海外競馬情報 2010年02月26日 - No.4 - 4
馬の繁殖に関する研究(アメリカ)【その他】

 妊娠を持続させることは、繁殖医療のうちで最も能力を試される側面の1つである。馬の繁殖に重点を置いている数ヵ所の研究センターはこの1年、繁殖牝馬が受胎後の初期段階で妊娠を持続する方法の謎を解明するために時間と研究費を費やした。

 繁殖牝馬に関するその他の研究には、子宮動脈破裂に関する調査・研究のほか、細菌感染症を診断するための画期的で新たなDNA検査の開発が含まれている。

 テキサスA&M大学(Texas A&M University:TAMU)の研究者は、種牡馬管理の観点から、コルチコステロイド・デキサメタゾン(corticosteroid dexamethasone)が受胎能力に対して深刻な悪影響(不妊症)を与えることを発見した。


グルック馬研究センター

 ケンタッキー大学(University of Kentucky)のマクスウェル・H・グルック馬研究センター(Maxwell H. Gluck Equine Research Center:馬研究センター)は、馬の繁殖分野における最高峰の研究者2人を擁している。1人目はマッツ・トルードソン(Mats Troedsson)獣医学博士で馬研究センターの所長であり、2人目はエド・スクワイアーズ(Ed Squires)博士でグルック馬研究財団(Gluck Equine Research Foundation)の執行役員でもある。

 あらゆる品種の馬の研究者は、繁殖に関するデータをサラブレッド産業に頼っているが、これは同産業が繁殖入りした各馬に関する膨大な記録を保有しているためである。馬研究センターは、その研究プロジェクトにこのデータベースを活用している。

 スクワイアーズ博士は、「我々がケンタッキー州中部で所有していて、ほかの誰もが持っていない資産の1つは、2万2,000頭の繁殖牝馬がこの地域で種 付けされていることから、膨大なデータを保有していることです。私が指導教官を務める修士課程の学生の1人は流産の要因について、これらのすべての記録を 過去にさかのぼって疫学調査しています」と述べている。

 このプロジェクトは形成段階にあるが、調査対象となる可能性のある要素の1つは、難産およびそれが季節によって影響を受けるか、または受胎時における繁殖牝馬の状態−泌乳馬、空胎馬、もしくは未経産馬であるか−によって影響を受けるかどうかである。

 別の学生は、剖検のためにケンタッキー大学の家畜病診断センター(Livestock Disease Diagnostic Center)に持ち込まれ、子宮動脈破裂を起こしているのが見つかった繁殖牝馬に関する情報を収集している。

 同博士は、「この学生は、子宮動脈破裂を起こした馬の子宮から組織を採取して血管系を調べ、血管系の差異が子宮動脈破裂と相関があるかどうかを解明しよ うとしています。生きている繁殖牝馬からはバイオプシーにより子宮の生体組織を採取することができるので、その検体の血管系を調べることにより、当該繁殖 牝馬が子宮動脈に問題を起こす恐れがあるかどうかを予測できるようになることを期待しています」と述べた。

 多くの既知要素が子宮内膜炎を引き起こすが、馬研究センターにおける別のプロジェクトは、細胞レベルで起きる何かが、ある繁殖牝馬が子宮内膜炎にかかりやすく、別の繁殖牝馬が子宮内膜炎にかかりにくいことに関係するのかを研究することにしている。

 スクワイアーズ博士は、「馬研究センターでは大学院の1人の学生が一酸化窒素について調べています。一酸化窒素は体内(主に血管内皮)で生成され、平滑 筋や血管を弛緩させる作用がある他、子宮内膜炎の機序に係わりがあることが知られています。一酸化窒素は子宮も弛緩させる傾向があるため、おそらく交配後 に子宮が収縮するのを妨げ、子宮内で生成される炎症性液状産物を排出するのを妨げる可能性があります。通常の牝馬は炎症性液状産物を排泄する能力が備わっ ていますが、特定の馬は一酸化窒素によって炎症性液状産物を排出できない状態に陥るのではないかと考えています。そこで、子宮収縮のメカニズム、すなわ ち、サイトカイン(細胞から分泌される生理活性物質の総称)が子宮収縮にどのように作用するのか、一酸化窒素が子宮収縮のパラメーターにどのように作用す るのか、そして免疫賦活剤が子宮収縮にどのように関連するのかについて研究しています。したがって、我々の目標は、ある繁殖牝馬を子宮内膜炎にかかりやす くするのは何か、そして他の繁殖牝馬を子宮内膜炎にかかりにくくするのは何かを解明することです。我々の研究がもう少し進めば、これまでの治療法よりもふ さわしい治療法を見つけることができると思います」と述べている。

 クローディア・クライン(Claudia Klein)獣医師は、繁殖牝馬の受胎後7日から20日の間に起きる早期胚死滅の研究で博士号を取得することを目指している。同獣医師は、妊娠していない 繁殖牝馬には発現しない特有の遺伝子が妊娠している繁殖牝馬に発現するかどうかを確認するために馬ゲノム地図を利用している。この研究のもう1つの側面 は、妊娠している繁殖牝馬が妊娠を安全に継続させる物質を分泌できるようにするのにどのような遺伝子が関係しているかを研究することである。

 ケンタッキー大学における複数の関連研究は、フェスク毒に重点を置いている(フェスク:イネ科ウシノケグサ属の植物)。カレン・マクダウェル (Karen McDowell)博士は真菌寄生フェスクの摂取が子宮と胎盤への血流に与える影響について研究している。バリー・フィッツジェラルド(Barry Fitzgerald)博士は真菌寄生フェスクの摂取が初期妊娠に影響を与えるかどうかを確認するため、ミシシッピ州立大学(Mississippi State University)と共同研究を行っている。ローリー・ローレンス(Laurie Lawrence)博士はフェスク毒の栄養的側面を研究している。また、トーマス・スワーチエック(Thomas Swerczek)獣医学博士は繁殖能力喪失の発生原因としての牧草とマメ科飼料の細菌エンドファイト(植物体内で共生する細菌)を評価する5年間の研究 を終えようとしている。


コロラド州立大学における研究

 コロラド州立大学(Colorado State University)は研究の支援を行い、馬主に対し専門的な繁殖・受胎サービスを提供するために、馬繁殖研究所(Equine Reproduction Laboratory:ERL)を擁している。ERLの努力の大部分は、補助生殖医療に向けられているが、その研究プロジェクトのいくつかはサラブレッド のためになると期待されている。

 ERLの人工繁殖サービスのコーディネーターをしているイレーン・カルネヴァーレ(Elaine Carnevale)獣医学博士は老化が繁殖牝馬の卵母細胞に与える影響を研究している。精巣が絶えず新しい精子を生成している種牡馬と異なり、繁殖牝馬 は生涯で生み出す総ての卵子を自分自身が胎内にいる間に生成する。したがって、繁殖牝馬が毎年老化するにつれて卵子も老化する。

 老齢の繁殖牝馬は、さまざまな要素によって繁殖能力が減退する。これらの要素には、卵巣、子宮および卵管の問題が含まれ、また繁殖牝馬によっては慢性炎 症が含まれる。これらの問題に加えて、カルネヴァーレ獣医学博士は、老化が繁殖牝馬の卵子に与える影響が受胎能力の減退(不受胎および早期胚死滅の両方) に重大な役割を果たしている可能性があると確信している。

 最近の研究において、同博士は卵子を被う膜が老齢の繁殖牝馬の場合には若い繁殖牝馬より薄く、膜内部の中央腔が大きくなっていて、成長しない卵母細胞と関係があることを発見した。

 同博士が現在行っている研究は、どのような特定要素が卵母細胞の老化に影響を与えるかということと、獣医医療が卵母細胞の老化という生物時計の進行を緩めることができるかどうかを引き続き研究している。

 パトリック・マッキュ(Patrick McCue)獣医学博士およびライアン・フェリス(Ryan Ferris)臨床研修獣医師は、標準的子宮培養組織が病原体を増殖させない場合に備えて、子宮感染症を特定する新たなDNA検査を開発するために分子生 物学的手法を利用している。

 同獣医学博士は、「子宮内に感染があると思われる馬の子宮材料を培養しても細菌が陰性であることがあります。我々は、細菌DNAの存在を調べることにより細菌が子宮に存在するかどうかを確認するために、分子生物学的アプローチを進展させています」と述べている。

 同博士は、新しいDNA検査が標準的子宮組織培養に代わることはないが、このDNA検査は、問題のある繁殖牝馬の感染症に関するより多くの情報を生み出す補助的検査になるだろうと語っている。

 ジェイソン・ブルーマー(Jason Bruemmer)博士は、受胎してから最初の12日から16日までに繁殖牝馬の体が妊娠を認識するメカニズムを確認するためのプロジェクトに携わってい る。繁殖牝馬によっては、胚と子宮の間にこのような妊娠の伝達が起きることなく妊娠は喪失する。これは、子宮内環境が妊娠を支えるように変化しないで、繁 殖牝馬のプロゲステロン(黄体ホルモン―妊娠を維持する卵巣ホルモンの一種)のレベルが下がるためである。

 繁殖牝馬が妊娠を認識するという生理機能において何が起きるのかを研究者が理解できれば、初期妊娠の継続を支えるための治療法が開発される可能性があ る。この研究の第二段階は、初期妊娠を確認するために超音波診断法の代替手段としての血液検査を開発することである。この血液検査は、行動的理由や物理的 理由のために経直腸超音波診断法によって検査できない繁殖牝馬のための代替診断法として考えられるものである。

 ERLにおける別のプロジェクトは、排卵誘発について、より効果的なホルモン療法を比較することである。この研究の副産物は、現場で実施できる迅速かつ正確なプロゲステロン分析としての血液検査をもたらすと期待される。


テキサスA&M大学における研究

 テキサスA&M大学 (TAMU)における研究の重点の大部分は、種牡馬の生殖に置かれている。最近における2つの研究は興味深い結果を生み出した。

 畜産学の准教授をしているナンシー・イング(Nancy Ing)獣医学博士とトム・ウェルシュ(Tom Welsh)博士およびテリー・ブランチャード(Terry Blanchard)獣医師(理学修士)は、種牡馬へのコルチコステロイド・デキサメタゾンの投与が、6週間後から精子の形態生成と運動性にかなりの悪影 響を与えることを発見した。

 研究対象となった種牡馬は、炎症を抑えるために一般的に処方される治療量のデキサメタゾン(結晶性副腎皮質ステロイドホルモン)を投与された。デキサメ タゾンの投与後6時間以内に、種牡馬のテストステロン(精巣から分泌され、精液の生成を刺激するホルモン)のレベルは、60%ないし70%低下した。この テストステロン低下の悪影響は、デキサメタゾンの投与後110日間にわたった。最も深刻な影響は55日目ごろに起き、精子の形態生成は10%に落ち、また 運動性は10%以下に低下した。

 イング博士は、「デキサメタゾンの投与後、6週間から2ヵ月の間にその影響が最も強く現れます。その後、精子の形態生成と運動性は高まり、さらに6週間後にはほとんどV字型のグラフ線のように正常に戻ります」と述べている。

 同博士は、種付期前と種付期間中に種牡馬にコルチコステロイドを投与することを避け、代わりにバナミンのような非ステロイド系炎症抑制剤を使用することを勧めている。

 同博士は、精子中のどの遺伝子がデキサメタゾンの影響を受けるかを解明するために、マイクロアレイ(DNAチップ)技術を活用している。

 同博士は、「我々は、変化することが予想されるいくつかの遺伝子を見出し、それらを確認のうえ、精巣のステロイド合成細胞レベルまで追跡しました。その 結果、我々は、今まで誰も知らなかった遺伝子がデキサメタゾンによって影響を受けることを解明しました。これらの遺伝子の一部がステロイド合成に関係して いるように思われます」と述べている。

 同博士によると、この研究でマイクロアレイ技術を使用する前は、遺伝子産物が精子中に存在することは誰も知らなかった。

 同博士は、「これは、非常に新しい発見です。我々は、精子がDNAだけを保有し、RNA(リボ核酸)は持っていないと考えていましたが、精子は多くのさ まざまなRNAを保有しています。したがって、マイクロアレイ技術を発展させれば、すべての品種において受胎能力に問題がある種牡馬にこの技術を応用する ことができます」と述べている。

 イング博士の研究のもう1つの側面は、ストレスが受胎能力に及ぼす影響に重点を置いている。

 イング博士は、「ストレスは、天然糖質コルチコイド(副腎皮質から分泌されるステロイドホルモンの総称)を生成します。デキサメタゾンは、体の中で非常 に長く生きる合成糖質コルチコイドです。普通、動物はストレスに反応して副腎からコルチゾール(コルチコステロイドの一種)を産出します。我々は、ストレ スが牡馬と牝馬両方の繁殖能力を損なうことを知っています」と述べている。

 レキシントンでジョン・G・シクラ(John G. Sikura)氏が経営するヒルンデールファーム(Hill ‘n’ Dale Farms)の臨床研修獣医師になるために2005年にTAMUを去ったブランチャード獣医学博士は、研究を続けるため大学に戻ってきた。

 同獣医学博士は最近、サラブレッド種牡馬の受胎能力に影響を与える要素を解明する3年にわたる研究を終えた。

 同獣医学博士は、「私は、受胎能力のうちどれくらいが種牡馬に起因するか、またどれくらいが繁殖牝馬と管理要素に起因するかに主な関心がありました。実 際の受胎能力のうち種牡馬に起因するのは、わずか3分の1です。このことは、繁殖牝馬とその管理がいかに重要であるかを物語っています」と述べている。

 ディスマウント・サンプル(交配後の残渣精液)を調べた際、ブランチャード獣医学博士は、ディスマウント・サンプルに含まれる因子と受胎能力の間に強い相関関係があることを発見した。同獣医学博士は、重要な発見のいくつかについて次のように述べている。

 「精子の運動性が優れていればいるほど、受胎能力はそれだけ高くなります。一方、炎症細胞の数が多ければ妊娠の可能性は低下します。炎症細胞が存在する のは、おそらく繁殖牝馬に問題があるためです。このような繁殖牝馬は、生殖器感染症にかかっている可能性が高く、それに由来する炎症細胞の一部がディスマ ウント・サンプルに入るのだと考えられます。その理由は、これらの種牡馬の細胞組織はいずれも培養で細菌陽性にならなかったこと、どの種牡馬も精子に炎症 細胞を持っていなかったこと、炎症細胞はディスマウント・サンプルだけにあったことにあります」。

 ブランチャード獣医学博士はまた、未経産馬を除く発情中の繁殖牝馬が種牡馬に種付けされる際に精神安定薬が投与されたときは、受胎率が低かったことを発 見した。同獣医学博士は、このことは繁殖牝馬が“おそらく受精できる態勢になかった”のであり、精神安定薬と関係がないことを示していると述べている。精 神安定薬を投与された未経産馬は、受胎率の低下を示さなかった。

 同獣医学博士は、2010年7月26日から30日までレキシントンで開催される第10回国際馬繁殖シンポジウム(the 10th International Symposium on Equine Reproduction)の検討のために、研究結果の概要を提出した。馬繁殖の分野における著名な科学者が出席するこのシンポジウムは、異なる国で4年 ごとに開催される。プレゼンテーションは、多くの応用研究と基礎研究を取り上げる。このシンポジウムは、臨床的に最も関係のあるテーマを扱う地元獣医師の ための特別セッションを組んでおり、質疑応答のためにプレゼンターと直接会うこともできる。

By Denise Steffanus


[Thoroughbred Times 2009年12月19日「Research in reproduction」]