海外競馬情報 2023年03月20日 - No.3 - 4
前代未聞の一斉検挙から3年、競馬界の進むべき道を考える(アメリカ)【その他】

 1995年の映画『アポロ13(Apollo 13)』で印象的なシーンがある。NASA職員が破損した宇宙船が抱える問題や、乗船する宇宙飛行士に迫る危険について詳細を説明し、ミッションが悲惨な失敗に終わる可能性が高いと語る場面だ。

 「NASAがこれまで経験したことのないような大惨事になるかもしれない」とNASA職員は言った。

 これに対し、宇宙飛行士が無事に帰還すると堅く信じているフライトディレクターは「おそれいりますが、サー、これは我々にとって最高の時間になるだろうと思います」と答えた。

 今後、おそらく10年あるいは15年後に、2020年3月9日の出来事のあとに取られた対策について同じようなポジティブな口調で語られるかどうかで、競馬界の強さは判断されるのかもしれない。

 3年前、サラブレッドとスタンダードブレッドの競馬界は屈辱の日を迎えた。ホースマン・獣医師・薬物製造業者など27人が競走馬へのドーピングと、偽ラベルが貼付され変造された薬物を流通させた罪で連邦政府に起訴されたのである。サラブレッド競馬界では、ホルヘ・ナヴァロ調教師(訳注:2019年ドバイゴールドシャヒーン優勝馬エックスワイジェットを管理)とジェイソン・サーヴィス調教師(訳注:2020年サウジカップ1位入線馬マキシマムセキュリティを管理)の名前が最も目立った。2018年~2020年に2人は合わせて管理馬を2,600回以上出走させ778勝を挙げ、およそ4,000万ドル(約54億円)の賞金を獲得していた。

 競馬業界が何十年にもわたって打ち消そうとしてきた懸念は至極もっともなものであったことが判明する最悪の日だった。競馬界には腐敗した者がはびこっていて、馬はレースで勝つために過剰投薬されて危険にさらされていたのだ。

 米国ジョッキークラブの理事長兼COOであるジム・ギャグリアーノ氏は、「彼らが起訴された日、新しい時代の幕開けだと思ったのです。良い方向に進むのか、あるいは最悪の展開になるのかだと」と語った。ジョッキークラブはメドウランズ競馬場とともに、起訴に向けて重要な役割を果たした。初期の秘密調査に5ストーンズ・インテリジェンスを起用して、それが連邦当局の関与につながったのだ。

 それから年月が過ぎて裁判は幕を閉じようとしている。連邦検事の事実上の完勝である。30人にまで増えた被告のうち21人がすでに禁固刑を言い渡され、3人が有罪とされ判決を待っており、2人が有罪とされながらも判決が延期されている。そして4人は今では起訴を免れている。

 しかし競馬界の多く人々は、"不正者には厳重な制裁が科される"という純然たる教訓を得たのはもちろんのこと、この起訴が有意義で継続的な変革のきっかけになると考えている。具体的にはHISA(競馬の公正確保と安全に関する法律)がさらなる支持を得たことで、HISA(競馬の公正確保と安全に関する統括機関)が国内の安全・薬物基準を監督することになった。統括機関を立ち上げる法案は議会の承認を受け、一括法案の一部として2020年12月に署名された。

 ギャグリアーノ氏はこう続けた。「警鐘となりましたね。起訴の時点では、まだ有力者・政治家・団体の一部は腰をあげてくれませんでした。チャーチルダウンズもまだ本気で取り組んでおらず、彼らからとても優れたアドバイスをもらい関与してもらうようになってから、より良い変化が見られるようになりました。やがて私たちは、この起訴をポジティブなものとしてとらえるようになりました。法の施行に向けて協調して取り組むことが競馬界に何をもたらすかが示されたのです」。

 モンマスパーク競馬場を運営するダービーディベロップメント社のCEO兼会長であるデニス・ドラジン氏もこの起訴を、HISAと全国的な基準の統一への支持の転換点として見ている。

 「あの起訴がなければHISAは存在しなかったでしょう。数年前からさまざまな形で検討されてはきましたが、起訴のあとに認識ががらりと変わったのです」。

 あの起訴により、数々の違法行為を覆っていた秘密のベールが取り払われたのだ。盗聴により、薬物のサプライヤーが成長因子を含むSGF-1000のような禁止物質や、堕落した獣医師の手に渡った新種の違法合成ドラッグを調教師に売り込んでいる会話が暴露された。そのような経緯で、調教師は管理馬にドラッグを投与し、多くの場合、馬主に不正な請求をしていたのだ。

 ギャグリアーノ氏はこう語った。「ドーピング行為そのものもさることながら、サプライヤーを通じてドーピングを実行する方法や、どのようにして薬物が調教師や獣医師の手に渡るのかについての疑念があったのです。連邦政府が素晴らしい仕事をしてくれたおかげで、何が起こっているかについて多くを学びました。検察もFBIも良い働きをしました。また不正者を検挙するのがいかに難しいか、検察とFBIが用いるツールがとりわけ電子監視という点ではずば抜けていることを知りました。そしてまだよく見えていないことがたくさんあることも分かりました。これがHISAを必要とした理由です」。

 連邦政府による起訴は、競馬を州ごとに規制することの不備も浮き彫りにした。NYRA(ニューヨーク競馬協会)のオーバーナイトシート(競走役が発表する次のレースカードの登録馬を記載したシート)には、ホースマンに対してSGF-1000を使用しないように警告する2019年の通知が記されていた。しかしナヴァロ厩舎とサーヴィス厩舎の馬は検査をしてもこの物質の陽性反応を示さず、規制当局の手を煩わせることになった。

 連邦当局が介入したことで状況は一変した。それまでSGF-1000の影響について議論する者もいたのかもしれないが、被告に近い人々は当初、弁護士が薬物の成分や有効性について陪審員を混乱させることができれば裁判で無罪になると考えていた。しかし最終的には、被告自らの言葉が有罪判決を招き入れることになった。

 この事件で最も不利な証拠は、裁判所が承認した電話盗聴から出てきた。その盗聴で、被告たちは違法薬物がいかに検出不可能か、どう偽ラベルを貼付したか、どれほど馬を普段以上に走らせられるのかについて話していた。さらに会話の中で連邦法に違反していることを認めており、裁判所から見れば、薬物が馬に作用する機能を持つことの裏をかいていたということになる。

 2019年に録音された会話において、獣医師で薬物製造者のセス・フィッシュマン博士は身元不明の人物に対して「馬に何かを投与するっていうことは決まってドーピングだ。検査されるかどうかっていうのは別の話だ」と言っている。なお、フィッシュマン博士は有罪となり11年の禁固刑を言い渡されている。

 ほかに録音された会話には、判決を受けた共謀者ニック・スリック氏からマイケル・タヌッツォ氏に対する次のような罵倒が含まれていた。「ナヴァロが殺したり故障させたりした馬を何頭消したか知っているか?俺たちが6頭殺したことがばれたら、ナヴァロがどれだけのトラブルに巻き込まれるか分かっているのか?」

 また別の会話で、サーヴィス氏は「馬は狂ったように走っているよ」と言っている。

 この事件は一分の隙もないものだったことも判明している。フィッシュマン博士とその従業員のリサ・ジャンネリ氏の2人の被告にかぎっては、罪状を否認したので長い裁判にかけられた。最終的に2人とも有罪になった。

 全米でスポーツ賭事を可能にする法廷闘争を主導した経験のある弁護士のドラジン氏は、「これほど確固たる証拠のある事件であれば、連邦政府がこのような結果を出すのも自然なことです」と述べた。

 現在までに30人が合計684ヵ月、つまり57年の禁固刑を受けている。ナヴァロ氏は5年の刑を受け、その後強制送還されることになった。65歳のサーヴィス氏への判決はまだ出ていないが、5年の禁固刑を言い渡される可能性がある。

 この事件では罰金・損害賠償・没収金が合計で1億460万9,320.20ドル(約141億2,226万円)に上っている。連邦政府は罰金としての43万3,912ドル(約5,858万円)、没収金としての3,240万ドル(約43億7,400万円)の大半を回収できるだろうが、損害賠償は別のカテゴリーに分類される。一般的に没収金は、連邦政府が差し押さえる有罪判決を受けた者の資産(所有物など)に基づくものである。没収金のうち最も高額なのはフィッシュマン博士の1,350万ドル(約18億2,250万円)で、最も少額なのはタヌッツォ氏の1万5,893ドル(約215万円)である。

 この事件の損害賠償の中心は調教師が獲得した賞金である。繋駕競走の調教師であるスリック氏には4,270万ドル(約57億6,450万円)、ナヴァロ氏には2,580万ドル(約34億8,300万円)の損害賠償が課される。調教師は通常獲得賞金の10%程度を受け取っているが、これらの合計は調教師の返済能力をはるかに超えており、おそらく支払われることはないだろう。

 裁判の初期の段階で、検事は損害賠償の可能な形として賞金の再分配について言及したが、そのような対応はなされていない。また、これらの調教師が手掛けたサラブレッドは薬物検査に引っかからなかったので、どの馬が薬物を投与されてどのレースに出走したのかを特定するプロセスは何十年もかかると見込まれており、実現する可能性は低いだろう。

 ギャグリアーノ氏はこう語った。「これは米国スポーツ史上最大の不正事件です。有罪にした訴追件数、禁固刑の期間で見ても、これ以上のものはないでしょう。連邦政府が引き受けたのがとても大きかったです」。

 夏までに最終的な判決が下される予定であり、この事件に関しては一件落着となるだろう。競馬が前進する中で、これらの有罪判決が有意義な改革のきっかけとなったのか、それとも不正者と規制当局のあいだで行われる永遠のいたちごっこの醜い一幕に過ぎなかったのか、最終的には歴史が決めることになるだろう。

 第2弾の起訴があるとの観測もあったが、連邦政府は現時点で新たな事件を告発する気はないようで、ほかのドラッグ使用者や不正者は安堵のため息をついていることだろう。

 不正行為を行っているあいだ、それに関わった者たちは、もし捕まれば業務停止処分や過怠金といった典型的な制裁を受けることになると考えていたのかもしれないと判断して良いだろう。ところが連邦政府による告発により、彼らは禁固刑や罰金刑、そして経済的に枯渇させられるような弁護料を食らうことになった。この逮捕は、同じような薬物を投与していた、もしくは関与していた人たちに、FBIがドアをノックしにくるのではないかという最初の恐怖感を与えたに違いない。

 しかし今や、連邦政府からバトンを受け取りこのスポーツの不正行為と闘うために必要な精力的な措置を講じる責務が、競馬産業とHISAに託されている。

 ギャグリアーノ氏はこう続けた。「連邦政府はこのようなことをし続けることはないし、サラブレッド競馬の取締機関になるつもりもないことは分かっています。だから、HISAを設立してこれまでできなかった州境を越えた取締りを実施することが、このうえなく重要になっているのです。この事件のすべての裁判に出席することで、不正者が利用したのは州ごとに競馬を取り締まることの不備であると考えました。HISAのアンチドーピング・薬物管理プログラムは3月27日まで開始しませんが、薬物と安全に関するルールを執行するうえで非常に有利に働くでしょう」。

 ドーピングおよびPED(競走能力向上薬)使用の撲滅が極めて重要であることを考えると、HISAがその高い期待に応えなければならないというプレッシャーはすでに桁外れである。起訴により、競走後検査が万能薬ではないことがはっきりとした。次に出てくる"検出不可能な"薬物に対応するために方法論を絶えず進化させなければならない。HISAは薬物検査の強化と徹底的な調査を組み合わせることに力を注ぐつもりだ。

 有罪判決につながった盗聴は4年前のようにツールとして役立つことはないだろう。いくつかの州では、会話を録音する許可を得るには、どちらか一方の当事者の承認があれば情報提供者は重要な証拠を記録することができるが、2者間の電話回線や通話を気づかれないように盗聴することは、政府機関から要請された裁判所の命令がなければ実施できないのである。

 ドラジン氏はこう語った。「不正行為を撲滅しようとしていますが、一般の人々には薬物検査を実施するのは競馬場ではないことを理解してもらわなければなりません。私たちは薬物検査の実施と不正者の検挙を競馬委員会に委ねているのです。薬物検査をする権限は私たちに与えられていないのです。SGF-1000の検査で何も検出できなかったのは問題です。競技外検査と調査をもっと有効にする必要があります。連邦政府抜きで誰かがもっとうまく執行にあたらなければなりません」。

 起訴されたのは最終的に30人である。しかし捜査官が十分に詳しく調べたかどうか、そして起訴されなかった人たちが関わった事件の膨大の証拠をどう扱うかが重要なポイントだと考えるオブザーバーもいる。最終的に裁判が終わればファイルは封印されるのか、それとも公開され、裁判資料の中の黒塗りになっていた名前は明らかになるのか?

 ドラジン氏はこう続けた。「業界内ではSGF-1000が全米各地に行き渡っていることは知られているのに、少人数のグループしか捜査しなかったのはいささか残念です。いずれ情報は公開されるだろうと思っていました。米国の弁護士たちはどの調教師が薬物を受け取っていたかについての情報をすべて集めていたはずです。彼らはどの獣医師がSGF-1000を与えていたのかを知っていました。それに、NYRAがオーバーナイトシートにSGF-1000を使用してはならないという警告を記載したときに、この薬物が広く使用されていたことは誰の目にも明らかだったはずです」。

 「SGF-1000を使用することは違法であることははっきりしていました。それなのに、多くの調教師や獣医師が使い続けていたのです。どこかのタイミングで情報が公開されてほしいと思っています。もし誰かがSGF-1000を使って不正をしていたのなら、何の制裁も受けず逃げ切れるべきではないと思うのです」。

 しかし競馬界の不正行為との闘争においてHISAが重要な役割を担うことになるが、競馬
場やホースマンたちが3年前の出来事から学んだことをどれだけ生かせるかにも大きく左右されることになるだろう。ホースマンたちはナヴァロ氏やサーヴィス氏の馬に負かされてばかりだったと話していたのに、規制当局に協力しなかった。彼らは今後、不正行為に対して警戒心を強め、執行官と協力して公平な競走環境を維持するようになるのだろうか?

 また競馬場も盗聴テープや裁判資料で詳述されていたことから学ばなければならず、厩舎地区の腐敗したホースマンたちをもっと積極的に取り締まらなければならない。この点についてはドラジン氏が痛いほどよく理解している。7年連続でモンマスパークのリーディングトレーナーに輝いたナヴァロ氏だけでなく、サーヴィス氏もドラジン氏の所有馬を何頭か調教していたのだ。

 「確かにこの事件全体から多くのことを学びました。30年前にジェイソンと知り合ってからずっと、かぎりなく正直な人間だと思ってきたのです。起訴の記事を読んですごくショックを受けましたね。出回っている情報のいくつかに対してまだ異議があります。信用できなくなりますが、もっと注意しないといけないとも教えられます。しかし偽の請求書があったという連邦政府の筋書きが正しかったとすると、それはおおいに憂慮しますね。私はSGF-1000の請求書を受け取っていませんし、それを購入していたのはジェイソンだけではありませんでした。それを注射していたのは獣医師です。記録を改ざんしていたとしたら、彼らは今もなお競馬場にいるべきではないでしょう」

 「薬物検査や調査が強化されれば不正を減らすことはできると思います。しかし不正をしたがっている悪い輩はまだいますし、依然としてうまくやる方法を考えだそうとしています。競馬界とHISAが世の中にいるすべての不正者を捕まえることを願っています」。

By Bob Ehalt

(1ドル=約135円)

 (関連記事)海外競馬ニュース 2022年No.47「サーヴィス調教師、有罪を認めて最長4年の禁固刑へ(アメリカ)」、海外競馬情報 2022年No.12「サーヴィス氏のPED投与についての有罪答弁までのタイムライン(アメリカ)

[bloodhorse.com 2023年3月9日「Three Years After Arrests, Racing Plots Path Forward」]