ラウネーン騎手、20歳でリーディングジョッキーに輝く(イギリス)【開催・運営】
ビリー・ラウネーン騎手は10月17日(土)に歴史に名を刻むことになる。20歳229日で平地競走のチャンピオン騎手に輝き、過去102年間で最年少での達成となる。
競馬の世界に生まれ育ち、12歳から本格的にサラブレッドに乗り始めたラウネーン騎手は、2023年に最優秀見習騎手のタイトルを獲得して以来、大きな期待を一身に背負ってきた。
本紙は、ラウネーン騎手の目覚ましい躍進を間近で見てきた人々に取材し、若き逸材がいかにして競馬界の主役へと成長したのか、その舞台裏に迫った。
「彼はひときわ目を引く少年だった。そして馬に乗ると...」
父で調教師のマーク・ラウネーン氏とともに、土曜日はウルヴァーハンプトン競馬場で過ごしていた当時16歳のラウネーン騎手は2022年10月、ニューキャッスル競馬場で初めてレースに騎乗した。それはポニーレースの決勝に出場してから、わずか2日後のことだった。
クラシック競走の勝利経験を持つジョージ・バウヒー調教師が振り返るように、ラウネーン騎手が騎手として成功するための基礎の多くが、初めて出会った時点ですでに備わっていた。
「競馬場で顔を合わせるうちに、ビリーの父親とは知り合いになっていました。あるセリ会場で彼が私のところに来て、『息子がレースで騎乗するんですよ』と言ったんです」とバウヒー調教師は語る。「私は『ああ、始まったよ』と思いました。翌朝に会おうと伝えると、母親のクレアが彼を車で連れてきてくれました」
「すぐにわかるものがありました。彼は―決して過信しているわけではなく―とても自信に満ちていて、魅力的な16歳の少年でした。その時点ですでに勝利を挙げていたかどうかは覚えていませんが、最初からひときわ目を引く存在でした。そして実際に馬に乗ると、その印象はさらに強まりました」。
ラウネーン騎手はその後、すぐに勝ち星を重ねていった。しかし、それは彼にとってはもどかしいことに、ニューマーケットのバウヒー厩舎の管理馬ではなかなか勝利を挙げられなかった。
バウヒー調教師はこう付け加える。「今後は週に2回会って、様子を見ながら進めていこうと彼に伝えました。すると、彼は次々と勝ち星を挙げ始めました。ところが、私の厩舎で初勝利を挙げるまでには、32回も騎乗する必要がありました!」
「ビリー・ザ・キッド」がゴドルフィンの目に留まる
2023年1月27日、ラウネーン騎手はチャーリー・アップルビー調教師が管理するサファイアシーズに騎乗し、ゴドルフィンの青一色の勝負服をまとってウルヴァーハンプトン競馬場で勝利を挙げた。これにより、彼に騎乗依頼を希望する調教師の顔ぶれに、新たな有力調教師が加わった。
「冬の時期、ちょうど彼が7ポンドの減量がとれたころには、すでに『ビリー・ザ・キッド』という愛称が広まり始めていました」とアップルビー調教師は振り返る。「私の子どもたちが『ビリー・ザ・キッドに乗せてあげられない?』と言ってきたんです。これは本当の話です。それで彼を起用したところ、私たちのための初騎乗で勝利を挙げてくれました」
「もし私たちが早い段階から彼を起用し、すぐに勝ち馬に次々と乗せていたら、減量特典がなくなる時期はもっと早まっていたでしょう。彼が減量特典を使い切るまでの速さには驚かされましたが、私たちは自厩舎のより有力馬に乗せる前に、他の厩舎の馬でさらに経験を積んでほしかったのです」。
アップルビー調教師の予想通り、2023年9月8日―最優秀見習騎手に輝く5週間前―に、ラウネーン騎手はケンプトン競馬場で3ポンドの減量が適用された最後のレースを終えた。
「ケンプトン競馬場でランバートに騎乗して勝利を挙げた翌朝、私はビリーに『今後は私の管理馬すべてに乗ってほしい』と伝えました」とバウヒー調教師は語る。「彼のあの表情は一生忘れません。私にとっても大きな決断でしたが、その後の彼の活躍は言うまでもない」。
その後迎えた冬にはオールウェザー競走で圧倒的な好成績を残し、ラウネーン騎手はさらにステップアップを果たす。サンクルー競馬場のリステッド競走でシックコロンビーヌに騎乗し、6馬身差で勝利したのだ。自身初のステークス競走制覇と共に、フランスでの初騎乗でもあった。
2024年7月には、もう一つの大きな転機が訪れた。ラウネーン騎手は、ライアン・ムーア騎手、リチャード・ヒューズ騎手、ジム・クローリー騎手、ウィリアム・ビュイック騎手をチャンピオンジョッキーへと導いてきたエージェント、トニー・ハインド氏と契約を結んだ。
ハインド氏は8月、「彼のひたむきな姿勢ですよ。ムーア騎手が持っているものを、ビリーも全てもっています」と、本紙に語った。「ビリーは休みが1日あるだけで、退屈だからと私に電話をかけてきます。私はリラックスするように言うのですが、彼は『そんなことはできない。レースに乗りたい』と言うのです」。
「彼の成長は驚異的だった」
ラウネーン騎手は昨秋から週2回、ゴドルフィンの競走馬の調教に騎乗していた。アップルビー調教師は、彼が着実に力をつけていく様子を目の当たりにしていた。
「彼の成長は驚異的なものでした」とアップルビー調教師は語る。「ビリーはレベルスロマンスに騎乗して勝利を挙げました。それ以来、水曜日と土曜日には必ずここに来るのが当たり前になりました。彼はチームに欠かせない一員となり、真に実力のある騎手へと成長していく姿を目の当たりにしました」
「今年はボウエコーにも騎乗していますし、我々のチームに加わってからは、より多くの重賞出走馬に乗るようになりました。騎手として非常に速いペースで成熟していく様子がはっきりと見て取れました。私は、フェラーリを実際に運転したことがなければ、フェラーリがどのような走りをするのか分からない、という考えを強く信じています」。
アップルビー調教師は、ラウネーン騎手の性格が天性の騎乗技術を支える大きな強みになっていると考えており、次のように語る。「彼は人の話をよく聞きますし、余計なことはあまり語りません。特に若い年齢で成功を収めると、自分の成果に浮かれてしまう人もいます。しかし、彼の仕事に対する姿勢は、誰にも引けを取りません」。
「彼は、私が望む通りに馬を乗りこなす度胸があった」
バウヒー調教師とラウネーン騎手はWhatsApp(ワッツアップ)で絶えず連絡を取り合っている。調教師と騎手という関係は真の友情へと発展し、それがリーディング騎手の座を争うことに加え、2026年の英国競馬を代表するスター馬としてのボウエコーが頭角を現し地位を確立していく過程を共に見守る喜びをもたらした。
「英2000ギニー(G1)に向けて、2週間ほど毎日夕方にローリーマイルコースを歩き、レースでどう乗るかを細部まで詰めていきました」とバウヒー調教師は語る。
「彼を週に2、3回ボウエコーに騎乗させ、自信をつけさせていました。大一番でビリーがやり遂げる力を持っていることに、私は少しも疑いを抱いていませんでした」
「とはいえ、舞台は英2000ギニーで、オッズは5倍の有力馬。そんな大舞台で、私が望む通りに馬を乗りこなす度胸を持った20歳の若者がいたのです」
「英2000ギニーで勝利を収めた夕方のことは決して忘れません。厩舎の馬主用の部屋で、ちょっとした祝杯の席を設けました。大勢の人が集まっていましたが、私はビリーを外に連れ出し、思わず抱きしめたい気持ちになりました」。
英2000ギニーに向け6か月にわたって高まっていたプレッシャーは、セントジェームズパレスS(G1)、そしてサセックスS(G1)に向けて、さらに大きなものとなった。
「彼はどんどん学んでいきましたし、幸いにも驚くほど冷静だったので、毎回それをやり遂げることができました」とバウヒー調教師は語る。「彼はただ『これなら勝てる』と言うだけでした。一連の経験は本当に楽しいものでした」。
By Scott Burton
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