5月27日までと修正され、香港ジョッキークラブ(HKJC)のハッピーバレー本部から出てきた。カラン騎手がHKJCで不服申立てを認められたのは、この7年間で2回目のことである。この見事な離れ業により、終わったと思われていた同騎手の香港でのキャリアは、少なくとも今シーズンの残りの期間はふたたび軌道に乗ることになった。

 カラン騎手は現在HKJCからの調教での騎乗再開許可を待っており、調教師たちはすでに彼を朝の追い切りで起用しようとしている。

 カラン騎手は香港での10年間で、ブレイジングスピード(父ディラントーマス)、ビューティーオンリー(父ホーリーローマンエンペラー)、ペニアフォビア(父ダンディマン)などに騎乗し、"アイアンマン"のニックネームで確固たるファン層を築いてきた。2月3日のハッピーバレー開催の夜に行われた裁決委員の審問でのカラン騎手の振舞いが原因で、4月7日に理由開示審問が開かれた。同騎手が証人席を降りてから、フェイスブック・インスタグラム・ツイッターには彼を応援する数百もの人々が現れた。

 その裁定については中国語・英語のメディアやSNSで頻繁に否定的な報道が行われた。理由開示審問のプロセスに関して回答されないいくつかの疑問がある中で、HKJCの秘密主義のような振舞いに対する批判もあった。また、この審問の3人からなる審査員団に政治家がいたことや、率直な物言いのカラン騎手とHKJCのお歴々の間での個人的な軋轢とのかかわりを巡って疑問の声が沸き起った。

 カラン騎手は今ではこのエピソードを過去のものとしている。一方HKJCは短い公式発表以外はこの問題について沈黙を貫いており、渦巻く噂や辛辣な批判をほとんど鎮静化できていない。

 本紙(アジアブラッドストックニュース)は事実の確認とこうした批判について記事にするためにHKJCの競走担当専務理事に連絡を取ろうとしたが、さまざまなルート通じて繰返し試みたものの、返事はなかった。その代わり、広報担当者が次のような筆者不明のHKJCのコメントを送ってきた。「HKJCの4月7日付と4月29日付のプレスリリースの内容に追加することはございません」。

 HKJCはさまざまな分野で世界をリードしていると自負している。確かに、幅広い数字や統計、レースについての技術的な情報を提供するという点では先頭に立っている。HKJCのウェブサイトはデータの宝庫である。毎日の調教情報(タイムと動画)、無料のレースリプレイ、部分的であるものの各馬の診療記録(処置内容、注目すべき怪我、再発状況についての詳細)の公開、シャティン競馬場-従化競馬場(広州)間の馬の移動の詳細、レースのスピードマップやセクションごとのタイムのようなものが長らく当たり前のように存在してきた。

 そのことを念頭に置くと、カラン事件で注目を浴びた免許委員会での理由開示審問や不服申立てのプロセスの不透明さは、とりわけハッピーバレーの外の世界では不条理に見えるのではないだろうか。

 HKJCは各開催日の終わりに徹底した裁決レポートを提供しており、それには競走ごとのあらゆる出来事や騎乗違反行為が詳細に記されている。そのレポートには騎手に科された制裁が記載されているが、騎手がその制裁を受けるにいたった経緯についての明確な情報も併せて記されている。

 そのようなアプローチは、カラン騎手の理由開示審問や不服申立てでの審問がそうであったように、舞台が裁決室から免許委員会による裁定に移った際には欠落してしまうようである。

 HKJCはこれらの審問の結果について2つの短い声明を発表しただけである。裁定にいたった経緯について情報は不足しており手がかりもほとんどなく、誰がその裁定を行ったかについての情報は皆無だ。より詳細な情報は公開されずにHKJC内部で保管されているようだ。

 この2つの声明は合計で230語にしか満たない。不服申立てでの決定に関する最新の発表では、審査員団は「この案件に関して得られたすべての証拠と、本日の審問におけるさらなる発言を考慮しました」と発表した。しかし、理由開示審問とは全く異なる結果を審査員団に納得させるために、一体どのような証拠が提出され、どのような発言が、誰によって、誰に対してなされたのだろうか?

 本紙がHKJCに問い合わせた際にはこれらの質問のほか、「カラン騎手が提出した案件は何だったのか?」「不服申立ての審問には誰が出席し、審査員団はどのようにしてその決定を下したのか?」「決定に至った根拠は何だったのか?」についても尋ねた。

 免許委員会のメンバーは理事会から選ばれるか、HKJCのメンバーが特別に任命されるかのいずれかである。免許委員会での審問で裁定を下した者は、その案件に関連する不服申立ての審査員を務めることはできない。12人の理事・21人の名誉理事・約200人の投票権を持つ名誉メンバーの完全リストはHKJCのウェブサイトで閲覧できるが、不服申立ての審査員を誰が務め、その審査員団の構成を誰が決めるのかについて本紙が尋ねても何の回答も得られなかった。

 HKJCのルール19条には、「免許委員会は、同委員会が開催するいかなる審議の審問にも役員を出席させることができ、同委員会の審議において斟酌すべき関連性があると役員が考える事項につき陳述を行わせることができる」と記されている。

 HKJCのCEOウィンフリード・エンゲルブレヒト-ブレスケス氏と競走担当専務理事のアンドリュー・ハーディング氏が少なくとも理由開示審問に出席したことは知られている。しかし、これだけでは、何が行われて論じられたかについての詳細な説明の透明性がないので、彼らの役割が何であったかについて疑念が生じている。

 このような質問には答えないというHKJCの決定や、理由開示審問や不服申立てでの審問に関する情報開示の全般的な不足は、英国・アイルランド・豪州を含む他の主要競馬統括機関が設定している標準に達するものではない。

 BHA(英国競馬統括機構)の裁決制度は、懲戒委員会・免許委員会・上訴委員会で構成されている。BHAのウェブサイトには、懲戒処分や不服申立ての長いリストが掲載されており、クリックすると報告書の全文が表示される。

 最新の報告書(4月22日付)は約1,200語に達し、違反したとされるルールに関連する容疑が記載されている。また、出席者・代理人・事案に関する事実・罰則のガイドライン・提出物・理由を添えた裁定・結果と裁定を下した者などについての概要が記載されている。

 アイルランド競馬監理委員会(IHRB)は、その使命として「プロ意識が高く進歩的なチームが誠実に実施する強固で透明性のある規制方法によって、スポーツへの信頼を確保すること」を挙げている。BHAの裁決制度と同様の枠組みを採用し、すべての照会および不服申立てについて分かりやすくて有益な情報を与える報告を提供している。

 ヴィクトリアレーシング裁決機関(Victorian Racing Tribunal)のウェブサイトを閲覧すると、上訴と裁定について丸々1ページを費やしている。最近行われたアーチー・アレクサンダー調教師の審問(3月15日)は5,480語にも及び、ここでもBHAの裁決制度と同様に関連するすべての情報と裁定の詳細な説明を公開している。

 いずれの事案も不明瞭さはなく、誰が審査員を務めて裁定を下したのかが明確になっている。

 本紙は以前、理由開示審問で厳罰を下した審査員団を構成していたのは、民主主義に反する発言を堂々としていた政治家のマーティン・リャオ氏と、2人の元立法議会議員、スティーブン・イップ氏とエリック・リー博士であることを明らかにした。その後の不服申立てにおける3人の審査員は、HKJC副会長のマイケル・リー氏、銀行の上級幹部でHKJCの理事であるマーガレット・レオン氏、元高等裁判所判事でHKJCの投票権を持つ名誉会員であるアルジャン・サハクラニ氏の3人であったことが判明した。

 多くの専門家や競馬関係者は、高い地位にいる優秀な人々で構成されたこれらの審査員団がどのようにして決定に至ったのかを少しでも多く知りたいと思っているだろう。しかし、最初の裁定についても、それとは大きく異なる不服申立てにおける判断についても、その理由が詳細に示されていないため、審査員団のどちらか一方、もしくは両方が誤った判断をしたのかどうかを確実に判断することができないのだ。

 このような透明性の欠如は、香港内外の騎手社会における不安を助長している。世界が注目するように、オープンであるとはされていない統治制度の影響で、香港は政治的に大きく変化している都市である。21世紀になって20年が経とうとしている今、香港にかぎらずどこであろうと、過度に政治的な主張をする人物や競馬の趣味に耽る人々の手にプロの騎手の生活を直接的に委ねるのは、競馬にとって健全なことなのだろうか。これもまだ答えの出ていない問題である。

By David Morgan of Asia Bloodstock News

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[Racing Post 2021年5月5日「Lack of transparency in Callan u-turn calls into question HKJC's disciplinary process」]