海外競馬情報 2013年11月20日 - No.11 - 3
サラブレッドに投資することの胸算用(イギリス・アイルランド)【その他】

 21世紀の英国とアイルランドにおいて、馬がぜいたくな所有物であることは否定できない。人間の真の友である馬が、必需品であり、農地を耕し、交通手段を提供し、戦場へ部隊を運び、炭鉱で働いていた時代は、遥か遠い昔になってしまった。ショージャンプ競技馬、競走馬、ドレサージュ馬術競技馬、そして“趣味としての乗馬用の馬(happy hackers’)”は今や、経済学者やポニーに夢中の子供の親から日常生活上不要な品とされている。

 しかしサラブレッドに高額な値札がついたことで、数世紀にわたり維持してきたサラブレッドを所有することの誇りが、今や馬主にとっては全く普通のこととなった。

 また一方、掘り出し物の馬が見つかることもあり、今シーズンの驚くべきスプリント馬リーサルフォース(Lethal Force)がその最たる例である。しかしクライヴ・コックス(Clive Cox)調教師がこの馬に支払った8,500ユーロ(約110万5,000円)は、一般の人が支出できる額からはやはり遠い数字である。

 もちろん、競走馬を購買するための出費額は、馬主にステータスを与えるものである。しかし、ビンテージカー、美術品および高級腕時計のような他のぜいたく品とは違い、 現役競走馬の維持費はそれらをはるかに上回る額となり、“競走馬を所有することは投資と言えるのだろうか”という疑問を生むことになる。

 不況に見舞われた2008年以降でも、クラシックカー、コイン、切手、バイオリン、ワイン、ギターおよび美術品への投資者は、10年前の購買価格よりも高価なものを現在有していることをエコノミスト誌の最近のレポートは伝えている。

 バークレイズ(Barclay’s ロンドンに本拠を置く国際金融グループ)の財産管理部門からのデータを使ってエコノミスト誌が算出した上記ぜいたく品への投資の総合指数は2003年から10年間で211%増加し、またMSCI世界株式市場指数(MSCIが算出・公表しているグローバルな株価指数で、日本を含む先進23カ国の上場企業で構成されている)は147%の増加を示している。

 それぞれのぜいたく品を個々に見てみると、ギターと美術品への投資家のみが株式よりも利益が少なく、ビンテージカー所有者は10年前よりも価値が約450%増加した車両で銀行までドライブしている。

 しかし、このような分かりきった経済学を、生命があって呼吸し予測不能で事故も起こしやすい競走馬という動物に適用し得るのだろうか?

 この考察の最初の拠り所は1歳市場である。今やたけなわの秋の1歳セールでは、有力馬が目玉の飛び出るような落札額で、将来のチャンピオンを夢見る馬主の手に渡る光景が見られ、これは投資を目論む人々にとって最も人気ある選択である。

 クールモア牧場の三傑とも言うべきジョン・マグナイア(John Magnier)、マイケル・テイバー(Michael Tabor)、デリック・スミス(Derrick Smith)の各氏は、サラブレッドに投資するだけではなく将来性のある馬を見抜くことも心得ている。2012年英ダービー馬キャメロット(Camelot)は、タタソールズ社(Tattersales)のブック1セールにおいて52万5,000ギニー(約8,820万円)程度で購買されたが、クールモア所有馬としてクラシック競走を3勝し、今や将来の種牡馬としてかなりの価値がある。

 クールモア牧場は、キーンランド協会(Keeneland Association)の9月セールにおいて、ウォーフロント(War Front)産駒をセール最高価格の250万ドル(約2億5,000万円)で購買したが、これは、北米における2010年以来の1歳馬最高価格である。

 過去10年間を見ると、DBSプレミアセール、ゴフス社オービーセール、タタソールズ社アイルランド9月1歳セール、タタソールズ社10月ブック1&2セールなど、英国とアイルランドの主要セールにおける1歳馬の平均価格はこれまで上下してきているが、期待できる2013年シーズンの中盤における結果を見ると再び上昇傾向にある。

 また、同じ10年間の1歳馬のセリ最高価格の平均も、2007年の92万2,431ポンド(1億4759万円)から2009年の33万5,271ポンド(約5,364万円)まで下降するなど似たような傾向を辿っている。

 市場の底値を分析するのは難しいが、賭事産業が依存している下級競走の出走頭数を確保するためには重要である。一方中間価格は、価格動向の目安を得るために役立つものであるが、毎年の最高価格と平均価格と同じ変化を辿ったことは、驚くに値しない。

 不況後の平均価格が、不況前の非常に安定していた2004年以上に高かったということは興味深く、競馬産業の回復力への信頼でもある。

 しかし他のぜいたく品と比較して、1歳馬を購買する費用で何を買うことができるだろうか?1歳馬の歴史的な最高価格と最低価格を考えると、この質問は“1歳馬の購買費用では何を買えないか”にもなる。1985年に世界最高価格の1歳馬シアトルダンサー(Seattle Dancer)に支払われた1,310万ドル(当時のレートで約31億円)があれば、今年8月の取引で946万ドル(約9億4,600万円)の世界最高価格が付いた世界にたった8台しかない1957年式フェラーリ250 GT(1957 Ferrari 250 GT 14-Louvre Berlinetta)、あるいは田舎の邸宅、ピカソの原画も楽に購入できる。

 このシアトルダンサーの価格は、2012年の1歳馬平均価格6万222ポンド(約963万5,200円)からすると、別世界の数字である。

 現在6万ポンド(約960万円)の予算を持つ投資家は、中級のロレックスやオメガの腕時計、1953年式ジャガーXK、覆面ストリートアーティストのバンクシー(Banksy)が描いた絵、あるいはジョージ・W・ブッシュ(George W Bush)元大統領のために製造されたモンブランの記念ペンと同じ型のペンを購入することができる。

 上に挙げた商品の製造に必要な原材料費は、その認知される価値と同等でないことは言うまでもなく、同様に1歳馬の育成費用(種付料、医療費、管理費)は購買者がセリで同意した額、つまり価値の本質とは一致しないかもしれない。

 品物の価値は市場で付けられるが、市場価値と同じではない。ぜいたく品は値札だけでなく希少性によっても規定され、その価格をさらに上昇させることも多い。

 たとえば、007の最新作でジェームズ・ボンドを演じる俳優ダニエル・クレイグ(Daniel Craig)が身に着けていた腕時計オメガ・シーマスター(Omega Seamaster Planet Ocean)は、昨年のクリスティーズ(Christie’s)のオークションにおいて15万ポンド(約2,400万円)以上の値をつけた。映画で使われたものでなければ、プラチナやホワイトゴールドではなくステンレスで作られたこの腕時計は、5,000ポンド(約80万円)以下で購入できるだろう。

 同様に、希少価値は1歳馬の価格にもゼロを付け足すことがある。優秀な繁殖牝馬から生まれる仔は年に1度しか上場されないので、当然珍しい商品である。

 G1を7勝したウィジャボード(Ouija Board)の初仔は、セリでの落札額が50万ギニー(約8,400万円)を超えた。これまでの仔が母馬の輝きほどの活躍を見せない中で、クールモア牧場が共同で購買し将来有望と期待されているこのオーストラリア(Australia 母ウィジャボード)は、特別の逸品として購買されたわけではないが、真価を発揮しそうである。

 まだデビューしていないトゥーザスターズ(Too The Stars)は、英1000ギニーと愛1000ギニーを制したフィンシャルベオ(Finsceal Beo)の初仔で、80万ユーロ(約1億400万円)で落札された。

 優良種牡馬の産駒というだけで購買することはあまり効果的でないが、希少価値は種牡馬が種付けをしなくなった後で作用し始めることもあり、8月のキーンランド1歳セールでは、インディアンチャーリー(Indian Charlie)の牝駒が最高価格で購買された。またモンジュー(Montjeu)の最後の1歳馬が上場される来年は、激しい戦いが繰り広げられると予測される。

 それでは、1歳馬を腕時計や自動車のように資産として購買すると考えると、初期投資の利益は何なのか?そんな問いには答えられないのは言うまでもないが、それぞれの1歳馬には無限の可能性があるため若馬はセリで買われることになる。

 夢のようなサクセスストーリーがあり、上場されたセリ会社の壁には馬の写真が飾られている。5万ポンド(約800万円)で購買されてG1を5勝したキャンフォードクリフス(Canford Cliffs)および獲得賞金額の記録を塗りかえたプレスヴィス(Presvis)は、まさにそのような2頭である。しかしがっかりする馬の例もある。米国において1,000万ドル(約10億円)以上で落札され一度も出走することなく、種牡馬入り後も受胎率が低いことが判明したスナーフィダンサー(Snaafi Dancer)の物語は、競馬界でおなじみの話である。

 英国の話に戻ると、交付される賞金総額約9,000万ポンド(約144億円)という近年の状況の中で、平均的な馬がどのくらい稼ぐかを計算することは難しいだろう。しかし投資の観点からは、むしろ換金性を検討することが正解に近いヒントかもしれない。

 この換金性は、ピンフッカー市場で重要な役割を演じる。今年4月に欧州競馬界では、タタソールズ社クレイヴン・ブリーズアップセールにおいて、ある2歳馬が76万ギニー(約1億2,768万円)の記録的な価格で購買された。それは、昨年9月のキーンランド1歳セールでマグス・オトゥール(Mags O’Toole)氏が12万ドルで購買した牡馬である。8月にマイケル・テイバー(Michael Tabor)氏の勝負服を背にデビューしたこの馬は、現在無敗のクラシック有望馬グレートホワイトイーグル(Great White Eagle)である。

 ピンフッカー市場は盛況であるが、すべてのエピソードがそんなにきちんと脚本どおりなわけではない。2歳馬の平均価格をその1年前の1歳馬の平均価格と比較すると、この10年間で全般的な増加が見られたのは2006年と2011年だけであり、2005年の下落もごくわずかなものであったが、その他の年はすべて下落している。

 一方現役競走馬市場については、上場馬の多様な年齢を考慮すると比較はそう簡単ではないが、平均価格は2歳馬と比べてさらに大幅に下がっている。

 しかし、古馬市場は非常に難しく、大成功すれば大金をもたらす可能性はあるが、仮に売りに出されるとしてもセリに上場されることは極めて珍しいということを忘れてはならない。このことにより、サラブレッドの換金性を考えるときにもう1つの要素である資産分散が重要になる。

 先に引用したエコノミスト誌のレポートは、大きな利益を約束する投資として車や美術品等のぜいたく品を挙げているのかもしれないが、それらの利益が現金に変わる過程は、株式の売却という比較的早く単純な方法よりもずっと入り組んだものであり、これらの投資は投資家に一時的に損をさせる可能性がある。

 また馬を出来るだけ高値で売却することも、いつも簡単に片付けられる楽な仕事という訳ではない。個人の購買者が見つからなければ、通常はセリ会社が次の拠り所となる。このようにして馬主の期待する黒字を見込める時期が決定づけられることになる。

 しかし、大半の馬主にとって競走馬は全てではないにしても貯蓄のための手段というよりはるかに大きい存在であり、これが問題の核心である。

 競走馬を所有するということは、そのレース成績に誇りを持ち、ジェットコースターに乗るような浮き沈みをしばしば楽しみ、競馬関係者の神聖な安息地とも言うべき調教場で過ごす朝を大切にし、調教師と一緒に計画を立て、競馬場で馬主バッジを輝かせ、そして幸運に恵まれた者は所有馬をウィナーズサークルで迎えることであると言える。

 最終的に銀行口座の残高が電話番号と同じ8ケタ(数千万ポンド)に近づくことにはならないとしても、競走馬を所有したことによる思い出が今後の更なる不況で消えてしまうということはないだろう。

 

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By Katherine Fidler
(1ユーロ=約130円、1ポンド=約160円、1ドル=約100円)

[Racing Post 2013年9月29日「Number crunching: investing in bloodstock」]