固定オッズ賭事に多くの関心が集まる(アメリカ)【その他】
現代で競馬が存在意義を維持するために重要な要素の一つは、他のスポーツと互角に競合できる賭事の対象としてマーケティングに成功することだろう。全米のスポーツ賭事の台頭は、一般の人々がスポーツ競技への賭事に積極的なことを示しており、競馬界はこの状況に適応する術を模索しているのだ。
競馬にさらに多くの賭け金を呼び込むための重要な施策の一つに固定オッズ賭事がある。固定オッズはスポーツ賭事において使用されている方式であり、競馬で導入されているパリミュチュエル方式と併存している。昨年固定オッズによるスポーツ賭事は、アメリカで約1,490億ドル(約21兆6,050億円)の売り上げがあった。より大きな全米規模で固定オッズ方式が競馬にも導入されれば、他のスポーツ賭事と同一のアプリやサイトで並んで発売されることになる。サラトガで行われた競馬およびゲーミングに関する会議(Racing and Gaming Conference)2日目の8月12日に「競馬はスポーツ賭事の波に乗れるのか?」と題したパネルディスカッションが行われた。グリーンバーグ・トラウリグ弁護士事務所のパートナー弁護士ラジャット・シャー氏が司会を務めた議論では、固定オッズ方式が議題の中心になった。
「競馬界としては、固定オッズ方式を新たなファン層獲得の機会ととらえなくてはなりません。昨年、1,490億ドルもの賭けをした人たちに競馬を宣伝し、他のスポーツと同じ方式で提供するのです」とSIS社(Sports Information Services)副社長のミシェル・フィッシャー氏は述べた。「(パリミュチュエル方式が)非常に分かりづらいと感じる人もいると思います。他のスポーツと同じ方式で提供する事を検討すべきです」。
議論が活発に行われた背景の一つに固定オッズ方式を巡る最近の動きがある。ウェストバージニア州で固定オッズ方式が合法化されたことに加えて、ルイジアナ州では同様の法案(下院法案第547号)が上下両院で可決され、現在はジェフ・ランドリー知事の署名を待つばかりとなっているのだ。シャー氏は4名のパネラーに対して、ルイジアナ競馬界の一部有力者たちが固定オッズ方式に反対していることに言及した。固定オッズ方式の導入によってもたらされる追加資金では、既存のシステムによる賭け金の減少を埋め合わせできない懸念があるからだ。既存のパリミュチュエル方式では競馬場への配分として発売金の一部を徴収している。
ルイジアナ州競馬委員会(Louisiana State Racing Commission)のステファン・ランドリー常任理事は、委員会としての見解ではなく一個人としての意見であると前置きしたうえで、このような反対意見に異を唱えた。「我々のモデルを基に考えれば、パリミュチュエル方式の賭け金が食いつぶされて、スポーツ賭事(のサイト)に流れるようなことにはならないと思います」と同氏は話した。「この改革に最善を尽くします。しかし、導入当初からすべてがうまくいかないかもしれないとも認識しています。競馬界にとって全体的にプラスであることを確認するために受け取ったデータを注意深くチェックしていきます」。
1/STレーシング社の最高収益責任者ジョー・ロンゴ氏は、固定オッズ方式導入のステップには、慎重かつ戦略的なアプローチが求められるとした。
同氏は「海外に目を向ければ、同様のケースは散見されます。コントロールが効いていなかった国では、パリミュチュエル方式が壊滅的な打撃を受けました」と述べた。「だからこそ、アメリカではコントロールすることが非常に重要なのです。我々にコントロールができているか、段階的な導入は可能か、どんなタイプの馬券を発売するのかを自問しなくてはなりません」。
フィッシャー氏は固定オッズ導入の成功例として、オーストラリアを挙げた。約10年前の法律や規則変更後に固定オッズ方式への関心が高まったことと賞金額が2012年の4億8,000万豪ドル(約460億8,000万円)から現在の8億5,500万豪ドル(約820億8,000万円)に増額されたことの間には関連性があるとみられていると語った。
「オーストラリアは元々、パリミュチュエル方式が根強い国でした」とフィッシャー氏は述べた。「現在では、固定オッズ方式による賭事が全賭事の85%も占めています。素晴らしいのは、現在の賞金額が8億5,500万豪ドルにも及ぶことです。ここ10年間でほぼ2倍になりました。競馬の売上が増加し、市場全体が成長したのです」。
しかし、オーストラリアのように成功させるためには、アメリカはさらに多くのことに取り組む必要がある。シーザーズデジタル社(Caesars Digital)の上席副社長兼最高開発責任者であるダン・シャピロ氏は、競馬がスポーツ賭事のサイトで扱われるためには、採算が合うようにさらに多くの州や有名な競馬場が参加する必要があるだろうと話した。同氏は、これを(アメリカンフットボールのプロリーグである)ナショナル・フットボール・リーグ(NFL)ではなく、(マイナーリーグの)ユナイテッド・フットボール・リーグ(UFL)だけを提供しているような状況であるとした。さらに同氏は、シーザーズデジタル社はNYRA(ニューヨーク競馬協会)Bets社と提携のもと、同社が運営する競馬用賭事アプリでパリミュチュエル方式を提供する方が望ましいと考えているとした。
「弊社が今すぐに固定オッズ方式を導入することはありません。魅力的な対象競走がそろっていないからです」とシャピロ氏は話した。「無視できない数の州が参加するならば、固定オッズ方式の導入に投資することも考慮するでしょう。しかし、主要競走を発売できない現状では、オンラインでパリミュチュエル方式を提供することに注力します」。
しかし、シャピロ氏はシーザーズデジタル社のスポーツ賭事アプリの利用者が競馬にも関心を寄せている証拠があることを認めている。同社は主要競走の広告を通じて、利用者をスポーツ賭事のアプリから競馬用賭事アプリに誘導することができる。これは、サラトガ競馬場で8月2日に行われたホイットニーS(G1)の開催でうまくいった戦略だ。
パネリストは、固定オッズ方式がより大きな規模で導入されても、パリミュチュエル方式と共存できる余地がある、それどころか互いに利益を享受することさえできるのではないかとした。シャピロ氏はモンマスパーク競馬場で7月19日に行われたハスケルS(G1)で経験した自分の話を披露した。出走馬の1頭、ゴスジャーのオッズを確認したところ、パリミュチュエル方式より固定オッズ方式のオッズが高かった。それに気づいた同氏は固定オッズ方式の窓口に行ってゴスジャーの単勝を購入した。せっかくなのでパリミュチュエル方式の窓口にも行って、1番人気のジャーナリズムとゴスジャーの馬単の裏表も購入した。
ランドリー氏は、シャピロ氏の経験談により示された思考のプロセスを後押しするように、固定オッズ方式で単勝、複勝に賭けることが、馬券初心者にとってパリミュチュエル方式で複数頭を対象に賭ける馬券や複数のレースにまたがって賭ける馬券に興味を持つ入口になりうると話した。
「狙いは、競馬には目もくれていなかった人が、競馬場に来て固定オッズ方式で賭けるようになったら、そこからパリミュチュエル方式に賭けるように引き込むことです」とランドリー氏は話した。「競馬初心者だって50万ドル(約7,250万円)規模のプールから大きな払戻金がほしいのです。こういった人達が我々の新たな顧客となっていくのです」。
シャピロ氏は、スポーツ賭事はもっと創造力を発揮して、固定オッズ方式に新しいタイプの馬券を導入することも可能ではないかと言及した。再びハスケルSを例にとって、「ジャーナリズムは2着以内」、「ゴスジャーは4着以内」、「同開催日中に3勝する騎手」といった条件を複合的に組み合わせた馬券にするという案を提示した。
「データをもっと見ることも可能ですが、個人的には賭け金のプールを共食いするようなものにはならないと思います」と同氏は述べた。「さらに興味を掻き立てるものになるでしょう」。
新たに関心を惹きつける特に大きな起爆剤は、主要競走の開催日だ。ケンタッキーダービー(G1)のような主要競走では、賭け金が毎年増大している一方、主要競走のない開催日の賭け金平均額は確実に減少している。
「全米を見渡してみると、1%の開催日が総売上の20%を占めています」とロンゴ氏は言った。「これは、いかに大レースの開催が稼いでいるかを物語っています。しかし、そこにはリスクも伴います。もし賞金の高い競走を特定の日ばかりに集中させれば、確かにその日はより豪華で盛大なものになるでしょう。その一方で、それ以外の通常開催日の価値を薄めてしまうことにもなるのです」
「しかし、もし主要競走の開催をスポーツ賭事アプリで提供できるとしたら、例えば、今年のブリーダーズカップ2日目の11月1日(土)が該当しますが、この日はカレッジフットボール(アメリカンフットボールの大学対抗戦)のトップレベルの試合も目白押しです。そのため、多くのスポーツファンが賭けるためにアプリを開くでしょう。こうした機会が、普段、競馬をしないライトな賭事客に競馬を知ってもらう絶好の機会になります」
「主要イベントはこれまでも素晴らしい役割を果たしてきましたし、新たなファンを取り込んでくれることでしょう」とランドリー氏は述べた。「肝心なのは、主要イベントに惹きつけられて、馬券を買い始めたファンの一部にそれ以降も年間を通じて競馬に関わり続けてもらうことなのです」。
By Sean Collins
(1ドル=約145円)
(1豪ドル=約96円)
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