財政調整法案、競馬産業への税制優遇措置を脅かす(アメリカ)【その他】
ドナルド・トランプ大統領の「ビッグ・ビューティフル・ビル」としても知られる財政調整法案が、米国上院および下院共和党議員によって検討されており、サラブレッドビジネスに悪影響を及ぼす恐れがある。
早ければ来週にも採決される予定のこの法案は、現在の構成では、業界に有利な税制措置を廃止する内容となっている。なお、これらの優遇措置は、競馬産業に限ったものではない。
トランプ大統領は、第1期大統領任期中に2017年税制改革法(TCJA)を成立させた。TCJAの一つに減価償却の優遇制度があり、2017年9月下旬から 2022年12月31日までの間は対象となる購買について100%の特別償却の優遇が認められた。その後は償却割合が毎年20%ずつ減少されてきた。減価償却は通常、取得価格を複数年にわたって段階的に償却額を減らしていくが、100%の特別償却では、購入した年度に全額を税額控除することができる。
提出された法案は、100%の特別減価償却を復活させる一方、個人(単独有限責任会社、共有、S法人(S Corporation)など、パートナーシップを通じて馬事業を行う個人を含む)が年間に控除できる事業損失(馬関連と非馬関連の両方)の額に別途上限を設定する。
同法案は、個人、信託、および故人の遺産が年間に控除できる事業損失の総額を、個人につき30万ドル(約4,350万円)、夫婦につき60万ドル(約8,700万円)程度に制限する。超過した事業損失は無期限で繰越し、将来の事業所得と相殺することができる。現行法では、これらの超過事業損失は営業損失繰越額に転換され、将来の課税所得(事業と非事業)と相殺することができる。
この改正案は2017年には存在せず、ジョー・バイデン政権下で初めて提案されたが、2022年のインフレ削減法から最終的に削除された。共和党がいわゆる「ビッグ・ビューティフル・ビル」を策定する際に、この条項を再度追加した。
競馬産業への影響
業界の一部では、年間の影響は数百万ドル(数億円)に及ぶ可能性がある。
ジェン・シャー氏は、レキシントンを拠点とするコンサルティング会社ディーン・ドートンの税務担当役員で、馬関連ビジネス部門を率いている。彼女は業界関係者に法案の影響について助言している。彼女の説明するところによると、現在審議されている法案は事業損失を切り分けるもので、納税者が30万ドル/60万ドルを超えた額の損失を活用するためには、事業収支がプラスである必要がある。
「一部の人は100%の特別償却を活用できますし、制限されることはありません。しかしながら、業界に投資する大多数にとって、この法案は現在控除できている額を大幅に縮小されることになります」と彼女は述べた。
サラブレッド業界には、別の事業で成功した後に事業売却した者も多く、中には引退している者もいる。そのような人たちは投資利息、配当金、売却益で競馬関連事業の資金を調達している。そのため、提出された法案は、所得控除の恩恵を活用しにくくするものであり、この制約のために特別償却の恩恵が減じられてしまうのだ。
すべての関係者に緊急性が極めて高い状況だ。中間選挙で再選を控える共和党議員は、法案が成立しない場合、大きな圧力を受けるだろう。
「この法案は何かしらの形で成立するだろうと確信しています。彼らは来週成立させようと試みるでしょう。そのため、私たちは少し忙しくなっています。下院と上院の税制担当議員が両院協議会を設置し、最終法案を調整するでしょうから」と、サラブレッド業界を支援するコンサルティング会社ACGアドボカシーの創設者、ショーン・スミ―リー氏は述べた。 「しかし、上院が下院の受け入れ可能な変更を加えてこの法案を可決できれば、下院はその法案を審議する可能性があります。それは、上院が法案を本会議に上程するまでに、下院が受け入れ可能な十分な変更を加えることができるかにかかっています。その場合、法案は下院で可決され、大統領に提出される可能性があります」。
2009年から2019年まで下院議員を務めた全米サラブレッド競馬協会(National Thoroughbred Racing Association)会長兼CEOのトム・ルーニー氏は、既存の人脈を活用できれば、業界に有害な要素を削除できる可能性は50%以上あると信じている。
「高い視点から見て、下院と上院が法案を通して大統領にまで提出されるのかどうかと聞かれるなら、可能性はあるだろうと考えます。少なくとも重要な議員たちを説得することはできるでしょう」と彼は述べた。「過去に一緒に働いた友人が多数、関連する委員会の委員長を務めているので、法案から競馬に有害な要素を削除できるかどうかはわかるでしょう」。
ルーニー氏は、競馬に有害な法案の要素は約250億ドル(約3.6兆円)の政府歳入に相当すると指摘した。法案からこの部分が削除されれば、それだけの資金を他から確保する必要がある。
「それにはコストが伴います。それは収入面を意味しますので、必ずしも支出に関するものではありません。それは単に納税者から得られなくなる収入であり、一部の共和党員は『それはそもそも納税者の金だから、政府の収入ではない』と主張するでしょう。それは見方次第です」とルーニー氏は述べた。
事業規模の大小に関わらず、影響は重大だ。
スミーリー氏は次のように述べた。「これは皆にとって痛手です。なぜなら、大規模な馬主は、これまでのように損失を控除できないことで、購入頭数を削減するでしょうから。ある馬を購入して競走馬として成功しなかった場合でも、損失の大部分を控除できるという計算が成り立ちます。しかし、その計算が成り立たなくなってしまうと、馬主たちは『5頭ではなく3頭にしよう』と考えるかもしれません」
「小規模な馬主で、低価格帯で1~3頭の馬を購入するような人々にとっては、より厳しい状況かもしれません。彼らは損失を相殺する対象となる事業収益がないこともあるからです。そのため、業界から撤退する人も出てくる可能性があります」。
下院の案では、これらの変更は2027年1月1日付で施行される。しかし、上院の草案では変更が1年前倒しで施行され、業界が対応する時間がほとんどない。
「この条項は非常に複雑です」とシャー氏は述べた。「本当に良い、健全な経済政策といえる根拠がありません。なぜこのような提案がなされたのか、説明できません。単に税収増のためで、財政上の数字を良くするためでしょう」。
この措置は個人や夫婦にのみ適用されるが、ゴドルフィンのような組織は法人化されているため、影響は受けない。
では、個人が C 法人(C Corporation)を設立し、その法人に所有者とは別個に課税されるようになった場合はどうなるのだろうか?C法人での損失は、会社では利用できず、他の所得にも適用されない。つまり、この人の状況は同様に悪い状況になるか、むしろそれ以下となってしまう。
法案の文言を変更する取り組みはすでに進行中だ。ケンタッキー州の上院議員ミッチ・マコーネル氏、下院議員アンディ・バー氏、そしてサウスダコタ州の上院多数党院内総務ジョン・スーン氏が、その実現に向けて取り組んでいる。
「まだ、いわば武器をすべて使い果たしたわけではありませんが、今は、要求内容をより具体的にしなければならないのです」とルーニー氏は述べた。
検討中のアプローチのひとつは、農地の定義を拡大することだ。スミーリー氏は、農業は法案の改正の対象外であり、農業の定義に競馬関連事業も含まれるようになれば、救済措置となる可能性があると述べた。
「それを特定の免除措置として推し進めるかどうかは、まだ決定していませんが、それは間違いなく検討していることのひとつです」と彼は述べた。
スミーリー氏は、選出された議員に連絡を取り、これらの法案が生活に与える影響を伝えるよう推奨している。
「人々に知ってもらう必要があります。人々に訴えて、本件の重要さを伝えなければなりません。この法案に影響を受ける人が多いため、様々なノイズが聞こえてきます。我々は、混乱を乗り越えて進む必要があります」。
By Joe Perez
(1米ドル=約145円)
[bloodhorse.com 2025年6月20日「'Big Beautiful Bill' Jeopardizes Industry Tax Benefits]