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2024年03月22日  - No.3 - 2

競走馬場試験研究所、HISAとの連携で馬場進化に大きく貢献(アメリカ)【開催・運営】


 競馬場で予後不良が発生したとき、真っ先に話題にされがちなのは"馬場の安全性"である。

 時とともに、"馬場試験"と"馬場の均一性"の分野において、最も効率的な作業や馬の安全性の最速の改善が一定程度進んでいる。同時にさらに注意を要する分野として、薬物治療・獣医診療・既往歴などのファクターが浮上している。

 馬場の進化には、競走馬場試験研究所(Racing Surfaces Testing Laboratory: RSTL)が大きく寄与している。RSTLの取組みは、2006年の第1回競走馬福祉・安全サミット(グレイソン-ジョッキークラブ研究財団主催 キーンランドで開催)から発展したものである。このサミットの分科会には、負傷報告・教育・蹄鉄と蹄のケア・競走馬場に関する委員会があった。

 RSTLの裏の立役者は、ゼネラルモーターズやNASAのスペースシャトル計画に携わってきた精力的な機械エンジニア、ミック・ピーターソン博士である。彼は、騎手を背に時速40マイル(約64km)で走る体重1,200ポンド(約544kg)の競走馬のために馬場をより安全なものにするという難題に取り組んでおり、人一倍、サラブレッド競馬の安全性を高めるという責務を担っているのだ。馬場の表層や路盤を改善するための方向性を示すだけでなく、馬場を怪我の原因から取り除くこともよくある。そうすればほかに注意を向けられるようになり、発生しうる問題の芽をすべてつみとることができるのだ。

 ピーターソン博士は当時所属していたメイン大学で、調教走路で馬の走行速度と前肢への負荷を再現して馬場の表層を測定するオロノ生体力学馬場試験機(Orono Biomechanical Surface Tester)を開発した(オロノは同大学のある町)。また馬場分析中に見つかった軟弱な箇所に対応するために、路盤を測定できる地中アンテナも入手した。

 ピーターソン博士は、良質の馬場を維持するために3本柱のアプローチを策定した。それは、(1)馬場の設計、(2)競馬開催前の馬場試験、(3)競走当日の馬場試験である。彼は6競馬場と契約してこれらすべての手順を実施しており、さらに6競馬場からこれらの試験の大半を実施するように依頼を受けている。

 2022年にHISA(競馬の公正確保と安全に関する統括機関)が安全手順を監督するという法案が可決されたことで、ピーターソン博士とその6人の常勤スタッフと4人の非常勤スタッフをとりまく状況はガラリと変わった。

 ピーターソン博士はこう述べている。「本質的に、これらの3本柱はHISAが競馬場を規制するうえでの要件となりました。2021年に20競馬場で開催前の馬場試験を実施しましたが、2023年には50以上の競馬場で合計70回の試験を行うことになりました。冬と夏にフル稼働しているパークスレーシングのような競馬場には、年に2回試験を行っています」。

 「ペンエンターテインメント社(旧ペンナショナルゲーミング社)はとても協力的でした。(同社の競走担当副社長)クリス・マッカリーン(Chris McErlean)氏が率いるテキサス州はゼロの状態から時速100マイルに達しました。以前はアラパホパーク競馬場(コロラド州)にはあまり行ったことがありませんでしたが、今では定期的に訪れていますね。私たちは馬場試験について中立の立場をとっています。もはや力関係は問題ではありません。誰もこれらの馬場が均一性のないものになってほしいとは思っていないのです。それに、いっそう多くの競馬場で同じ手順の試験を実施することは均一性という長期目的に合致します」。

 HISAは米国ジョッキークラブからの資金援助を通じて、開催前の馬場試験の費用を賄っている。キーンランドやNYRA(ニューヨーク競馬協会)所有の競馬場、あるいはデルマーなどの主要競馬場がさらに多くの馬場試験を必要とする場合には、その追加作業の費用を自己負担する。現在ピーターソン博士のチームが馬場試験を実施していない競馬場は、ルイジアナ州の小規模の競馬場とウェストバージニア州のマウンテニア競馬場だけである。

 現場での馬場試験に加え、各競馬場がRSTLに送付した素材に追加試験が実施される。

 数の力は均一性を推進するのに役立っている。RSTLはダートだけでなく、合成素材や芝のコースの試験も実施し、現在ではより多様な競馬場から貴重なデータを収集できるようになっている。HISAとの関係のおかげでRSTLの情報量は大幅に増え、それはあらゆる問題を突き止め解決策を練りあげるために活用される。

 ピーターソン博士はこう語る。「長年にわたって合成素材の馬場の試験を行ってきましたが、全場が参加するようなことはありませんでした。そこにはHISAの非常に大きな存在があります。それまでに合成素材の馬場の試験で得ていたデータよりもはるかに詳細な一連のデータを現在手に入れることができるのです。当初からウッドバインで試験を行ってきましたが、今ではプレスクアイル、ゴールデンゲート、ターフウェイの合成素材の馬場でも同様に実施しています」。

 「芝でも同じことです。チャーチルダウンズを例にとってみましょう。この競馬場はここ数年苦戦を強いられてきただけに、HISAに大きな権限があることは強みになります。これまでは『チャーチルの芝コースは以前のものと比べて何が違うのでしょうか?』と聞いたものでしたが、今では『試験を実施したほかの30場と比べてチャーチルの芝コースはここが違います』と言うことができるのです。これからはこのような比較を行うことで、何が理由で異なる結果が出るのかが分かります。もし大きく外れた数値が出て問題を抱えているとすれば、まずはほかの競馬場を真似してみることです」。

 ピーターソン博士は同じ地域にある競馬場は互いに均一性を保つことができるはずであり、馬がそれらの競馬場を転戦するときに要する調整を最小限に抑えることができると信じている。

 「場所が変われば大気の要素もわずかに異なるかもしれませんが、たとえばデルマーとサンタアニタを隔てる光はないはずです。気候は多少違いますが、基本的には馬場の素材は同じです。ローレルパーク、パークスレーシング、デラウェアパークについても同じことが言えます」。

 「同じ砂を購入してそれぞれの競馬場に敷設すればいいだけのことです。エリスパーク・キーンランド・チャーチルダウンズは一緒に砂を調達しようと話しています。均一性のある砂の調達先をそれぞれ見つけるのはとんでもなく難しいものです。だからそれを解決する方法があります。全場が使う調達先をひとつ見つけることです。それは調教センターも当てはまります。誰もが馬場を同じものとし、できるかぎり均一性を持たせることに関心を抱いています」。

 2023年にHISAの監督下にある競馬場は、出走馬1,000頭あたり1.23件という過去15年間で最低の予後不良事故率を報告した。前述のルイジアナ州やウェストバージニア州のHISAの監督下にない競馬場では、2023年の予後不良事故率は32.5%高かった。

 2009年にジョッキークラブ事故馬データベース(Equine Injury Database:EID)が発足して以来、サラブレッド競馬の予後不良事故は減少傾向にあるが、個々の競馬場では予後不良事故のクラスター(集中発生)が続いている。決まって最初に非難の矛先を向けられるのは馬場である。実際どれほどの頻度で馬場が予後不良の原因になっているのかという質問に対して、ピーターソン博士は明確な割合はないとしながらも、すべての分野で改善できることがあると認めた。

 「予後不良の原因がひとつであることはまずありません。しかしどのようにして作業を進めていくかの一例を挙げましょう。アケダクト競馬場では2012年に予後不良事故のクラスターが発生しました。典型的なものです。原因がひとつに限られる場合、それは容易に予想がつくものです。クレーミング競走の賞金が爆発的に上がり、馬が故障しだしました。そこで賞金を下げ、譲渡価格と賞金の比率に関するルールを変えたところ、クラスターはなくなりました」。

 「しかしグレン・コザック氏(NYRA執行副社長。運営・投資プロジェクト担当)はそれを新しいことを実行するチャンスだととらえました。そのときは賞金が原因でクラスターが発生したのかもしれませんが、次は馬場が大きな原因となるかもしれません。だから彼は馬場分野での作業を奨励しました。そうすると、馬場などの別の分野においても進歩が遂げられるのです。一般の人々が現状に満足することはないので、それは重要なことです。何かに気づいたら、獣医師による処置や監視方法を変え、診断検査を活用し、馬場の改良に取り組みます。すべての面で進歩をもたらさなければならないのです」。

 「理由もなく真っ先に馬場が非難されることもあれば、非難されてもしょうがないときもあります。競走当日の馬場試験や調教のモニタリングといったごくいくつかの事柄でもすべての出走馬に効果をもたらします。調教師がもっと気を付けるきっかけにもなるでしょう。馬場の表層は、競馬場常駐の獣医師による処置と同じ類のものです。それらすべてを改善すれば、誰にとってもプラスです」。

 ピーターソン博士は、生じうる問題を特定する上で開催前の馬場試験はきわめて大切だと感じている一方で、将来に向けて安全性をさらに高めるのに寄与するいくつかの分野を挙げた。そのひとつは競馬場の調査の精度を上げることである。とりわけ小規模な競馬場ではコースの表面を均一にする作業が大きな問題となるからだ。技術の進歩もまた、生じうる問題をより適切かつ迅速に特定するのに一役買うだろう。

 「いくつかの企業が独自に開発しているリアルタイムの監視装置を入手したいと思っています。含水量やクッション値をリアルタイムで測定できるようにする必要があるのです。ウッドバインでは馬場の素材が磨滅していたために、2万5,000ドル(約375万円)クラスのクレーミング競走でレコードタイムが出ました。それはよくないことです。しかし、そういうときこそ馬場状態をリアルタイムでモニターすることでうまく対応できるでしょう」。

 「現在ちょうど、新たな装置をテストしているところです。これは持ち運びが可能で、1日1回コースを歩いて表層やクッション値を試験することができます」。

 「もうひとつの大きな課題は、より多くの芝レースを実施する方法を見つけることです。芝レースは明るい材料ですね。馬券売上げが好調で関心も高く出走頭数も多いのです。私たちはそのために多くの研究を行っています。ディボットミックス(divot mix くぼみを埋めるための配合物)の改良を検討しています。それについての博士論文も書きました」。

 ピーターソン博士がこのようなアカデミックなことに言及したのは、もうひとつの役目としてケンタッキー大学馬プログラムの部長も務めているからだ。17年前に設立された馬科学・マネージメント学部プログラムは、現在では農学部の最大の専攻学科となっている。また、ピーターソン博士のゼミにいる大学院生の何人かは、馬場の安全性に直接関係する博士号を取得するための研究を行っている。

 ピーターソン博士はメッセージとして「今はワクワクする面白い時期です。それに馬の安全にとっては良い時代になりましたね」と述べた。

By Lenny Shulman

(1ドル=約150円)

[bloodhorse.com 2024年2月29日「Working With HISA, Racing Surface Testing Makes Strides」]


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