海外競馬情報 2019年06月21日 - No.6 - 2
調教師は一体どれぐらいの収入を得ているのか?(イギリス)【その他】

 調教師たちは人生を謳歌しているように思われる。立派な服装、高級車、広い邸宅、ゆっくりとしたランチ、シャンパンでの祝杯。しかし、一体どれぐらいの収入を得ているのだろうか?

 たしかに200頭以上を管理してG1馬が数頭いると、ワインセラーを満たしておける。ただし、それはどのような産業のリーダーについても言えることだ。

 最近、チャーリー・スワン(Charlie Swan)氏、コルム・マーフィー(Colm Murphy)氏、サンドラ・ヒューズ(Sandra Hughes)氏、ブレンダン・パウエル(Brendan Powell)氏などの大物調教師たちが引退した。また、ジョン・オックス(John Oxx)調教師とパトリック・プレンダーガスト(Patrick Prendergast)調教師は提携関係を結んだ。さらに、オリヴァー・シャーウッド(Oliver Sherwood)調教師は調教場を売却してリースバックしている。これらは全て、多くの人々が考えている以上に調教師にとって経費の支払いが困難であることを示している。

 しかしそれを算出することは不可能である。なぜなら、厩舎によって在厩頭数が違い、それらの馬がシーズン中に異なるレベルで勝利を挙げるからだけではなく、厩舎の開業方法がさまざまだからである。

 厩舎施設を引き継いだおかげで、ほとんど、あるいは全く開業費用が生じなかった調教師もいる。一方で、厩舎施設を賃借したりローンを支払う調教師もおり、それが諸経費を大幅に増やす原因となっている。馬主に売るために馬を購買する調教師もいれば、自家生産馬や予めどこかで購買していた馬を出走させる調教師もいる。

 大規模な調教センターを利用する調教師は、輸送費を分担することで経費を抑えることができる。一方、独立した調教師は厩舎施設を建設するための費用を支払いながら、自らの馬運車を使わなければならない。しかし、独立した調教師は開業すれば、毎月ギャロップ走路の使用料を支払う必要はなく、自らの施設の管理費を心配するだけで良い。

どれぐらいの経費が掛かるのか?

 調教事業には次の4つの主要経費がある。① 人件費、② 飼料・乾草・寝藁・治療薬などの変動費、③ 水道光熱費・賃借料・ローン返済などの固定間接費、④ 厩舎施設の管理費・トラクター修理費などの臨時費。

 これらの中で最も大きな割合を占めるのは人件費である。数々の調教師を担当する会計士によれば、人件費の総額は経費全体の40%以上に達する。それゆえ、厩務員1人が3頭を担当する時代はすでに終わっている。常勤の厩務員はほとんどの場合、4~5頭を担当している。また、大規模な調教センターにおいて追加的に非常勤の攻馬手を活用することは当たり前のこととなっている。

 ニューマーケットで30頭を管理するある匿名の調教師は、いくつかの経費についてこう説明した。「厩舎スタッフに部屋を無料で提供し、週500ポンド(約7万円)を支払っています。彼らは午前6時から11時20分まで働き、午後に戻ってきて作業を1時間45分行い、午後6時までに終了します。私の厩舎には30頭がいますが、常勤スタッフは6人で、その他は非常勤スタッフです。優秀な非常勤の攻馬手には1頭につき20ポンド(約2,800円)を支払うので、3頭乗れば60ポンド(約8,400円)になります」。

 常勤スタッフへ支払う1ヵ月当たりの賃金は合計で1万3,000ポンド(約182万円)となる。追加的に非常勤の攻馬手2~3人への支払いも生じるので、1ヵ月の人件費の総額はだいたい1万7,500ポンド(約245万円)となる。

 匿名の調教師はこう語った。「管理馬30頭のための1ヵ月間の寝藁代は2,000ポンド(約28万円)に上ります。乾草などには700ポンド(約9万8,000円)掛かります。また月に2回、堆肥の山を除去してもらう費用は350ポンド(約4万9,000円)です。飼料には1,500ポンド(約21万円)、サプリメントなどには400ポンド(約5万6,000円)が必要となります。潰瘍を予防するパウダーなどには400ポンド(約5万6,000円)が掛かります」。

 これまでの計算で、このニューマーケットの調教師の1ヵ月間の支払いは2万3,000ポンド(約322万円)に上っている。しかし、同調教師は「これは、何かが壊れたり取替えが必要となったときの費用を含んでいません。それに、電気代・ガス代・水道代が含まれていません」と述べた。

 たしかに賃料やローン返済などを考慮に入れていなかった。これは厩舎によって差があるが、ニューマーケットでは厩舎施設の賃料として月に約3,000ポンド(約42万円)が支払われている可能性がある。また、ニューマーケットのギャロップ走路の使用料は1頭につき120ポンド(約1万6,800円)なので、30頭で3,600ポンド(約50万4,000円)を支払っている。したがって、1ヵ月の支出総額は3万ポンド(約420万円)以上となる。しかし、これはまだ馬を出走させていない時点での支払額である。

 匿名の調教師は、ニューマーケットからベヴァリー競馬場に3頭を輸送するのに750ポンド(約10万5,000円)を支払う。すなわち1頭が往復320マイルを移動するのに250ポンド(約3万5,000円)、1頭が1マイルを移動するのに78ペンス(約109円)が掛かるという計算になる。

 それゆえ、管理馬30頭の厩舎が1ヵ月あたり平均25頭を出走させ、これらの馬の移動距離が合計6,000マイルを若干超えるとすれば、総額4,750ポンド(約66万5,000円)の輸送費が掛かる。そうすると1ヵ月の支出総額はほぼ3万5,000ポンド(約490万円)に膨れ上がる。輸送の際に生じる追加的な人件費、さらに調教師が馬運車とは別の車で同行する場合を考慮に入れれば、その額はますます積み重なる。

 たしかに、管理馬200頭の厩舎は"規模の経済"の恩恵を受けると思われがちだが、これらの経費の大半は頭数の多少にかかわらず1頭当たりではほぼ同じである。多頭数が在厩していれば、多くのスタッフ・飼料・寝藁が必要となり、多額の賃料・輸送費が生じる。ある障害競走の調教師は100頭強を管理しており、昨年の1ヵ月あたりの支出額は10万ポンド(約1,400万円)と見積もられる。30頭を預かる厩舎よりも1頭当たりで倹約できたのはわずかな額にすぎない。

賞金で十分な収入は得られるか?

 もちろん調教師たちは賞金の一部を獲得する。ただ、最上層にいる調教師を除けば、それはビジネスにとって大した助けとはならない。調教師たちは、優勝賞金の10%・入着賞金の6%に満たないわずかな額しか受け取れない。平地のトップトレーナーであるジョン・ゴスデン調教師の昨年の賞金総額は851万6,014ポンド(約11億9,224万円)であり、その取り分はおよそ75万ポンド(約1億500万円)だったことになる。

 これは悪くない数字であるが、ゴスデン調教師が昨年220頭(実頭数)を出走させたことを考慮して、これまで説明してきた方法で同調教師の支出額を算出すれば、おそらく3~4ヵ月分の経費を少し上回る額を補填するにとどまるだろう。

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 ジョンジョ・オニール(Jonjo O'Neill)調教師は昨シーズン、障害競走のリーディングトレーナーランキングで20位だった。同調教師が125頭(実頭数)を出走させて獲得した賞金総額は63万9,240ポンド(約8,949万円)であり、そこからの取り分は5万ポンド(約700万円)ほどである。この額では1ヵ月分の経費さえも賄えない。

調教師は本当に利益を得ているのだろうか?

 調教師が利益を得られることは確かである。厩舎には主な収入源が4つある。それは、すでに言及した獲得賞金からの取り分、預託料、馬の売買、そして輸送料である。平地競走のほうが収入を得るチャンスは多いが、多くの調教師は馬の売買によってかろうじて収支を合わせることができると主張する。

 自ら輸送を行う調教師には、もう1つの潜在的な収入源がある。マーク・ジョンストン調教師はそのウェブサイトで馬の輸送を1マイルあたり1ポンド(約140円)で請け負うと宣伝している。一方、ティム・ヴォーン(Tim Vaughan)調教師は同じサービスのレートを75ペンス(約105円)としている。馬運車が満たされれば確実に利益がもたらされるが、たった1頭をレースに出走させるために輸送するとなると利鞘はずっと狭まるだろう。

 調教師が本当に利益を得ているかどうかについての疑問に答えるには、一般的に謎に包まれている預託料にメスを入れることに尽きる。

 数人の調教師に聞いた話を基にすると、預託料は1日1頭につき30~90ポンド(約4,200円~1万2,600円)のようだが、ほとんどの調教師は預託料を開示していない。これまで言及してきた管理馬30頭の厩舎を例に挙げれば、表のような経費を支払いながら預託料を1日30ポンド(約4,200円)とすると損失を被ることになり、1日38.36ポンド(約5,370円)とするとなんとか収支が合う。ただし30頭がすべて年中現役を続けるのは非現実的である。

 預託料を1日40ポンド(約5,600円)とすれば、調教師は1ヵ月の経費を賄うことができ、毎月8,000ポンド(約112万円)の利益を出すことができる。しかし、それには臨時費が含まれていない。もし何かが壊れたり、馬が負傷したり、あるいは馬主が馬の転厩を望んだ場合、この8,000ポンドはあっと言う間に消えてしまう。数ヵ月間空き馬房ができるという打撃を和らげるためには、このような規模の厩舎は1日45ポンド(約6,300円)ほどの預託料を要求しなければならないだろう。

 しかし、預託料を公表している調教師はわずかしかいない。ヴォーン調教師の預託料は1日37.50ポンド(約5,250円)と治療費(実費)であるのに対し、ジョンストン調教師の預託料は1日78ポンド(約1万920円 治療費を含む)と両極端だ。グランドナショナル優勝トレーナーのルシンダ・ラッセル(Lucinda Russell)調教師(キンロス調教場)の預託料はこれらの間のレベルである。

 ラッセル調教師のウェブサイトにはこう記されている。「2018-19年シーズンの預託料はフルタイムで1日47.40ポンド(約6,636円)、すべての費用を含んだ1ヵ月当たりの預託料は1,910ポンド(約26万7,400円)。複数頭を預託する馬主に対しては大幅な値下げを行っています。馬主が負担する輸送費は、エディンバラジン調教場(Edinburgh Gin)の支援により、格安の1マイル75ペンス(約105円)に抑えられています」。

 「曳き運動・コンディショニング調教・非現役馬の調教についての料金を引き下げています。1ヵ月75ポンド(約1万500円)で水中トレッドミルを制限なしで利用できます。獣医師の助言を受けながらの放牧には週55ポンド(約7,700円)を請求しています。すべての料金には付加価値税(VAT)が課されますが、それは付加価値税制に基づき改めて請求されます」。

 好成績を挙げる調教師もいるが、大多数の調教師にとっては預託料による収入が重要であり、何よりも馬房が満たされることに尽きるだろう。

 管理馬が減少すれば、収支を合わせるのが非常に困難となるのだ。

By Stuart Riley

(1ポンド=約140円)

[Racing Post 2019年5月22日「Rich, poor or somewhere in between: how much does a trainer really earn?」]