海外競馬情報 2013年09月20日 - No.9 - 2
競走馬の細菌感染をチェックできる簡易な血液検査具が誕生(イギリス)【獣医・診療】

 血清アミロイドA蛋白(Serum amyloid A protein:SAA)について既に耳にしたことがあるかどうか分からないが、それは、競馬界における日常会話の一部となろうとしており、スライゴ(アイルランドの観光地)出身の元障害飛越競技者であるハインリッヒ・アンホールド(Heinrich Anhold)氏が中心となって関わっている。

 アンホールド氏は、5年前に32歳でステーブルラボ社(StableLab)を設立した際、調教師が管理馬の健康状態を日常的に把握するための携帯血液検査器具の開発を目標としていた。

 6月の愛ダービー開催でその販売が発表されると、この技術についての小声でのうわさ話は声高なおしゃべりとなり、1週間後にはオンラインショップを通じて豪州などはるか遠方からの購入もあり、在庫は底をついた。

 アンホールド氏は開発にあたって資金が限られていたため豪州ではこの検査器具の試験も実施していなかったが、世界中の人々は、同氏とその生物医学・電子技師チームが任務を上手く全うしたと確信しているようである。

 アンホールド氏は、「私たちは、当然のことながら血球計算から開始しました。そして最後に、大きな価値のあるSAAを発見したのです」と語った。

 獣医師たちは何年もの間、細菌感染があるときや治療が多くの動物種に効果があるときにその程度を計測するためSAAを用いていたが、アンホールド氏は、従来の検査機器がこの蛋白質の全潜在能力を引き出せていないと感じていた。そしてこの検査が、専門の検査施設や高度の技能なしに利用者に役立つよう、信頼性と精度を強化し、手順を簡潔化したいと考えていた。

 チームはこの検出方法の開発の中で、一連の試行と症例研究によりSAAの特性を明らかにした。そしてその生物学的マーカーとしての特性には信頼性があり、その検査結果に基づいて出馬登録するかどうかなどの対処方針を決定できることを示した。

 アンホールド氏は次のように語る。「ニューマーケットの預託馬150頭の厩舎で独自の調査を実施し、シーズンを通してその150頭の生物学的マーカーを調べました。またケンブリッジ大学の客員研究者となり、進化遺伝学のビル・アモス(Bill Amos)教授に統計分析の協力をしてもらうことができました」。

 「同時に“血統と調教”に関するさまざまな共通の組み合わせやさまざまな健康問題をすべて分析しました。そして、何が突発的に生じるか、マーカーが何を示しているかについても調べました。これは非常に包括的な調査で、時間がかかったのはそのためだと思います」。

 それではSAAとは何だろうか?それは炎症刺激により肝臓内で作り出される蛋白質のことで、炎症に免疫細胞を取り込む働きをする。

 アンホールド氏は次のように説明する。「SAAの長所は、馬が健康であるときは現れないことです。その原理はとても簡単で、SAAが多いほど、馬体は細菌感染と激しく闘っているのです。そしてSAAは細菌感染しているどうか調べるために使えますが、もし治療効果があれば生物学的マーカーは24時間以内に消えるので、治療効果の有無もSAAから判定することができます」。

 これまでSAAの検査を行うには、置き場所、維持費、SAA検査の専門知識などを要する高額な機器が必要だったが、アンホールド氏はそれを最も小さく簡単な形に凝縮した。

 血液を採取し、カートリッジに落とし、10分待って、付属のカラースケールカードで結果を確認し、ごみ箱に捨て、調教に戻る。

 カラースケールカードに1つのラインが現れれば検査がうまく出来たことを示し、もしSAAが存在していれば、もう1つのラインが現れ、感染の度合いが高いほどその色は濃くなる。

 アンホールド氏は次のように続けた。「技術は大抵の場合一般人の手の届かないところにあるので、今回は技術的に機能するだけでなく、誰もが使えるように機能させることが大きな課題でした。1回目の挑戦でここに辿りついたわけではなく、数回の試みを要しました。私たちが行うことはすべて科学に基づくものであるために、開発が非常に困難なものになりました。私たちは皆科学者であり、7人いる社員の中で私だけがホースマンで、他の人々は技師あるいは生物医学技師です。彼らにとっては科学が専門であり、馬に関してはある程度私の専門なので、社内で私一人だけが“誰も馬を理解しようとしないからうまくいかない”とぼやいていました」。

 「これは長い道のりでしたが、まだ出発点に過ぎないことに最もワクワクします。これは最初の試金石に過ぎず、現在、検査カートリッジを定量化する電子読み取り機や筋肉メタボリズム問題(窒素尿症としても知られる)を処理するためのカートリッジを開発中です。また、携帯電話のアプリケーションも製作中で、馬の健康管理を行う能力を向上させるためあらゆることに取り組んでいます」。

 アンホールド氏が一途にこの路線を追求し続ける理由は、彼が本気だからである。アイルランド人の母親とドイツ人の父親の間に生まれた同氏は、スライゴ海岸に面した両親の乗馬牧場で約100頭の馬に囲まれて育った。両親のティルマン&コレット・アンホールド(Tilman and Colette Anhold)夫妻は、40年以上観光のためのホースホリデーファーム(Horse Holiday Farm)を経営してきており、その温かいもてなし、馬の質、そして乗馬用の小道で海外からも評価を受けてきた。

 その息子であるアンホールド氏は笑いながら語る。「決して馬から逃れることができませんでした。たぶん今でも無理です。実家に帰るとパソコンの前に座らせてもらえることはありません。私たちはすべて自分の所有馬から始め、また訪れる人々は滞在期間中自身の馬を持ちます。私は障害飛越競技もかなり熱心に行いました。アイルランドのポニーチームに所属した後、ジュニアチームに進み、義務教育を終えるまでにはかなり上達していました」。

 「そのあと進学を延期し、障害飛越競技者とともに働くために大陸に行くこととしました。そして、ドイツの元世界チャンピオンおよび元欧州チャンピオンのポール・ショッケモーレ(Paul Schockemohle)氏やオランダのハンス・ホーン(Hans Horn)氏とほぼ1年間一緒に働きました。それは素晴らしい経験で、欧州チャンピオンシップに出場して決勝にまで勝ち進みました」。

 アンホールド氏は18歳で帰国し、生理学の学士号のあと、生物化学の博士号を取った。その後間もなくして、資金を得るために障害飛越競技のグランプリホースを売却し、ステーブルラボの前身であるエポナバイオテック(Epona Biotech)を設立した。

 「この分野に進むことは当然のことでした。馬管理者の生活にゆとりを持たせるものを技術的に作るチャンスはあると感じていました。それが事業を始めるときに根底にあった考えです」。

 そして、その将来性によってステーブルラボ社は、2010年アイルランド全国新興ビジネスコンクール(All-Island Seedcorn Business Competition)において最優秀新興企業賞を受賞した。これにより、5万ユーロ(約650万円)の出資と大きな信用を手に入れた。

 これが始まりで、その後フィリップス社(Philips Electronics)と契約を結び、アイデアは現実となり、アンホールド氏は障害飛越競技者からダイナミックな国際企業のCEOに変身した。

 アンホールド氏は次のように語る。「これまで問題解決以外のことは考えなかったので、今は本当に最高です。アイルランド、英国、フランス、米国を飛び回っており、事業は始まったばかりです。ここ5年間で最も楽しい仕事をしています。私は検査用カートリッジの箱を持ち歩いて人々に見せています。そしてこの器具の製造業者は、こんなに早く到達すると予期しなかった多くの注文に応えるため、残業しています。製品が手元に揃いそれを一般に市販するというこの段階まで来るのを切望し、長い間夢見てきました」。

 ちょうど5年目になるが、産業に与えるこの影響はずっと続くだろう。


パイプ調教師、ステーブルラボ社のSAA検査を絶賛

 馬の調教に関して、マーティン・パイプ(Martin Pipe)調教師は、新しい方法を試みることで知られており、同氏のポンドハウスステーブル(Pond House Stable)の試験室は、ハインリッヒ・アンホールド氏のステーブルラボ社の商品テストに当たって極めて重要であった。

 パイプ調教師は、あらゆることに対する一貫した探求心により、15回リーディングトレーナーとなり、7年前に息子のデヴィッドに厩舎運営を譲ったあとも馬の調教の重要な歯車の一つであり続けている。

 4年前にデヴィッドがスランプに陥ったとき、パイプ調教師は馬の血統に関して第一級の専門家であるバリー・アレン(Barry Allen)氏を説得し、8年間のブランクから現役復帰させた。アレン氏はまだ同厩舎におり、SAA検査での作業結果を観察してきたが、その結果を踏まえて、パイプ親子はSAA検査を馬の調教に不可欠な要素と見なしている。

 パイプ調教師は次のように語る。「他の検査機器と比較したところ、このステーブルラボ社の器具は違いました。ずっと精度が高く迅速でした。また、感染の度合いが高まっているかどうかが分かるのです。他の検査機器よりも感染を早く検出し、時には数日早いこともあります。それに何と言っても、非常にシンプルです。このためとにかくこれに乗り換えることにしました」。

 パイプ調教師とジム・ボルジャー(Jim Borger)調教師は、調教に科学技術を用いることで同じく有名であり、SAA検査の開発に数ヵ月関わった。一方、他の調教師と牧場も、6月の販売開始前の数週間協力を求められそれに応えた。

 そのうちの1人であるアイルランドのノエル・ミード(Noel Meade)調教師は、アイルランドだけではなくシャンティイ、フロリダ、レキシントン、ランボーンおよびニューマーケットで実施された最終試験に参加した1人である。

 同調教師は次のように語る。「誰にでも扱えます。極めて明確かつ即時に結果が出ます。血液検査を受けた後10分足らずで、立派な試験施設や血液研究所への送付なしにその場で、検査結果を受け取ることができます。使い方がいかに簡単かが分かると、誰もがこれに飛んでくるだろうと思います」。

 この製品で不可能なことはどこが細菌感染したのかを示せないことであるが、そのためアンホールド氏は、誰が担当獣医師かを把握するため、SAA検査カートリッジの購入時に獣医師を登録するよう購入者に求めている。

 そして次のように語る。「購入者による獣医師登録が進むよう、オンラインでの購入時に獣医師を登録すれば値引きすることとしました。このことの周知を続ければ、おそらく将来、調教師たちは獣医師からこの検査器具を買うことができるようになるでしょう」。

By Jessica Lamb
(1ユーロ=約130円)

[Racing Post 2013年7月17日「Blood testing of horses may never be the same again」]