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2022年11月22日  - No.11 - 2

ラシックス、突然死のリスクファクターに含まれる(アメリカ)【獣医・診療】


 米国獣医師会雑誌(Journal of the American Veterinary Medical Association:JAVMA)の最新号に掲載された論文は、競走馬へのラシックス使用と突然死のあいだの関連性についてさらなる研究が必要であるとしている。

 論文『2009年~2021年北米のサラブレッド競走馬の突然死に関連する15のリスクファクター(Fifteen Risk Factors Associated with Sudden Death in Thoroughbred Racehorses in North America (2009-2021))』は、ユアン・D・ベネット氏とティム・パーキン氏により執筆されたものである。10月20日発行のJAVMAに掲載されている。

 北米で運動誘発性肺出血(EIPH)の予防や軽減のために競走当日の使用が認められているラシックス(利尿剤フロセミド)は、突然死に著しく関連する15のリスクファクターに含まれていた。"フロセミドを投与されて出走した馬は突然死の確率が62%上昇した"と判明したのだ。

 今回の研究でそれらの数値を観察する中で、論文はさらなる研究が必要であるとしている。

 「フロセミドと突然死のあいだに関連性があることにより、どの生物学的プロセスがこの結果の要因となるのかを理解するためのさらなる研究が促される」と論文は指摘する。

 現行の薬物使用ルールでは、米国では大半の馬がラシックスを使用して出走することが許容されており、大多数の調教師がラシックスで馬を治療することを選択している。最も多く見受けられる例外は2歳競走とステークス競走である。多くの州で、これらのレースの出走馬への競走当日のラシックス使用は禁止されている。

 この論文では突然死に関連するほかの要因として、馬齢・性別、賞金額、競走距離、最近の負傷歴・休養歴を挙げている。

 また、「過去の負傷と突然死とのあいだに見られる関連性は、症例によっては既往症が一因となりうることを示唆している」と指摘している。

 この研究は、米国ジョッキークラブ(TJC)の事故馬データベース(Equine Injury Database:EID)に依拠している。パーキン氏は英国在住の獣医疫学者であり、EIDの設立時からのコンサルタントである。競馬産業は2009年以降、競走中の予後不良事故の大半を占める致命的な筋骨格系外傷を減らすために、EIDの研究を通じてさまざまな分野で多くの変更を行ってきた。

 筋骨格系外傷に関係しない突然死は予後不良事故全体のわずか7.4%にすぎない。しかし競馬産業は特効薬的打開策とは対照的に、段階的なプロセスを通じて安全性を向上させてきた。筋骨格系の面では、薬物使用ルール・譲渡要求無効ルール・賞金額のガイドラインの変更、馬場の安全性強化のためのさらなる努力などを挙げることができる。これらの変更の多くは、EIDを通じて特定されたリスクファクターに対処するために実施されたものだ。

 この段階的なアプローチにより、競馬界は2009年以降で予後不良事故を30.5%減らすことができた。2021年の出走馬1,000頭当たり1.39件という件数は競馬産業にとって、統計を取り始めた2009年以降の過去最低の記録となった。別の表現を用いると、2021年には出走馬の99.86%で予後不良事故が生じなかったということになる。

 こうした段階的な変更により筋骨格系外傷が減少する中、ブリストル大学獣医学部を率いるパーキン氏は、突然死のより小さな要因である筋骨格系以外の外傷に取り組むことで、馬の安全性をさらに向上できる可能性に関心を示している。2009年以降、これらを原因とする突然死は出走馬1,000頭当たり0.13件の割合で発生している。6月の競走馬福祉・安全サミット(Welfare and Safety of the Racehorse Summit キーンランドで開催)で、パーキン氏は論文に掲載された突然死の調査結果のいくつかを概説した。

 ここ数年著名な競走馬が突然死する中でこの問題は世間の注目をいっそう集めるようになってきたと、パーキン氏は指摘する。昨年12月には、ケンタッキーダービー優勝が取り消されたメディーナスピリットが、サンタアニタパークでの追い切りの後に突然死した。剖検ではこのG1馬が12月6日の追い切り後に倒れて死に至った理由を明確に特定できなかったが、経緯からして断定はできないが急性心不全を示唆するものだったと、カリフォルニア競馬委員会(CHRB)は後日発表した。

 CHRBもパーキン氏も、ラシックス使用とメディーナスピリットの突然死のあいだの関連性について言及しなかった。しかし、ラシックスは死亡時のメディーナスピリットの体内にあった2つの薬物のうちの1つだった。抗潰瘍薬のオメプラゾール(omeprazole)とラシックスが血液検体と尿検体から検出されたと、CHRBは報告している。またこれらの調査結果は、メディーナスピリットの担当獣医師がCHRBに提出した薬物使用報告書と一致した。

 多くの競走馬がタイムを計る追い切りの前にラシックスで治療されている。

 著名な競走馬の突然死の実例とは別に、EIDの数値は突然死については、筋骨格系外傷の件数で2009年以降に見られたような着実な減少が見られていないことを示している。パーキン氏によれば、その結果、競走中の予後不良事故における突然死の割合が大きくなり、ここ数年では競走中の予後不良事故全体の10%を超えるようになっているという。

 パーキン氏は、「競馬場ではそのことがいっそう注目されています。問題が明確な予後不良事故と比べて、突然死のカテゴリーに含まれる馬の死のはっきりした原因が必ずしも十分に理解されていないのです」と語った。

 そして、EIDにより露呈したラシックスと突然死の実例とのあいだの関連性について要点を述べた。

 「私たちは、競走馬へのラシックス使用と突然死とのあいだの関連性を初めて明らかにしました。競走でのラシックス使用はリスクを約62%増加させます」。

 近年のルール変更により競走当日にラシックスを使用しないで出走する馬が増えたとはいえ、EIDの数値は多数のラシックス使用馬と比較的少数のラシックス不使用馬を比較するものだと、パーキン氏は認めた。とはいえ、ラシックス使用馬がラシックス不使用馬よりも62%高い確率で突然死したというEIDの数値は統計的に妥当なものであると、同氏は確信している。

 パーキン氏は、「ラシックス使用と突然死のあいだには何らかの生理学的関係が潜在的に存在する兆候があると言えます。さらなる調査を実施する価値は間違いなくあります」と語った。

 そして、競馬産業がEIDでこのような情報をまとめる前はこのような関連性は突き止められなかったと述べる。

 「これが今まで明らかにされなかったのは、単に統計的検出力に起因していたと思います。現在、この結論を導き出すのに十分な年数のデータ(データベースの出走頭数と突然死)があるという事実によって、この結論を導き出すことが可能になったのです」。

 パーキン氏は競走馬福祉・安全サミットでもっと知見を得ること楽しみにしていると述べていた。それはラシックスを使用した馬を調教したり出走させたりすることの影響について、それがどのように馬の血液化学を変化させているかについて、そしておそらくそれが心不整脈のリスクの一因になっているということについてである。

By Frank Angst

[bloodhorse.com 2022年10月25日「JAVMA Paper: Lasix Among Risk Factors in Sudden Death」]


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