TOPページ > 海外競馬情報 > 競馬産業は大きすぎて潰せないのか?(2)(アメリカ)【その他】
海外競馬情報
2021年06月22日  - No.6 - 3

競馬産業は大きすぎて潰せないのか?(2)(アメリカ)【その他】


 信じられないかもしれないが、競馬に投入された公的資金が一般の人々の関心や持続可能性のために使われていることを、競馬場は示すように要求されてこなかった(最近のニュージャージー州の例外を除く)。カジノ収入から得られる取り分は概して固定されているので、重要なのはスロットマシンがどれほど好調かであり、昔から重視されてきた馬券の発売総額ではない。当然のことながら、このような状況では競馬場は顧客層を拡大するモチベーションが上がらない。発売総額に関してはサラブレッド競走の10分の1の規模である繋駕競走では、多くの競馬場が賭金を上回る賞金を出していてゾンビのような状態に陥っており、いくつかのサラブレッド競馬場も急速にこの状態に近づいている。

 生真面目なニュージャージー州出身者のクリス・ロッシ氏は、この10年間データを毎日見てきて、毎年財政が悪化しているさまざまなサーキットの崩壊を補助金は覆い隠しているだけだと考えており、「賞金額は競馬界にとって何の助けにもなっていません」と言う。

 競合する近隣の州に対して優位に立つためにレーシノの初期の波はやって来たと、ロッシ氏は指摘する。「"賞金を上げて出走馬を引きつけることで、より大きなサーキットに対抗できる"というのが売りだったのです。しかしその後、より大きなサーキットの側もスロットから補助金を得るようになったのです」。

 それから四半世紀が過ぎた今、フロリダ・ケンタッキー・ニューヨーク・カリフォルニアといった、そもそも支援を必要としなかった州を除いて、ロッシ氏はいたるところで衰退を目の当たりにしている。「これらの州以外はすべて、ひどい状態です。でも、どの程度ひどいかが問題なのです」。

 ロッシ氏は競馬場の健全性を、その競馬場がレースの発売金だけで自立できる能力を示す「賞金の発売総額に対する比率」で測る。その比率が4~5%であれば自立できる範囲としている。サラブレッド競走の場合、2019年にその割合は10.19%となり、これは"賞金がどれだけ補助金で賄われているか"を示している。

 2020年には競走数が8,500レース減ったことで発売総額は微減だったが、競馬場は新型コロナウイルス感染拡大の間、カジノの収入を当てにできなかったために、賞金額は約25%にあたる約3億ドル(約330億円)も減少した。

 ウイルス感染拡大の初めの数ヵ月で、競馬場によってロッシ氏の言うところの"崩壊のスペクトラム"のどこに位置するかが異なることがよく分かった。一度も閉場しなかった競馬場もあれば、数ヵ月間閉場した後に無観客でライブの競馬を再開した競馬場もあった。またニューメキシコ州の競馬場のように存続のためにほとんどスロットマシンだけに依存していたため、競馬開催を完全に再開することが難しくなった競馬場もあった。

 ニューメキシコ州競馬委員会(NMRC)のイジー・トレホ専務理事は2020年4月、サンタフェ・ニューメキシカン紙にこう語った。「競馬を再開できても、もしカジノが再開しないとなると、かなり困難な状況に陥るでしょう。婚姻関係は維持されなければなりません。離婚は競馬界にとって致命的なものになります。なぜなら、競馬はカジノと関係のないパリミューチュエル賭事の発売総額に頼るだけでは、多額の賞金を支出するだけの資金を生み出せないからです」。

 主にクォーターホース競走で有名なニューメキシコ州は、州内の競馬場でのスロット運営をいち早く許可し、手厚い補助金も設定した。それは、5つのレーシノの純利益の20%をレースの賞金に充てるというものである。1999年以来、9億ドル(約990億円)近くがホースマンの賞金口座に入金されているが、トレホ専務理事があからさまに表明したように、競馬産業は自力で持続できないのである。

 2019年のニューメキシコ州の競馬場における「賞金の発売総額に対する比率」は52%だった。ロッシ氏は「彼らは崩壊の先駆者です」と述べる。

 ロッシ氏は、競走数も競馬産業の健全性を示すものとして注目している。競走馬の頭数は限られており、サラブレッドの生産頭数は15年前のほぼ半分になっている。2019年は記録的な高額賞金にもかかわらず、ニューメキシコ州の競走数は2,489レースで、10年前に比べて20%少なくなっている。また昨年の競走数は1,520レースだった。

 「これほど多数のレースをいったん手放し始めると、元には戻れません。このような流れを変えられるような補助金などありません。州政府はある時点で、"いったい全体何が起こっているのか?"と問うことになるでしょう」。

 米国では補助金は手段ではなく目的となっている。場内馬券売上げが減少しているために、管理コストに見合うだけの収入を競馬場から得ている州はほとんどない。たとえばニューメキシコ州では、競馬は入場料100万ドル(約1億1,000万円)と少額のパリミューチュエル賭事税の収入しかもたらさず、これはニューメキシコ州競馬委員会(NMRC)の予算の3分の1にしか相当しない。つまり、一般の人々が規制のための費用を負担しているのだ。

 初めてのレーシノを設置したアイオワ州では、競馬はただ乗り同然である。アイオワ州には1つの競馬場といくつかのカウンティフェア(年に一度行われる農産物・家畜の品評会を中心とする郡の祭)、そしておそらくあと1年しか存続しないグレイハウンドレースがあり、毎年最大2500万ドル(約27億5,000万円)の資金が競馬産業に提供される。その唯一の競馬場であるプレーリーメドウズは、サラブレッドとクォーターホースの競走を施行する。1989年に郡が4,000万ドル(約44億円)の債券を発行して支援しオープンしたこの競馬場には、7,100人以上の大入り満員の観客が集まった。だが、その2年後には連邦破産法第11条(民事再生法)が適用されることになった。アイオワ州議会が1票差でプレーリーメドウズでのスロットマシン運営を承認した後、同競馬場は1995年に再開した。レーシノの誕生である。

 それから25年のあいだ、プレーリーメドウズのカジノは賞金への補助金として4億5,000万ドル(約495億円)を提供している。競走馬の生産者もカジノから生産者賞として5,000万ドル(約55億円)以上を受け取っているので、アイオワの競馬界は少なくとも5億ドル(約550億円)の恩恵を受けてきた。アイオワ州競馬・ゲーミング委員会(IRGC)が記録を残していないため、筆者はIRGCの会合の議事録や年間報告をもとに自らまとめなければならなかった。

 そんな状況にもかかわらず、小規模なアイオワ州の競馬産業はますます縮んでいる。プレーリーメドウズは2001年、サラブレッド競走を97日間で774レースを施行し、1レースあたりの平均出走頭数は8.7頭だった。2019年には、67日間で591レースを施行し、平均出走頭数は6.6頭だった。そして生産部門は実質的に存在しない。2020年には、アイオワ州の種牡馬9頭が66頭の繁殖牝馬に種付けしたが、これは2000年から約92%減少している。またアイオワ州産の仔馬は82頭しか生まれず、2000年から84%減少したことになる。

 それでもプレーリーメドウズの賞金額は、州内で最も収益性の高いカジノのおかげで毎年ほとんど変わらない。そして今後も増加することが予測されている。2019年にアイオワ州でスポーツベッティングが合法化され、競馬はその収入の4%を受け取る予定だ。しかし2019年に州に130万ドル(約1億4,300万円)を納税したスポーツベッティングとは違い、競馬はまったく納税していない。

 1989年に制定された州法の下、プレーリーメドウズはパリミューチュエル賭事の発売総額が年間9,000万ドル(約99億円)を下回った場合、税額控除を受けられる。2019年の発売総額は7,000万ドル(約77億円)だったので、そのパリミューチュエル賭事税は完全に帳消しとなった。筆者がIRGCの理事に対してプレーリーメドウズがこの税を支払ったことがあるかどうかを尋ねたところ、「彼らがその閾に達したことは一度もありません」という答えが戻ってきた。

 ニューヨーク州の憲法では、"州は政府を支援するために、競馬のパリミューチュエル賭事から妥当な収入を得るものとする"と定められている。しかしこの15年間においては、"ニューヨーク州の競馬界は州政府から妥当な収入を得ている"と言ったほうが正確だ。ニューヨーク州のゲーミングに関する最近の調査によると、現在では25億ドル(約2,750億円)近くにのぼる毎年の直接的な補助金がなければ、"市場原理を考えれば"8~9競馬場が閉場となる可能性が高い。ニューヨーク州ゲーミング委員会(NYSGC)は近年、8繋駕競馬場の入場者数を年次報告書に記載するのをやめた。年間1億ドル(約110億円)の補助金は、平均して賞金額の83~84%を占めているが、レースを観戦しに行く人はあまりにも少なく、ある役員は競馬場施設をテレビスタジオに例えた。

 サラトガやベルモントパークなどの名高い競馬場や、人気のないアケダクト競馬場でさえもおそらくは閉場しない競馬場と言えるだろう。これらはNYRA(ニューヨーク競馬協会)により運営されているが、この10年間は世界最大のスロットマシン施設により支援されている。しかし、NYRAが今も存続しているのは、競馬史上前例のない救済措置が取られたからであり、その状況はたえず悪化しているようだ。

 NYRAは2006年11月、累積営業赤字1億3,500万ドル(約148億5,000万円)以上と州への負債5,400万ドル(約59億4,000万円)を抱えて破産を申請した。2年後、州はNYRAに25年間の新たな営業権を与えた。また、負債の大半を帳消しにしたうえに、民間負債およそ8,000万ドル(約88億円)を返済するためにさらに1億500万ドル(約115億5,000万円)を与え、NYRAを破産から救った。NYRAは3競馬場の所有権を州に引き渡したが、州は固定資産税を支払うことに同意し、NYRAに賃貸料を請求することは辞退した。

 何よりも重要なことだが、クイーンズのアケダクト競馬場へのカジノ設置がすでに準備中で、その3年目以降に賞金と生産者支援、資本運営、経費のためにカジノの収入の16.5%をNYRAが受け取る契約が結ばれていた。この契約は、カジノの業績にかかわらず固定されていた。一方、州はカジノがオープンするまでの間、NYRAの運営費を支援することに合意した。

 元ニューヨーク市第一副会計検査官のスティーブ・ニューマン氏は、10年にわたりNYRAの監督委員会の一員を務め、年次総会ではNYRAにとって目の上のたんこぶだった。彼はこの話を聞いたときは条件が良すぎる協定だと思ったと述べ、「誰もが競馬が成功するのを望んでいましたが、州政府が補助金を出すのではなく、自力で成功してほしいと思っていました」と語った。

 2011年秋にアケダクトにオープンしたニューヨーク市唯一のカジノ、リゾーツワールドカジノが、その運営会社ゲンティン社(本社:マレーシア)が言うように、世界で最も収益性の高いスロットマシン施設となったのは驚くべきことではないかもしれない。2019年に、そこにあるスロットは9億ドル(約990億円)近い純利益をもたらし、ニューヨークの競馬にはスロットにより新たな活気が吹き込まれた。

 NYRAの監視委員会は、ビデオロッタリーターミナル(VLT)の補助金に頼らずに長期的に収益性を上げるためのロードマップを作成する必要性を強調した。しかし、破産契約の性質上、それを納得させることは難しかったとニューマン氏は述べた。彼の知る限りでは、NYRAの財源がカジノからの資金で急速に満たされ始めたにもかかわらず、NYRAはまだ計画を立てていない。

 ニューヨーク州の財政監視機関のトップであるトーマス・ディナポリ会計監査官も、自立の必要性を強調している。ディナポリ氏は2016年、NYRAの役員たちが黒字と報告していたにもかかわらず営業損失が過去5年間に1億900万ドル(約119億9,000万円)に達していたことを示す監査報告書を発表した。彼らはどのように情報操作したのか?それは損益計算においてVLTの補助金を含め、一定の通常必要経費(年金拠出金や健康保険料など)を除外することによって行われていたと、ディナポリ氏は述べた(NYRAはこの件を不穏当であると否定している)。そして、「NYRAは多額のVLTの補助金がなければ、今頃財政的にひっ迫していた可能性が高いです」と主張した。

 それよりも、ニューヨークのサラブレッド競馬はリゾーツワールドがオープンして以降約10億ドル(約1,100億円)もの資金を提供されているのに、NYRAは州への営業権料の支払いを何とか免れられるようにしているのではないかと、ニューマン氏は疑っている (筆者も州がNYRAの3競馬場のために支払う固定資産税額を州税務当局に求めたが、公文書の請求が間に合わなかった)。

 リゾーツワールドは2019年、NYRAに約1億1,000万ドル(約121億円)を提供し、場外馬券発売会社と契約を結んで追加設置したVLTの収入から2,200万ドル(約24億2,000万円)を提供した。NYRAが出す賞金の約38%はこの資金から来ている。それでもその割合が80%を優に上回る他の中部大西洋岸の競馬場に比べると少ない。NYRAはカジノのおかげで潤っているので、州外からの出走馬に輸送費やボーナスを提供しており、最近では今度のベルモントパーク開催で過去最高の賞金を提供することを発表した。いつものことだが、そんな効果はないという証拠がどっさりとあるにもかかわらず、補助金は出走頭数を増やし、発売金をいっそう増加させる方法として説明されている。

By Ryan Goldberg

(1ドル=約110円)

 (関連記事)海外競馬情報 2021年No.5「競馬産業は大きすぎて潰せないのか?(1)(アメリカ)」、No.7「競馬産業は大きすぎて潰せないのか?(3)(アメリカ)

[Defector 2021年4月8日「Is Horse Racing Still Too Big To Fail?」]


上に戻る