トルカータータッソはドイツ生産界の救世主となるか(ドイツ)【生産】
トルカータータッソは、間違いなくドイツの生産界において極めて重要な存在となる馬である。その初年度産駒である1歳馬が今後数週間にわたり、セリで取り引きされる。
第一に、トルカータータッソは、引退後、2023年の種付シーズンに向けて馬主のカール=ディーター・エラブラッケ氏とピーター・エンドレス氏が所有するアウエンケル牧場で種牡馬生活を開始したことにより、長年にわたってドイツで種牡馬入りした国内調教馬の中では、極めて傑出した存在となったのである。
マルセル・ヴァイス調教師の管理下にあった同馬は、地元ドイツでベルリン大賞(G1)とバーデン大賞(G1)を勝利した。さらに、スターホースがそろっていた凱旋門賞(G1)をも制した。
ドイツを代表する名馬にふさわしく、黒・赤・金のドイツ国旗を彷彿とさせる勝負服を背負ったトルカータータッソは、最高峰のレースでさらに7度の入着を果たした。連覇をかけた凱旋門賞でアルピニスタに僅差で敗れた3着も含まれる。
これまでに、ドイツのトップクラスだった牡馬が海外で供用される例があまりに多く、将来の有力種牡馬の流出を招く一因となってきた。
トルカータータッソ以前に凱旋門賞を制した唯一のドイツ調教馬スターアピールは、馬主のヴァルデマール・ツァイテルハック氏によって、ニューマーケットのナショナルスタッドに預託された。また、クリストフ・ベルグラー氏の所有馬としてキングジョージ6世&クイーンエリザベスS(G1)を5馬身差で圧勝したノヴェリストは、日本の社台グループに売却された。独ダービー(G1)を11馬身差で制しセンセーションを巻き起こしたシーザムーンは、オーナーブリーダーのゲルスドルフ牧場がその持ち分の一部を保持する形で、英国のランウェイズスタッドに売却されている。
モンズーン産駒でドイツ生産馬のマンデュロとシロッコの例もある。ゲオルク・フォン・ウルマン男爵の所有馬としてG1を複数制した2頭は、元々はドイツの厩舎にいたが、のちにフランスのシャンティイに移りアンドレ・ファーブル調教師の管理馬となった。その後、両馬はダーレーに売却され、英国、アイルランド、フランスで供用された。
少なくとも、1980年代に3度もドイツの年度代表馬に輝いたサンクルー大賞(G1)勝ち馬のアカテナンゴと同馬の傑出した産駒で1995年のジャパンカップを勝利したランドの2頭は、故郷ドイツに帰国し、オーナーブリーダーであるフェールホーフ牧場とイットリンゲン牧場でそれぞれ供用された。
トルカータータッソの種牡馬としてのキャリアに吉兆となるかもしれないが、アカテナンゴとランドは2頭とも種牡馬として大成功を収めている。アカテナンゴはドイツで5度のリーディングサイアーに輝き、産駒には仏ダービー(G1)馬ブルーカナリや最優秀牝馬にも輝いたボルジアがいる。一方のランドも、世界を股にかける活躍を見せたエパロやパオリニを含む7頭のG1馬を輩出した。
今年、馬主歴50年を迎えたエラブラッケ氏は、フェイムアンドグローリー、ファーやレガティッシモ 、直近ではサラトガのG2 勝ちがあるルーサーといった馬たちの母系に登場するグリムポーラを生産して、成功を収めた。同氏はトルカータータッソがドイツを離れることになる売却オファーを全て断ったと明らかにした。
「トルカータータッソには世界中からオファーがありました。種牡馬としてのオファーもあれば、競走馬としてのオファーもありました。しかし、全てお断りしました」とエラブラッケ氏は述べる。「その決断を下したことやトルカータータッソをアウエンケル牧場で供用できることを大変誇りに思います。これほどの馬、とりわけ凱旋門賞馬をドイツに留めておけたことは、本当に大きな成果です」。
トルカータータッソを自国に留めるというエラブラッケ氏の決意は、同馬が引退して以来、ドイツ国内の生産者、さらには遠く海外の生産者から力強い支援が寄せられるという形で報われている。
「トルカータータッソは、種牡馬入りして以来、3年間ずっと、ドイツで最も多くの繁殖牝馬を集めてきました。今シーズンは81頭に種付けしました」と同氏は言う。「本当に特別な馬ですから、ドイツの生産者たちはぜひとも種付けしたいと、素晴らしい牝馬をたくさん送ってくれました。また、英国、アイルランド、フランスからも常に牝馬が集まっています」
「もちろん、我々自身も強力なサポートをしてきました。今年は、アメリカのG2を2勝したヴァージニアジョイの母ヴァージニアサンを含め、さらに25頭ほどの牝馬と交配しました」。
エラブラッケ氏が言うには、トルカータータッソはドイツ北西部、ヴィーエン丘陵の斜面に広がるおとぎ話に出てくるような環境で、種牡馬という新たな役割にすぐ馴染んだそうだ。
「とても行儀の良い馬で、馬房に入ってなでることもできますよ」と同氏は話す。「実際、パドックでは牛と一緒に放牧しているくらいです。とはいえ、見た目はまさに種牡馬といった風格があります。ここ数年で馬体が見事に充実してきました」。
このほか、トルカータータッソにここまで期待を寄せる理由には、同馬の父アドラーフルークが4年前に17歳で急死したため、ドイツにはすでに成功を収めている世界レベルの種牡馬が不在であるという点がある。アドラーフルークの死は、産駒のタタソールズゴールドカップ(G1)の勝ち馬アレンカー、独ダービー馬で凱旋門賞2着のインスウープやトルカータータッソの活躍のおかげで、トップクラスの繁殖牝馬が集まっていた、まさにその矢先のできごとだった。
アドラーフルークを失ったという悲劇の深刻さは、昨シーズンのキングジョージ6世&クイーンエリザベスSで圧巻の走りを見せたゴリアットの存在によって、より一層浮き彫りとなった。
その結果、ドイツで実績最上位の種牡馬といえばアマロン、カウンターアタック、イキートスやイスファーンということになるが、海外では知名度が低い。他にもアルソン、ジャパン、ルバイヤートといった有望株はいるものの、いずれもこれからの種牡馬である。
「血統の質を維持し、海外のバイヤーたちがドイツのサラブレッドに投資し続けてくれるようにするには、正真正銘、一流の種牡馬がドイツにはどうしても必要なのです」とドイツの競走馬セール運営会社BBAG社の会長でもあるエラブラッケ氏は言う。「できることなら、トルカータータッソにはそのギャップを埋める種牡馬になってほしいのです」
「トルカータータッソは、父アドラーフルークのサイアーラインを存続させるうえでも重要な存在です。並外れた影響力を持つ種牡馬でしたし、その産駒イキートスも、大方の予想を覆して優れた種牡馬であることを証明しました。事実、インザウイングスの血統は、ドイツで常に成功を収めてきたのです。ソルジャーホロウはアウエンケル牧場で供用され、3度もチャンピオンサイアーに輝きましたし、マムールですらクラシックホースを輩出しています」
「どういうわけか、インザウイングスはドイツ血統と相性がいいようです」。
トルカータータッソは父アドラーフルークと同じくらいの中型の栗毛で、体高は16.1ハンド(約163.6cm)だ。栗毛に流星といった自分と同じ特徴をたくさんの産駒に伝えているとエラブラッケ氏は話す。さらに、その産駒たちは父や祖父よりも骨量が豊富で、力強いと付け加えた。
「我々の牧場にも、トルカータータッソの素晴らしい若駒がたくさんいますし、生産者、特に海外の方からの評判が非常に良いです」と、同氏は続ける。「早生まれの産駒の出来の良さから、続けて種付けを申し込んでくれるリピーターの生産者も多いですよ」
「実際にトルカータータッソの初年度産駒はフランスであまりに評判が良かったため、昨年、我々BBAGのチームが現地で1歳馬の視察をしていた際には、生産者たちが自身のトルカータータッソ産駒を自慢するかのように真っ先に見せたがるほどでした」
「フランスで人気の生産情報サイトのフランスサイアーのアルノー・ポワリエ氏たちが、わざわざアウエンケル牧場まで、トルカータータッソと当歳馬全頭の動画を撮影しに来てくれたのです。本当に光栄なことです」。
今季、トルカータータッソの初年度産駒がセールに登場するので、バイヤー達はついに自らの目で評価を行う機会を得ることになる。
まずは8月に開催されたアルカナ社のオーガスト1歳馬セールに産駒が1頭上場され、父トルカータータッソにとっては、幸先の良いスタートとなった。(日本のG1馬シュネルマイスターの母で)独オークス(G1)馬セリエンホルデの半妹セリエンハイリゲを母に持つ牝馬で、ドイツ生産界きってのエキスパートであるジェレミー・ブラミット氏、エージェントのメリディアン社、ギャビン・ハーノン調教師の三者によって11万ユーロ(約1,925万円)で落札され、ハーノン厩舎に預託される予定だ。
しかし、当然のことながら、バーデンバーデンで9月に行われるBBAG社1歳馬セールでのトルカータータッソ産駒のラインナップが最も充実している。
このセールには計18頭が上場され、そのうち6頭がアウエンケル牧場の生産馬である。主なラインナップは以下のとおりだ。
12番: ソルジャーホロウ産駒のアリラを母に持つ牡馬
41番: 半姉に独G2・2着、豪リステッド勝ちのオリエンタルレディがいる牝馬。母の仔は9頭が勝ち上がっている
53番: リステッド勝ちとG2の3着があるタルカンが半兄にいる牡馬
68番: 今年のダービートライアル(L)の勝ち馬デルガルドが半兄にいる牡馬
88番: ソルジャーホロウ産駒の3勝馬レーヌドフルールが母の牝馬
159番: G3勝ち馬でG1入着もあるグローサージャックの母グッドドンナを半姉に持つ牡馬。名牝グリムポーラゆかりの名門ファミリー出身
「トルカータータッソ産駒をマーケットがどのように評価するのか楽しみです。でも、気に入ってもらえる自信があります」とエラブラッケ氏は語る。「トルカータータッソの1歳馬は世界中から引く手あまただろうと期待しています」。
BBAGセールに上場されるトルカータータッソ産駒には、ドイツで最も成功しているブリュンマーホーフ牧場が上場する3頭も含まれる。そのうちの1頭(166番)は、アドラーフルーク産駒の一流馬メンドシーノの半姉にあたるG3勝ち馬マシュマロ(父ソルジャーホロウ)を母に持つ牡馬だ。
さらに、血統背景に優れた注目馬が続く。
16番: フェールホーフ牧場生産の牝馬。母カンペアは活躍馬コロマノの半妹にあたり、父はキングマン
70番:ヴィテキンズホーフ牧場生産の牡馬。リステッド勝ちの母エルメモリーは、その父マキシオスとG1を複数制覇した名牝エルダンツィヒとの間に生まれた。
154番:オンブレヴィル牧場生産の牡馬。半兄にリステッド2着のドナメイがいる。母のジュメイもリステッドで入着しており、その父はシャマーダル、母はドイツのチャンピオン牝馬ジュママ
勘の鋭い読者ならお気づきだろうが、母父がソルジャーホロウであるトルカータータッソ産駒には、ドイツに多大な影響を与えてきた種牡馬インザウイングスの3×3のクロスがある。
BBAGセールにおけるアウエンケル牧場の上場馬には、注目の1頭(111番)がいる。この馬は、カタログ全体でも4頭しかいないソルジャーホロウ産駒のうちの1頭であり、同馬の産駒が購入できる限られた機会となるだろう。ソルジャーホロウは、ドイツ国内のチンギスシークレット、セリエンホルデやヴェルトスターといったG1馬のほかにアイヴァンホウ、パストリアスやタムファナといった海外で活躍した馬も輩出している。
「独オークス馬エノラのファミリー出身の素晴らしい牝馬です。ソルジャーホロウ産駒を購入できる機会は、もうそう多くは残されていません」とエラブラッケ氏は語る。「最後の世代は今年生まれたのですが、全部で4頭しかおらず、そのうち、セールに上場されるのは1頭のみの見込みです」。
バーデンバーデンで開催されるBBAGセールへ上場するアウエンケル牧場の生産馬の大トリは、オーストラリア産駒の牡馬(180番)だ。オーストラリアは今年、英愛ダービー馬(いずれもG1)となったランボーンやコロネーションS(G1)勝ち馬セルセネを輩出し、再び大きな注目を集めている。この牡馬の母は勝ち鞍のあるロメクサで、その父はエクシードアンドエクセル、母はニューアプローチ産駒のリステッド入着馬ロマンスストーリーという血統だ。
「アイルランドで生まれ、アウエンケル牧場で育った見栄えのする牡馬です」とエラブラッケ氏は話す。「オーストラリアはドイツで昔からずっと人気のある種牡馬です。種付料が手頃になってからは、国内の繁殖牝馬にたくさん交配されています。今年、再びG1という最高の舞台でその実力を証明してくれて、本当に良かったです」。
もちろん、オーストラリアという馬は、ドイツの生産なくしては、そもそも存在し得なかった馬である。というのも、偉大な父ガリレオの祖母にあたるアレグレッタが、ドイツ生産馬であるロンバードとアナテフカの配合によって生まれた馬だからだ。
ガリレオの遠縁にあたり、同じくアレグレッタの血を引くトルカータータッソが、ドイツ生産界の健全な未来のために、種牡馬として大成功を収めることを願ってやまない。
ほかのヨーロッパ諸国のホースマンがスピードと早熟性にこだわるようになった一方で、ドイツの生産界は、中長距離血統を育む、いわば温床のような役割を演じてきた。だからこそ、競馬界全体にとって、ドイツ生産界が繁栄し続けることが必要不可欠なのだ。
By Martin Stevens
(1ユーロ=約175円)
[Racing Post 2025年8月29日
「'We badly need an elite stallion in Germany' - why so much is riding on first-crop yearling sire Torquator Tasso」]