海外競馬ニュース 2009年07月02日 - No.26 - 3
競馬賭事の公正確保、この10年間ほとんど手付かず(アメリカ)[開催・運営]

 競馬産業を支える基礎的な勝馬投票システムは、10年前に「全く不完全である」と警鐘が鳴らされたにもかかわらず、最近の賭事の公正確保に関する2つの事件を見ると、改善はほとんどされていないようだ。

 2009年5月に、またしても2件の発走後投票事件(賭事客がレース開始後に馬券を購入する事件)が発生した。最初の事件は、5月16日にハリウッド パーク競馬場のロサンジェルスハンデキャップ(G3)を対象としたサイマルキャスト賭事で起きた。サイエンティフィックゲームズ社(Scientific Games)が33の場外馬券発売所に提供したサイマルキャスト賭事において、発走までに賭事受付が締め切られなかったのだ。このために、これらの場外馬 券発売所で販売された当該レースの馬券は全額[総額10万ドル(約1000万円)弱]が返還(元返し)となった。

 次の事件は、その4日後にペンナショナル競馬場で起きた。ユナイテッドトート社(United Tote)が運営するオレゴン州の主要な賭事事業拠点においてルーター[データの送信経路を決定する装置]が故障し、競走の発走後に賭事が受付けられた。 その結果、賭事客に15万ドル(約1500万円)以上が返還された。両事件ともに、適切に(つまり発走前に)馬券を購入した賭事客まで、賭事が取り消され た訳である。

 1999年のジョッキークラブ円卓会議において、世界有数の情報技術の提供会社IBMグローバルサービシーズ社(IBM Global Services: IBMGS)のマネージャーであったマーク・エリオット(Mark Elliott)氏は、同社がサラブレッド競馬をどのように支援できるかについて発表した。IBMGSは全米サラブレッド競馬協会(National Thoroughbred Racing Association: NTRA)から、競馬産業の賭事技術について調査・検討を委託されており、その結果から、エリオット氏は「改善の余地が大きく、しかもすべて改善が可能で ある」との見解を示した。

 IBMGSは、(1) 競馬産業に勝馬投票システムを1億〜2億ドル(約100億〜200億円)でローン販売する用意があり、(2) ローンの返済は、(イ)利益、(ロ)競馬産業が所有するトートシステムの売上げの一定割合、(ハ)コスト減・売上増があった場合の割増返済により行ってはどうかと提案した。

 それから1年も経たないうちに、エリオット氏は、「悪口は言いたくないのですが、競馬産業は業務改善技術の利用において、他の産業と比べてかなり遅れています」と述べたと伝えられている。

 NTRAの最高経営責任者ティム・スミス(Tim Smith)氏は2000年10月に、「確かにエリオット氏の見解は正しいです。しかし、NTRAとIBMGSは提携関係を構築できませんでした」と語っ た。スミス氏によれば、競馬産業はエリオット氏が勧告したようなブロードバンドネットワーク[訳注:大容量のデータを高速に流すことができるネットワーク のこと]を構築する資金を調達できず、競馬産業が一括管理・制御するトートシステムという構想は棚上げになった。理由はおそらく、NTRAメンバーの各々 がさまざまな賭事システムを所有・運営しており、NTRAがそのメンバーと競合する恐れがあるということだろう。

 その2年後の2002年に、ブリーダーズカップの6重勝馬券で、オートトート社(Autotote Corp.)の従業員が改竄(かいざん)した馬券が見つかった。競馬産業は呆けていたのだろうか。実のところ、6重勝賭事の賭けのデータが、賭事ハブ(中継所)から即時に開催競馬場に送信されるのではなく、6レースのうち第4レースが終了してから送信されることを知っている者はほとんどいなかった。要するに、即時に開催競馬場のコンピュータに取り込まれていたのは、開催競馬場で販売した馬券だけだった。受け付けた賭事のデータを、エリオット氏が提案したブロードバンド・システムで伝送する方式を導入せず、時代遅れの方式とっている限りトートシステムの伝送システムは破綻するだろう。

 6重勝馬券のスキャンダルのあと、NTRAは新たに賭事公正確保プロジェクト(Wagering Integrity Alliance)の一環として、競馬産業の賭事システムの見直しを、前ニューヨーク市長のルディ・ジュリアーニ(Rudy Giuliani)氏が代表を務めるコンサルティング会社のジュリアーニ・パートナーズ社(Giuliani Partners)に委託した。報道によると委託費は数百万ドルであった。ジュリアーニ氏は2003年ジョッキークラブ円卓会議で、全国勝馬投票公正監視 機関(National Office of Wagering Security)の設立およびパリミューチュエル賭事施設の統一基準の設定を提案した。

 常勤の賭事セキュリティー主任としてシャロン・オブライアン(Sharon O’Bryan)氏が雇用されたが、同氏はまもなく辞任し、その後イジドール・ソブコスキ(Isidore Sobkoski)氏が臨時セキュリティー主任および短期の賭事セキュリティー顧問となった。

 南カリフォルニアのベイメドウズ競馬場では、“クイックピック(コンピュータおまかせ馬券)”システムで販売した2008年ケンタッキーダービーの4連 単馬券に、勝馬ビッグブラウン(Big Brown)の馬番号20が含まれていなかったことが判明した。サイエンティフィックゲームズ社の広報担当者は、“コンピュータの誤作動”によりエラーが 発生したと説明した。

 IBMSGとジュリアーニ・パートナーズ社の報告書は、いまでも店晒(たなざらし)のままになっており、馬券購入者は相変わらず、大口も小口もみな同様に、オッズの土壇場の変動や発走後投票に不信感を募らせている。

 北米におけるサラブレッド競馬賭事の公正確保の方法については、現在も詳細な検討が続いているが、過去の実績からみて、この10年間にほとんど改善がなされていない。

By Dan Liebman
(1ドル=約100円)


[The Blood-Horse 2009年5月30日「What’s Going On Here―Better Betting」]