海外競馬情報 2016年09月20日 - No.9 - 3
欧州の競馬界、猛威を振るうウィルスと戦う(欧州)【獣医・診療】

 競馬界はこの夏、英国のみならずフランスにおいても猛威を振るうウィルスと戦っている。

 約3,000頭の現役馬の調教拠点であるニューマーケットは最も大きな被害を受けているようだが、フランス最大の調教拠点シャンティイもこれを回避できなかった。

 事業規模の大小を問わず多くの調教師は、内視鏡検査や血液検査の結果が悪いため、あるいは呼吸器障害のために"馬を出走させられない"と報告した。

 ハムダン殿下のレーシングマネージャーであるアンガス・ゴールド(Angus Gold)氏はこう語った。「この夏が馬の健康にとって非常に厳しく、調教師たちが大変な時期を過ごしていることに、人々は気付いていないようです。レーシングマネージャーにとっては、30年間で一番ひどい年でした」。

 カリド・アブドゥラ殿下のレーシングマネージャーであるテディ・グリムソープ(Teddy Grimthorpe)氏はゴールド氏の見解を支持し、「大変な年であることは間違いありません」と述べた。

 そしてこう続けた。「これは欧州全体に広がる問題です。シャンティイの状況もひどいものです。もちろんニューマーケットを拠点とする調教師も悪戦苦闘してきました。1つのウィルスではなく、インフルエンザあるいはライノウィルスの多くの異種系統があるようです。これは悪いことが同時に起こる最悪の事態と考えられます」。

 異常な暖冬で感染症を根絶する寒波がなかったことが、この事態を招いたのかもしれない。

 ゴールド氏はこう付言した。「たいへん暖かい冬を過ごした後、3月にハムダン殿下に"馬の体調は良好です。夏まで同じ調子であることを望んでいます"と話したことを覚えています。しかし4月には寒くなり、馬は咳をして鼻水を流し始めました。それから3ヵ月間は完治しませんでした」。

 BHA(英国競馬統轄機構)の上席獣医責任者ジェニー・ホール(Jenny Hall)氏は、アニマル・ヘルス・トラスト(Animal Health Trust)で研究は継続中と述べながらも、1歳馬や2歳馬は小学校にいるようなものであると指摘した。すなわち、ウィルスは免疫力が高まる前に次々に感染し、大人にまで感染するような環境である。

 ホール氏は、「この問題は、厩舎内の衛生状態の重要性、また、馬が絶えず出入りする厩舎や競馬場で衛生状態を保つのがいかに困難であるかについて注意喚起しています」と語った。

 そしてこう続けた。「ウィルスを特定する試みは続いていますが、どれも感染力の強い深刻な外来ウィルスではありません」。

 「また、人々がこの問題について率直に話すことは良いことで、資金を継続して投じ調査・研究を実施することの必要性について気付かされます」。

 多くの調教師がこの問題に直面しているが、キングジョージ6世&クイーンエリザベスS(G1)を回避したポストポンド(Postponed)ほど有名な例はないだろう。

 ロジャー・ヴァリアン(Roger Varian)調教師は、「人間に生じる状況と似ています。肺感染症に罹っても肺が熱くなるまでは大丈夫なような気がして、その後忘れてしまいます。しかし、これを発症している馬を出走させると、回復に長期間を要することになります」と語った。

 ヴァリアン調教師は7月に、5月と6月の半分の頭数しか出走させることができなかった。一方、サイード・ビン・スルール(Saeed Bin Suroor)調教師は7月に散々な状態となって厩舎を閉め、8月末にようやく管理馬を出走させられるようになった。

 ビン・スルール調教師はこう語った。「馬を休養させました。大半の馬が咳をしていましたが、ニューマーケット全体でそのような光景が見られます。22年前からここにいますが、最悪のことが起こっています。調教を中断して回復期間を与えなければなりませんでした」。

 ランボーン(ニューマーケットに次ぐバークシャー州の調教場)もこれを回避できなかった。ランボーンを拠点とするヘンリー・キャンディー(Henry Candy)調教師は、シーズンの最初の2ヵ月間は管理馬の体調が悪かったが、その後回復したと語った。

 英国南西部のウィルトシャーを拠点とする元リーディングトレーナーのリチャード・ハノン(Richard Hannon)調教師も、100頭以上の管理馬を抱えるが、今年はこれまでになく調子を落としている。

 「今年は例年よりもウィルスが蔓延していると大きな話題になっていますが、毎年季節の変わり目には同じことが起こります。数週間ですっかり良くなった馬もいますが、他の馬は完治せず出走させられませんでした。よくあることです」。

 エプソムを拠点とするジム・ボイル(Jim Boyle)調教師はこう語った。「多くの調教師はこの問題に悩まされましたが、これは英国全土で起きているわけではありません」。

 ボイル調教師は8月29日の祝日に実施されたエプソムのオープンデー(厩舎開放日)に厳重な予防措置を取り、訪問者たちに消毒のほか、馬にエサをやったり触れたりしないよう要請した。

 同調教師は「妥当な予防策でした。どのようなウィルスや細菌も見過ごしてはなりません。厩舎開放日は感染源になりかねません」と付言した。

By Bruce Jackson

[Racing Post 2016年8月31日「Racing battling worst summer for viruses」]