海外競馬ニュース 2023年06月15日 - No.22 - 1
アルカンジェロがベルモントSを制し、女性調教師が三冠競走を初制覇(アメリカ)[その他]

 ベルモントS(G1)と三冠競走は、6月10日(土)という日を155年間待ち望んでいた。

 カナダからの息を詰まらせるような煙でニューヨーク州エルモント上空が黄色やオレンジに染まった不気味な週の終わりに、ベルモントパーク競馬場はジェンナ・アントヌッチ調教師が放った明るい日差しに照らされていた。

 ベルモントSで、ブルーローズファームのアルカンジェロ(父アロゲート)がハビエル・カステリャーノ騎手を背に最後の直線を力強く疾走してフォルテに1½馬身差をつけて勝利を収めたとき、それは米国三冠競走の歴史において類を見ない瞬間となった。アルカンジェロはアントヌッチ調教師を、米国クラシック競走を制した初の女性調教師にしたのだ。

 アントヌッチ調教師は感激のあまりにかすれた声で「"野球では誰も涙を見せない"と言いますが(訳注:映画『プリティ・リーグ』の監督のセリフ)、競馬についてはそんなことは言わないでしょう」と話し、目に涙を浮かべた。

 その感動はまさにアルカンジェロの才能と同じように本物だった。キャリア5戦目で初めてのG1競走だったベルモントSで勝利を挙げたアルカンジェロは、アントヌッチ調教師のために競馬史に永遠に残る座を手に入れた。彼女の今シーズンの成績は6月10日(土)までで48戦7勝であり、G3を2勝しかしていなかった。そこでアルカンジェロが米国で最も権威あるレースのひとつで記念すべき勝利を収めたのだ。

 子どもの頃から乗馬をし、馬の獣医師の助手を務め、2010年に調教師になったアントヌッチ調教師はこう語った。「逆境を乗り越えてきたのです。成長してキャリアを歩む中で苦難に耐え、この座を手に入れるために闘ってきました。自分の真価を証明しなければならないと感じても、馬にはそれが分からないのです。彼らはこちらの事情など気にしません。でも、あなたやチームがどういう人間か分かっていて、信じてほしいと思っていることに気づいているのです」。

 三冠競走は5年連続で一冠一冠異なる馬が優勝したことになる。そのおかげで、カステリャーノ騎手は自らの三冠達成を果たすことができた。アルカンジェロ(ケンタッキー州産)は、馬主や調教師と同様に比較的時間をかけずに競馬シーンに登場した。ガルフストリームパークで挑んだデビュー戦と2戦目で敗れ、3月18日に3戦目となるレースを制し未勝利を突破。次に、"チャンピオンになるための試練(the Test of the Champion)"として知られるベルモントS(約2400m)の足掛かりとなるプレップレース、ピーターパンS(G3 5月13日)で勝利を挙げて脚光を浴びた。そして三冠最終戦で、競馬界の最も豪勢なテーブルにも弱小厩舎のための席があることを証明してみせた。こうした厩舎こそがこのスポーツが生き残るためには不可欠なのだ。

 ブルーローズファームを運営するジョン・エバート氏はついに、荘厳な三冠馬オーナーの長いリストに名を連ねた。ただベルモントSでの偉業の前には、馬主として39戦3勝の成績しか挙げていなかった。しかしアントヌッチ調教師とその小さな厩舎に信頼を寄せ続け、未勝利戦とピーターパンSを制したアルカンジェロを買いたいというオファーがあったが断ったほどだ。

 アントヌッチ調教師はエバート氏のほうを指差しながらこう語った。「非常に感謝しているのです。星のめぐり合わせですね。ちょっとおかしな人が女性調教師に馬を与えてくれたのです。彼の功績は大きいですね。というのも、彼の電話は鳴りっぱなしで、馬を移動させたらとか、馬を買うよとか、男性の調教師にあずけたらとかいう話になるのです。別に彼らのことを悪く言うつもりはありません。みんな大好きです。本当に良くしてくれます。彼らのところに行ってそう言うことができます。でも、エバートさんは女性調教師にチャンスを与えてくれたのです」。

 エバート氏の調教師とこの馬への多大な信頼は、第155回ベルモントSで見事に報われた。混迷する3歳馬の勢力図に新たなスターを送りこんだのだ。アルカンジェロはドン・アルベルト・コーポレーションにより生産され、ゲインズウェイ牧場によりキーンランド9月1歳セールに上場され、わずか3万5,000ドル(約490万円)で購買された。

 アントヌッチ調教師は10年来のアシスタントであるフィオナ・グッドウィン氏と、ビジネスパートナーのケイティ・ミランダ氏を称賛した。エバート氏はそれに賛同してこう語った。「ジェンナは素晴らしい人であり、最高のチームを率いています。すべての馬主にベストを尽くしてくれます。より大きな厩舎でより大物の調教師が同じようにしているとは思えません。そのような厩舎に行ったことがありますが、ジェンナの場合、すべてのオーナーが友人であり、彼女はその全員に最高の敬意と感謝をもって接していますね。これ以上言うことはありません。彼女は素晴らしくて、それだから私たちはここにいるのです」。

 「人々は多くの資金を提供してくれます。私たちはアルカンジェロを信頼していました。彼も特別な存在ですが、ジェンナは素晴らしい方法で協力してくれるので、信頼して馬を預け続けたくなるのです。それにその馬で勝つという賭けに出る勇気を与えてくれます」。

 関係者への影響もさることながら、この画期的な勝利は競馬に携わる女性たちやこの業界でのキャリアを検討している女性たちへの後押しとなることも期待される。

 アントヌッチ調教師はこう語った。「女性たちが望むのであれば目を開くことができます。競馬はハードなスポーツで、男性たちにとってもそうです。身を粉にして働かないといけません。たしかに、女性にとっては少し難しいのですが、もっと深く掘り下げて努力するしかありません。ベルモントSで優勝することは、やりたいことのトップにはありませんでしたが、ちゃんと取り組んでいると、良いことが起こるものです。自分からチャンスを作り続けなければならないのです。運はめぐってくるものではありません。運を味方につけてチャンスを作らなければなりません。そのために懸命に努力して、結果がついてきたのです」。

 カステリャーノ騎手にとってもハードワークは実を結んだ。ベネズエラ出身で殿堂入りを果たした彼は、1997年から米国でキャリアを積みはじめ、プリークネスSを2勝したが、ほかの三冠競走は今年まで勝てずにいた。そしてこの5週間のあいだに、(エクリプス賞を4回受賞している)カステリャーノ騎手はケンタッキーダービー(G1)をメイジで制し、今回のベルモントSをアルカンジェロで優勝し、三冠競走のパズルを完成させたのだ。

 「夢のような話ですね。同じ年に三冠競走を2勝するなんてすごいことです。すべてがとても順調でした。とても特別なことです」とカステリャーノ騎手は語った。

 彼のアルカンジェロへの騎乗ぶりは見事なものだった。中団で内ラチ沿いを走りながら好機をうかがっていた。そして残り400mを切ったあたりから内を突いて先頭に踊り出て、1½マイル(約2400m)のこのレースのゴール板を2分29秒23で駆け抜けた。9頭立てのこのレースに5番人気で臨んだアルカンジェロの払戻金は2ドル(約280円)につき17ドル80セント(約2,492円)だった。

 カステリャーノ騎手は「彼には感心しましたね。ずっと私の指示に応えてくれたのです」と述べた。

 ベルモントSもまた、2023年の最強3歳馬をめぐる議論の雲行きをさらに怪しくした。プリークネスSで3着だったメイジはベルモントSには出走せず、プリークネスSを制したボブ・バファート厩舎のナショナルトレジャーが序盤にペースを作っていたが勢いを無くして先頭から7馬身あまり後ろの6着に敗退した。

 たしかに、昨年の最優秀2歳牡馬フォルテの評判を落とすようなレースではなかった。1番人気に推されていたケンタッキーダービーで出走取消となったこともあり、4月1日以来の出走となったフォルテは、単勝3倍の1番人気を背負っていた。残り1ハロンでアルカンジェロから5½馬身離されての6番手を走っていたが、勇敢にもその差を4馬身縮めて、同じトッド・プレッチャー厩舎のタピットトライスを鼻差で破って2着を確保した。

 プレッチャー調教師はこう語った。「この2頭を誇りに思います。10週間の休養明けのフォルテに多くのことを要求しているのは分かっていました。イラッド・オルティスJr.騎手は、レースの中盤は好位置をキープできず少し後ろに下がってしまったと言っていましたね。一旦外側に出して進路が開けると、最後のほうはインパクトのある走りっぷりを見せていました。ただ、先頭でゴールするには間に合いませんでしたね」。

 オルティスJr.騎手は、過去5戦でゴール板を先頭で駆け抜けたフォルテの走りっぷりは"素晴らしかった"と言い、「もう少し外に進路を取るべきでした。勝馬は経済コースを通ったのだと思います。今日彼は最高の状態でした」と語った。

 タピットトライスは序盤8番手につけていたが、4着同着のヒットショーとエンジェルオブエンパイア(いずれもブラッド・コックス厩舎)を¾馬身引き離しての3着に入った。

 「タピットトライスは道中、私たちが望んでいたとおりに走ってくれました。外側に出て前が開くとあのように仕掛けて、着実に走り続けてくれました。2頭の頑張りに大満足です」と、プレッチャー調教師は語った。

 アントヌッチ調教師は、アルカンジェロの今後の進路についてはまだ考えていないと言う。この馬はモデリングの第5仔で唯一のステークス勝馬である。

 NYRA(ニューヨーク競馬協会)の発表によると、この日の入場者数は4万8,089人、すべての媒体を通じた発売金は1億1,828万3,455ドル(約165億5,968万円)で、これは三冠馬誕生のかかっていない年としては最高記録とされる。


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By Bob Ehalt

(1ドル=約140円)

[bloodhorse.com 2023年6月11日「Arcangelo Hands Antonucci, Castellano First Belmont」]