海外競馬情報 2016年03月20日 - No.3 - 2
"英国のEU離脱"は競馬界にとって有利か?(イギリス) 【開催・運営】

 ロイヤルアスコット開催(6月14日~16日)の時期には、多くの競馬関係者は英国のEU(欧州連合)離脱を示す言葉"ブレキジット(Brexit)"にすっかり嫌気がさしているかもしれない。しかし今後4ヵ月間、英国のEU離脱あるいは残留を決める国民投票(6月23日)が競馬界で最も注目される話題となるのは確実である。

 2月16日のグランドナショナル・ウェイツランチ(Grand National weights lunch グランドナショナル出走登録馬の負担重量を決定する午餐会)で、この問題はすでに議論の的となっていた。障害競走における有力馬主の1人は、離脱派でも残留派でもない"分からない派"のエージェント(馬売買仲介人)に対し、「EU離脱は皆にとってベストである」と細々と説明した。一方、馬主であるライアンエア(Ryanair)のCEOマイケル・オレアリー(Michael O'Leary)氏はこの主張に同意せず、タイムズ紙(The Times)に掲載されたEU残留派の投書に署名している。

 しかし、この問題は英国競馬にとってどういう意味を持つのだろうか?少なくとも表面的には、英国のEU離脱は競馬にとって魅力的な提案となり得る。

 もちろん現時点では仮定でしかないが、英国がEU加盟国でなかったら、公認賭事パートナー(Authorised Betting Partner: ABP)の方針について騒動が持ち上がることは決してなかっただろう。そして、ブックメーカーがスポンサーを務めるワールドハードル(G1)やチェルトナムゴールドカップ(G1)を今もなお話題にしていたことだろう[訳注:ラドブロークス社(Ladbrokes)とベットフレッド社(Betfred)は、公平で持続可能な資金提供関係を競馬界と築くためのABPのステータスを獲得せず、それぞれワールドハードルとチェルトナムゴールドカップのスポンサー契約を継続しなかった]。

 また賦課金制度は、国家補助規制(訳注:国内の経済活動を奨励・保護する"国家補助"が公正な競争と域内貿易にとって好ましくない場合、欧州委員会は禁止または介入を行う)に関する欧州委員会の承認が得られないとの懸念から破綻することはなくなり、賭事法(免許&広告)の一環として海外賭事業者にまで対象が拡大されるようになるだろう。さらに競馬賭事権(horserace betting right英国競馬を対象に賭事を提供するいかなる業者も事業を営むために購入しなければならない権利)は、その発効のために欧州委員会の承認が必須なので、英国がEUを離脱した方がずっと導入しやすくなる。

 したがって、競馬界はナイジェル・ファラージ(Nigel Farage)議員やジョージ・ギャロウェイ(George Galloway)議員のような野望を抱けば、EU離脱派により約束された栄光の日が差す台地に向かうだろう(訳注:ファラージ議員もギャロウェイ議員も強力なEU離脱派)。

 ご推察のとおり、EU離脱という結果になってもこれまでの体制は急に変えることはできず、無数の因果関係や解決すべき問題が生じるので、事はそう単純ではない。

 中でも、単一支払制度の恩恵を受けている放牧地を持つ生産者に損失をもたらすだろう(訳注:単一支払制度とはEU共通農業政策の1つであり、たとえば対象農地において"適正な状態"が維持されているなどの要件を満たしている農家に対し給付金が支給される)。また、とりわけ英国とアイルランド間などの馬の移動に関する問題も解決する必要がある。

 人の移動についても、すでにスタッフ不足を嘆き、外国からの人材募集に苦戦している調教師にとって、なおさら大きな問題となる。

 一方で、国民投票で賭事産業が望むようなEU残留が決定されれば、政治的波紋は競馬界に及ぶかもしれない。

 ジョン・ウィッティングデール(John Whittingdale)文化大臣はEU離脱派であり、国民投票後の内閣改造を生き残ることはできないだろう。同大臣は、資金調達に関する競馬界からの要求の解決について、前文化大臣のサジッド・ジェイビッド(Sajid Javid)議員や他の政治家ほど熱心ではない。

 競馬ファンのプリティ・パテル(Priti Patel)大臣(労働・年金省担当)は、ウィッティングデール大臣と同じEU離脱派であるが、内閣改造が行われた場合にウィッティングデール大臣の後任として内閣入りすることが予想されている。しかしながらEU離脱となれば、競馬界の支持者とみられるジョージ・オズボーン(George Osborne)財務大臣やマシュー・ハンコック(Matthew Hancock)内閣府担当大臣の影響力は無くなるかもしれない。

 EU離脱が2回目のスコットランド独立住民投票を誘発するかもしれないことを考えると、今回EU離脱派に軍配が上がれば、一昨年のスコットランド独立住民投票の際に生じた競馬界への影響に関する全ての疑問が甦るだろう(訳注:スコットランド独立住民投票は2014年9月18日に実施され、反対票が55%となり独立は否決された)。

 より広範囲に見れば、ファビアン・ピカルド(Fabian Picardo)ジブラルタル首相が「国民投票はジブラルタルにとって"実存にかかわる脅威"である」と述べたように、英国のEU離脱は英領であるジブラルタルを拠点とする賭事業者に影響を及ぼすだろう。

 ジブラルタルの賭事業者の欧州へのアクセスは、ずっと困難になるかもしれない。また、毎日スペインからジブラルタルに通勤する数百人の賭事産業従事者に根本的な問題が生じるだろう。

 EU離脱が決定されれば、ブックメーカーはEUのマネーロンダリング規制強化により生じる義務を免れることができるかもしれない。

 しかし、EU離脱によって何が起きるか明確ではないことを考えれば、個々の産業にとってはもちろんのこと、先のことは全く見通せない。

By Bill Barber

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[Racing Post 2016年2月25日「Brexit no one-stop solution to racing's big issues」]