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2021年05月21日  - No.5 - 5

競馬産業は大きすぎて潰せないのか?(1)(アメリカ)【その他】


 スロットマシンも数十億ドルにものぼる公的支援も、競馬を救っていない。いったい何なら救えるのだろう?

 2020年2月にシャロン・ウォード氏(63歳)は、元上司であるペンシルベニア州のトム・ウルフ知事(民主党)が2020年予算演説で優先する支出について説明するのに、熱心に耳を傾けていた。途中、ウォード氏は思わず身を乗り出した。ウルフ知事が"史上最高の"2億ドル(約220億円)をペンシルベニアの州立大学で学ぶ2万5千人の学生の授業料に投資すると提案したからだ。知事は「現在競馬振興資金に投入されている税金の用途を変更することで、それは賄えるでしょう」と続けた。

 競馬が1つの州でこれほど多額の公的支援を受けているという事実は、競馬界外部にいる多くの人々にとって初耳だった。しかし、2015年にウルフ知事のもとで予算局を率いていた政策専門家のウォード氏は違った。彼女は競馬産業の競馬振興資金の存在を知っており、「議会メンバーを含む多くの人々よりもよく分かっていたつもりです」と述べた。それでも今になって、彼女はその補助金の全貌とその使われ方について理解することになった。

 ウルフ知事の計画は、それでも競馬に年間4,000万ドル(約44億円)を残すというものだ。しかしそれは大幅な削減である。州がスロットマシンの競馬場での運営を合法化した2014年から、スロット収入の最大12%、約30億ドル(約3,300億円)が競馬振興資金に入り、そのほとんどがレースの賞金のために使われてきた。

 ウォード氏は、公立学校を擁護する団体、ペンシルベニア州教育有権者(Education Voters of Pennsylvania)の専務理事であるスーザン・スピッカ氏により、競馬振興資金についての執筆を依頼された。元教師のスピッカ氏は、競走馬の福祉に充てられる資金を教育に移す運動を数年にわたって独立独歩で進めてきた。今こそより大勢の人々にその声を届ける機会であると考えたスピッカ氏は、ウォード氏ほど州財政の全貌を知る優れた人物はほかにいないと認識していた。しかし、彼女がすでに競馬場を熟知しているとは知るよしもなかった。

 「私は3人の子どもにレーシングフォーム(競走成績)の読み方を教えた、米国でも数少ない母親の1人だと思います」とウォード氏は言う。

 ウォード氏の母親はニューヨーク州クイーンズのアケダクト競馬場の近くで育ち、彼女の家の写真には競馬場も写っていた。ウォード氏自身もロングアイランドの北岸で育ち、高校時代には"典型的な生徒会の子"となった。そしてニューヨーク州立大学オルバニー校で学び、オルバニーの市議会事務局職員を経て、市議会議員となった。彼女は2期当選を果たし、夏には家族を連れて近くのサラトガ競馬場に行き、馬券の買い方を教えていた。この毎年恒例のレクリエーションはその地域の政治家としての仕事の一部だったが、彼女は大いに楽しんでいた。

 競馬ファンの1人として調査を開始した彼女は、ペンシルベニア州の競馬はおそらくこの豊富な年間補助金に値するものなのだろうと想定していた。しかし、入手できた州の監査報告書、長々とした競馬委員会の議事録、ほとんど気に留められることのない会計報告書など、ありとあらゆる資料を読み進めた結果、いかに自分が間違っていたかを悟った。

 ウォード氏はこう話してくれた。「突き詰めれば突き詰めるほど、ショックを受けました。この業界は完全に世間の目から隠されています。彼らには直接的な現金パイプラインがあり、そのことについて誰にも気づかれたくないのです」。

 これは競馬界外部ではめったに話されることのない事情であり、それも無理はない。競馬は、競馬場や馬券発売所で起こっていることとは無関係のカジノからの税金によって支えられている。競馬は年を追うごとに世間の関心を失っているが、少なくとも24州、すなわち競馬が施行される州の約4分の3が公的資金で競馬を直接補助している。公開されている情報や統計的な分析に基づけば、その総額は年間10億ドル(約1,100億円)近くにのぼるようだ。

 ニューヨーク州とペンシルベニア州だけで、その総額の半分の割合を占める。過去15年間にわたり、この2州はおよそ60億ドル(約6,600億円)を競馬に分配した。また両州は、競走馬の購買における売上税を免除することで(この免除は他の馬種には適用されない)、毎年数百万ドル単位の税金収入を失っている。

 米国各地で、競馬は多額の公的支援を受け取るようになっていて、それはまるで公共企業体のようだ。たとえばペンシルベニア州では群を抜いて最大の経済開発プログラムである競馬振興資金が、レースの賞金から生産者の支援、ホースマンの健康保険や年金、馬の薬物検査、そして競馬場の広告費にまで、競馬のほぼすべての側面に資金を提供している。

 ウォード氏が2020年5月に発表した報告書(31頁)はほとんど反響を呼ばなかった。しかし、競馬の存続のためにはなくてはならず、どんなことをしても手放したくない支援の全体像を初めて明らかにしたものと言えるだろう。競馬関係者や彼らを支援する政治家にとっては、そのとてつもない権利を正当化することが大きな関心事となっている。ある業界紙は昨年、ウルフ知事の提案を"競馬存続に関わる脅威"と呼んだ。しかし、ペンシルベニア州のホースマン協会のトップは、親しい州議員たちがこの提案を見送るだろうと予想しており、彼の言うとおりになった。ウルフ知事の"馬主を支援する代りに子どもたちに賭けよう"という計画は、共和党からも民主党からも支持を得られなかった。

 しかし新型コロナウイルスの感染拡大の影響で州の財政がぶっ壊れ、州議員たちが厳しい決断を迫られている今、この問題がなくなることはない。ウルフ知事は今年2月、2021年予算案に競馬への補助金の削減を再び盛り込んだ。そしてフィラデルフィア・インクワイアラー紙の社説は4月上旬、"競馬産業をみすぼらしい状況から脱却させること"を求めた。

 ウォード氏は「これはタイタニック号の巨大なパーティーのようなものです。ただしゲストは何が起こるかを知っています」と言う。公的資金に依存する競馬界にとって、ペンシルベニアは氷山の一角に過ぎないのかもしれない。

 米国競馬はほとんどの時代において自立していた。そのビジネスモデルは単純なものだった。つまりレースの発売総額によって馬券種類の需要を測るというものだ。米国で採用されているパリミューチュエル方式の賭事では、オッズはそれぞれの馬券(win・place・showなど)の各プールの発売総額によって設定され、発売総額の約80%は的中馬券への払戻金として還元される。残りの約20%はレースの賞金やその他の運営費、そして州への税金として使われる、もしくは使われていた。

 その後、競馬場にスロットマシンやテーブルゲーム、あるいはそれらを模した端末であるビデオロッタリーターミナル(VLT)を設置した"レーシノ(racino レース+カジノ)"が登場した。1995年にプレーリーメドウズ競馬場(アイオワ州)に初のレーシノがオープンした。それ以来、米国各地のホースマンたちは州政府に支援を求めることを"州間競争からの緊急防衛策"と表現している。

 レーシノに課される税金はどの州も同じような方法で分配されている。おばあちゃんがスロットで遊んで負けたお金のうち、約半分が州に入る。その一部が、固定資産税の軽減、教育、地方郡や自治体への支払い、そして競馬に使われる。そのほとんどはレースの賞金となり、馬主に支払われる。

 (レースでは通常1着~5着馬に賞金が支払われ、馬が獲得した賞金の80%を馬主が受け取り、残りを調教師と騎手が分け合う。また、馬主は調教師に1頭あたりの日当を支払い、州によっては騎手がレースごとに騎乗手当を受け取ることもある)。

 また、競馬界への支援のために徹底的な補助金給付が必要な場合もある。たとえば、ニュージャージー州のホースマンたちは近隣の州から絶えず圧力をかけられているため、州内の競馬場にスロットを設置しようと何度も試みたが、アトランティックシティにあるカジノ施設により妨害されてきた。過去にこれらのカジノ施設はレースの賞金を随時補填することに同意していたが、現在その役割を担っているのは納税者である。2019年に、フィル・マーフィー知事(民主党)は競馬産業に5年間で最大1億ドル(約110億円)を提供する法案を承認し、その大半はレースの賞金に充てられるためのものだった。同じ年、テキサス州のグレッグ・アボット知事(共和党)は、馬関連商品(馬用飼料・馬具など)の売上税の最大2,500万ドル(約27億5,000万円)を競馬産業に投入し、そのうち1,700万ドル(約18億7,000万円)を賞金に充てる法案に署名した。

 初期のレーシノは、レースをライブで観戦する人々を競馬場に呼び戻し、競馬とカジノから税収を生み出すための手段として、州議員に売り込まれた。スロットをやっていれば馬券も購入するかもしれないという発想からだ。競馬場の入場者数はすでに減少していた。また州が徴収するパリミューチュエル賭事税は依然として、消滅しつつあるライブレーシングのモデルに基づいている。競馬場のオーナーは政治的な影響力を持っていたため、既存の施設をゲーミングの全米規模の拡大に結びつけることができた。

 25年前にトライバルカジノ(先住民が運営するカジノ)やラスベガス、アトランティックシティ以外でギャンブルできる場所を見つけるのは今よりもずっと難しく、競馬場にスロット設置を試みることは理にかなっていた。いくつかのサラブレッド競馬団体のために働く独立したデータアナリスト、クリス・ロッシ氏(42歳)は「多くの州では、スロットを最初に設置した場所は競馬場となりました。それがカジノ関係者の最初の参入方法でした」と語った。

 州と競馬場にとって、スロットは"的中馬券"のように思われた。そして多額の資金が賞金として確保されたので、とりわけホースマンにとってそうだった。理屈としては、賞金が高ければ高いほど多くの馬主を引き付け、出走頭数が増え、良質馬も集まり、より魅力的な賭事が提供できるようになるというものだ。発売総額が増加すれば、競馬は再び自立できるだろう。しかし、現実はそうならなかった。

 かつてニューヨーク州政府の弁護士だったベネット・リーブマン氏は、同州の競馬に詳しく、数年前に 「ビデオロッタリーターミナル(VLT)の収入が競馬を存続させていますが、競馬というスポーツの心臓はかろうじて鼓動しているにすぎません」と書いていた。

 しかし希望は尽きない。毎年2ヵ月分のレースしか施行されないネブラスカ州のサーキット(ある地域内において開催日が重ならないよう日程を合議して決めた競馬場の一群)が、レーシノ建設を進める直近の例となっている。あるカジノ開発業者が、より高額な賞金で新たな馬主や生産者を引きつけると主張しているのだ。州議員たち(そして有権者たち)は、この同じような飽き飽きとする議論を信じてきたが、実際のところ何十年経ってもそれはまだ成功していない。

 現在、競馬の財政状況は公的支援がなければ厳しいものである。何十年にもわたって結びついていた発売総額と賞金は、2005年にスロットからの補助金が競馬産業に押し寄せたことで乖離し始めた。米国ジョッキークラブによると、その年のサラブレッド競走数は5万2,257レースで、賞金総額は11億ドル(約1,210億円)近くに達していた。2019年には、競走数は30%減少し、発売総額は25%近く減少したが、賞金総額は実際のところ11億7,000万ドル(約1,287億円)近くまで増加していた。

 真実は、数十億ドルも使っているにもかかわらず、米国競馬は州の援助に対して大した成果を上げていない。ロッシ氏はその報いが来ていると感じており、「一般の人々が競馬を支持する度合いと補助金のレベルが一致していないのです」と言う。競走数・生産頭数・馬主数、そしてスタンドの観客数も減っている。今や数十もの競馬場がその存続のために、もっぱら州の補助金に頼っているのだ。

By Ryan Goldberg

(1ドル=約110円)

 (関連記事)海外競馬ニュース 2020年No.6「ペンシルベニア州知事、競馬・生産への補助金打切りを提案(アメリカ)

[Defector 2021年4月8日「Is Horse Racing Still Too Big To Fail?」]

「競馬産業は大きすぎて潰せないのか?(アメリカ)」は3回に分けて掲載します。(2)は6号、(3)は7号に掲載予定です。


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