TOPページ > 海外競馬情報 > ブレグジットが2021年種付シーズンに及ぼす影響(イギリス・欧州)【生産】
海外競馬情報
2021年02月19日  - No.2 - 2

ブレグジットが2021年種付シーズンに及ぼす影響(イギリス・欧州)【生産】


 2020年12月31日午後11時に、ブレグジット(英国のEU離脱)の移行期間が終了し、英国はEU(欧州連合)に別れを告げた。これは無数の社会的影響をもたらす歴史的出来事であるが、英国が三国協定から抜けたことほど、競馬産業や生産界に直接的な影響を与えるものはない。

 三国協定は、英国・アイルランド・フランスのサラブレッドに関する優良な保健衛生の現況を認め、3ヵ国間での馬の移動をスムーズなものにしていた。英国はEU加盟国でなくなったことで、現在「第三国」の立場を与えられている。それは、英国・アイルランド・フランス間での馬の移動がいっそう高額なコストを要し、簡単ではなくなったことを意味している。

 普遍的に守られているものとは言えないが、欧州において伝統的な種付シーズンの開始日とされる2月15日を目前に控えていることから、これは特別に差し迫った問題となる。この種付シーズンに、数千頭もの繁殖牝馬が英国・アイルランド・フランス間を移動する。

 ブレグジットの移行期間が終了するまでに、サラブレッド生産者協会(TBA)は忠告を発していた。それは、馬の移動に関する新たな協定の詳細がよりはっきりする2021年の初めの2週間は、厳に必要でないかぎり、馬を英国からEUに、もしくはEUから英国に移動させてはならないというものだった。

 その詳細は今や浮き彫りになっているが、競馬産業のすべての利害関係者がその考え方を好ましいと思っているわけではない。

 BBAシッピング&トランスポート社の社長であるケヴィン・ニーダム氏は、これらの協定の実務を日常的に行っている一人だ。「1月初めからあらゆることが明確になってきました。しかし、私たちが目の当たりにしているのはそれほど快いことではありません」。

 「50年もの間、サラブレッドがどのような証明書も必要とせずにアイルランド・フランス・英国の間を移動できる三国協定がありました。そのため1月1日に目覚めて、今後はすべての馬に11ページのブックレットが正副二通必要だと気付き、少しショックでした」。

 英国からEUに向かうサラブレッドはすべて、当局の獣医師が発行した輸出健康証明書(EHC)を要求される。EHCには、さまざまな疾病について血液検査で陰性だったことが記されている。またサラブレッドは、書類照合・個体確認・馬体チェックを受ける国境管理所を経てEUに入らなければならない。

 EUから英国に向かうサラブレッドにもEHCが必要であり、到着前に輸入事前通知を提出しておかなければならない。これにより膨大な量の複雑な事務処理が必要となり、コストの大幅増加につながる。

 ニーダム氏はこう続けた。「これは人々がライアンエアーのフライトに乗り込んでアイルランドに行くのと同様にたやすくやっていたようなことを、多大な費用と時間を必要とするプロセスにしてしまっています」。

 「12月のセリでも、すべての話題が"どのような取決めがなされ、すべてはうまく行くのか"に集中していました。取決めはなされましたが、それは魚・ジブラルタル・北アイルランドのような他の事柄に影響を及ぼす取決めでした。サラブレッドの移動に関する取決めはなされず、私たちは暗黒時代に引き戻されています。これまでよりも、そして1993年のEU単一市場誕生の前よりも、はるかに複雑なシステムに戻りました」。

 「もちろん、これで割を食っているのは馬です。とりわけカレー(フランス北部・ドーバー海峡出口)を通過する際には極端な遅れが生じる可能性があります。先日カレーで、書類照合のために7時間も停止させられている馬運車がありました。1980年代でさえもそのような遅れはありませんでした。今は2021年ですよね」。

VAT支払いによる手続きの複雑化

 さらに生産者は英国・EU間を移動する際に、たとえ一時期の輸出でも、繁殖牝馬の評価額に対するVAT(付加価値税)を支払わなければならない。繁殖牝馬が元の国に戻れば支払った額が返還されるが、それに数週間かかる場合がある。

 TBAの税金の専門家、ピーター・メンダム氏はプロセスを簡略化するための取組みは行われているが、何らかの変更がすぐに実行される様子はないと述べた。

 「多くの人々は取引協定がこのイライラを取り除いてくれると期待していたと思います。しかし、そうならなかったし、実際、今後もそうなりそうにもありません。私たちは変更を望んでおり、プロセスを簡略化するために私たちにできることがあるかを検討するように政府に話しています。アイルランドでも同じことが起こっていると承知していますが、短期的にはどうしようもありません」。

 「繁殖牝馬が英国に入国しやすくするために、来年の種付シーズンまでにプロセスの簡略化に向けていくらか前進することを望んでいます。しかし、近いうちに何か変更を行ってもらえるのかどうかは依然として分かりません」。

 ニーダム氏もメンダム氏も、三国協定に類似のプロトコルを実施する合意がなされることを望んでいる。しかし二人は、いかなる状況の進展にも各政府の責任ある取組みが必要であり、現在のところ、サラブレッドの移動は官僚の優先リストの下位に置かれていると認識している。

繁殖牝馬を適切な種牡馬のもとに送る

 摩擦のない移動を遠い昔の記憶のように感じる人もいるかもしれないが、多くの生産者は通常どおりに事業を継続することを目指している。バートンスタッド(ベリーセントエドマンズ近郊)の場長であるトム・ブレイン氏もその一人だ。

 ブレイン氏は、バートンスタッドでもブレグジットの影響が感じられるが、経験した変化は必ずしも否定的なものではなかったと述べた。また、同氏は今後の課題を克服できないものだとは考えていない。

 「影響はありましたが、必ずしも否定的なものではありませんでした。まとまったグループの欧州の生産者は通常、1月か2月に繁殖牝馬を送ってきます。しかし今シーズンは12月にかなりの数の繁殖牝馬がやって来ました。悪いことではありませんでした」。

 「1月の初めの馬の到着はわずかに遅れましたが、今ではまったく通常の状態に戻っています。私たちの馬受入れ事業に影響が及ぶことはまったくなさそうで、同じ顧客の同じ数の繁殖牝馬を受け入れることになりそうです」。

 ブレイン氏は、バートンスタッドにいる繁殖牝馬はアイルランドを拠点とする種牡馬との交配を予約していると語った。それは、ベラード、ダークエンジェル、ガイヤース、コディアック、メイクビリーヴ、メーマス、ニューベイである。たとえ繁殖牝馬の移動がより高額となり簡単なものではなくなっても、アイルランドの種牡馬群の質は英国の生産者にとって圧倒的な魅力であり続けるだろうと、同氏は述べた。

 「アイルランドに馬を連れて行くことに関して、"世界はなおも進み続けている"と考えるようにしています。アイルランドの種牡馬と交配予定の繁殖牝馬は19頭いますが、全頭を連れて行くつもりです。たしかに高額のコストが掛かり、かなりきついものです。おそらくこれまでの倍の額です。それでもサラブレッド生産という壮大な計画において、それは必ずしも莫大なコストではありません。また、私たちが繁殖牝馬を送り込んで行っている交配の意義を信じています。私にはそれがより大事なことです」。

 「この状況にうろたえて交配計画を変更する人々がいることを知っています。しかしそれは少し長期的展望を欠くのではないかと考えます。究極的には、繁殖牝馬を適切な種牡馬に送ることが肝心なのです。そうでなければ後悔することになります」。

最高の馬を生産するための闘い

 そのような感情はアイリッシュ海の向こう岸のバリーへインスタッド(カーロウ県)でも共有されている。そこでは、ダンディマン、エルザーム、プリンスオブリアー、ソルジャーズコール、新種牡馬サンズオブマリの5頭が供用される。

 バリーへインスタッドのオーナー、ジョー・フォーリー氏はさまざまな業界団体が馬の移動を容易にするために尽力していることをすぐに認めたが、事務処理の増加と追加コストは今後、業界全体に波及的な影響を及ぼすと述べた。

 それでもなおフォーリー氏は、困難に対処してアイルランドの種牡馬のもとに繁殖牝馬を送り込む英国の生産者に関して前向きな報告をした。

 「今年は英国からかなり多くの繁殖牝馬が来ると予想しています。現時点では、それらすべての繁殖牝馬が到着予定であるようです。私たちはアイルランドに繁殖牝馬を連れて来るために闘っている英国の生産者に大変感謝しています。彼らの努力を目にして励まされ元気づけられています」。

 フォーリー氏はバリーへインスタッドを経営するだけでなく、スティーヴ・パーキン氏のレーシングマネージャーを務めている。パーキン氏はクリッパーロジスティクス名義で馬を出走させ、ブラントンコートスタッドで馬を生産している。ブレグジットがもたらす難題にもかかわらず、フォーリー氏はパーキン氏とともに決定した2021年の交配計画が場所や政策によって影響を受けるほどの危機にはいたらなかったと述べた。

 「私とパーキン氏は繁殖牝馬を交配させるために英国に送ります。英国で供用されている種牡馬を徹底的に支援しています。交配計画を決定するときに、場所やブレグジットによる影響をまったく気に掛けませんでした。依然として繁殖牝馬を望んだ場所に送ることができたのですから、それらのことに気を揉まなかったことに満足しています」。

 「できるかぎり最高の馬を生産するために、繁殖牝馬がその能力を最大限に発揮できるような交配計画を誰もが実行できるべきだと思います。それには、アイルランドのロペデヴェガ、イギリスのフランケル、フランスのシユーニを相手に選ぶかどうかは関係ありません。全員にチャンスがあり、取引に障壁がないことが重要です」。

馬は自国にとどまってしまうのか?

 大規模で商業的な生産事業者は、追加コストを容易に負担することが、少なくとも短期的・中期的には可能かもしれない。けれどもこの窮境が小規模な生産事業にいっそう深刻な影響を与えることは、ほぼ確実なように思われる。

 TBAおよびサラブレッド産業ブレグジット問題対策グループの議長を務めるジュリアン・リッチモンド-ワトソン氏は、ブレグジットによって生産者、とりわけ最高レベルを下回る取引を営む生産者が、地元の種牡馬にいっそう忠実になることを確信している。

 しかし同氏は、グレート・ブリティッシュ・ボーナス(GBB 英国産牝馬を対象にしたボーナス制度)が生産者の注目を集めているため、とりわけ英国では、ブレグジットが生産者の習慣の変化を促している唯一の要因ではないようだと付け加えた。

 「ブレグジットの影響はあるでしょうが、その影響の大きさは時間が経つことでしか分かりません。中小規模の生産者は、馬を往復させるための追加コストとVATの問題のため、英国・アイルランド間での馬の移動について深刻に考え込んでしまうでしょう。そして、おそらく英国・フランス間では、より深刻でしょう」。

 「これを機に馬を自国にとどませるようにルート変更した人々の話をすでに聞いています。このようなことが人々にいくぶん地域を限定した行動を取らせることになると確信しています」。

 2021年種付シーズンのスムーズな実行に及ぼされるブレグジットの影響は、最も差し迫った懸念かもしれない。しかしリッチモンド-ワトソン氏とニーダム氏はいずれも、長期的な影響についても推察している。

 リッチモンド-ワトソン氏はこう語った。「これらのことが影響を及ぼすのは明らかであり、今後2~3年間に生まれる仔馬の頭数が減少するのは間違いありません。世界中でサラブレッドの頭数は減少しているので、すでに微調整が行われています」。

 「その調整は将来明らかに、さらに大きなものになるでしょう。しかし当初予測していた範囲までは落ち込まないだろうと楽観しています。それはすべてこの秋に行われるセリに掛かっており、それらは最初のテストとなるでしょう」。

 ニーダム氏も、ブレグジットの影響を明確にするにはセリが鍵となるだろうと示唆した。「馬を移動させるための追加コストはたしかに今後行われるセリに影響を及ぼすだろうと考えます。共有の馬運車でフランスやアイルランドに馬を連れて行くコストは倍増しています」。

 「以前からブック 4で1歳馬を購買してきた中欧の人々は、馬の購買の手続きに掛かるコストが大幅に増加したことに気づいています。彼らはこれまでの半分しか購買しないのでしょうか?それともまったく購買しないのでしょうか?長期的な影響はまだ分かりませんが、生産界には中規模の業者を追い出せる余裕はほとんどありません」。

2023年を見据える

 もちろんサラブレッド産業はこれまで、数えきれないほどのさまざまな規模の困難に直面してきた。過去に生じた問題の共通の特徴は、業界の反応だった。ブレグジットがいくつかの非常に複雑な状況を引き起こすことは広く認識されているが、それらを乗り越えてその先にあるものを見たいという集団的な願望もある。

 リッチモンド-ワトソン氏はこう語った。「競馬産業や生産界にいるとすれば、楽観主義者でなければなりません。悲観主義者であればどちらにも属せないでしょう。楽観主義は持続し、人々は問題が生じてもそれらに打ち勝つだけの心構えができていると私は考えます」。

 ブレグジットの前に競馬産業が直面していた最大の問題は、新型コロナウイルスの世界的流行だ。世界の大部分はこのウイルスに支配され続けているが、サラブレッド産業は2020年に困難を乗り越えるにあたり目覚ましい回復力を示した。昨年の種付シーズンは予定通りに進み、多くのセリは予想を上回った。

 フォーリー氏はこう語った。「昨年はショックでした。長い間レースが開催されず、平地シーズンは短縮され、セリに強烈な影響が及ぼされました。ワクチンで2021年のうちにコロナを打ち負かせることを望んでいます。そして競馬番組とセリのプログラムに関しては、衝撃的な年にならないと考えたいです」。

 「今では昨年の4月や5月よりも積極性が見られます。衝撃的な年を経験しましたが、セリはかなり持ちこたえました。その回復力は驚くべきものであり、生産者はそのような状況に励まされたと考えます」。

 フォーリー氏とリッチモンド-ワトソン氏はいずれも、そのような比類なく厳しい時期に生産者に楽観主義を維持させた要因として、将来をしっかりと見据えて行われるサラブレッド生産の特性を挙げた。

 その楽観主義を共有し続けて生産界の重要性を認識する力があれば、より厳しい各種施策のいくつかを緩和し、通常のサービスに近いものを再開することなどそれほど難しいことではない。

 フォーリー氏はこう付言した。「今年繁殖牝馬を交配させれば、2022年に仔馬が生まれてきます。そして多くの人々は2023年秋に1歳となったその馬を販売するでしょう。それはずっと先のことです。2023年のために現在投資しているというわけです」。

 「多くの人々はそれまでにブレグジットの問題が解決し、コロナをかなり征圧できていると願っていると思います。そして多くの人々が、今よりも良い状況に身を置くために意欲的にチャンスをつかもうとしていると思います」。

By James Thomas

[Racing Post 2021年2月13日「'Brexit will have an effect, but how big an effect only time will tell'」]

上に戻る