ゴドルフィン、自家生産馬の貢献により復活(イギリス・アイルランド)【生産】
ゴドルフィンが形成期に達成した輝かしい成功は、厳選された少頭数の成長した馬からもたらされた。その多くは目的達成の意図で獲得された馬である。ロバート・サングスターから購買したバランシーンやケープヴェルディ、アガ・カーン殿下から手に入れたデイラミなどがそうである。これこそ、1990年代を通じてゴドルフィンのモールトン調教場に目覚ましい結果をもたらした原則だった。
2021年には、チャーリー・アップルビーもしかりである。彼はゴドルフィンの主力調教師で、今年初めて英国リーディングトレーナーに輝く。ただし1つだけ大きな違いがあった。アップルビーがタイトルを奪取できたのは、ゴドルフィンの自家生産馬によるところが大きかったのだ。
今年はモハメド殿下率いるゴドルフィンにとってきらびやかなものとなり、アップルビーは世界でG1・17勝を達成した。これらの勝利を挙げた実頭数は11頭で、うち8頭が自家生産馬だった。
ゴドルフィンに勤続15年でこの8年間は社長を務めるヒュー・アンダーソンはこう語った。「全体的に見てゴドルフィンにとって今世紀最高の年だったと思います。(1994年の)創設以来かもしれません」。
「私たちは今年、世界中で延べ26頭のG1馬を出しました。2018年は30頭でしたが、レースの質は今年ほど高くありませんでした。そしてもうひとつ、自家生産馬という側面でとても喜ばしかったです。これらのG1馬の実頭数は18頭、うち15頭が自家生産馬であり、4頭をのぞいてすべての父がダーレーの種牡馬でした」。
つねにこのような状況だったわけではない。2000年代初めにはモールトン調教場は2歳馬を本格的に受け入れるようになっていたが、トップクラスの自家生産馬の不足がゴドルフィンを悩ませるようになっていた。モールトン調教場の期待馬は結果を出せずにいた。ダーレーの種牡馬群にはいつも最も人気のある若い有望種牡馬がいたので、これは不可解な苦境だった。
1980年代半ば以降、トップクラスの競走馬が次々と引退してダーレーのダーラムホールスタッド(ニューマーケット)で種牡馬入りした。モハメド殿下の最高レベルの競走馬と一緒に供用するために、ダンシングブレーヴ、マキャベリアン、リファレンスポイントなどが獲得されたとき、ダーレーの種牡馬群が欧州で支配的な力を持つのは必然であると思われた。
しかしそうはならなかった。1980年代に5年間にわたってカリド・アブドゥラ殿下の生産事業体ジャドモントファームの基礎を築いたジェームズ・デラフーク氏が主張したように、トップクラスの自家生産馬をつくり出すには種牡馬の力がまず間違いなく最も重要な要素である。種牡馬の力が不足していることは暗闇の中を歩くのと同じようなものである。
クールモアの種牡馬をひいきにしたりそれらの種牡馬の産駒をセリで購買したりすることをモハメド殿下がボイコットし始めた2005年から、その歩みはより危ういものとなった。当時、クールモアのサドラーズウェルズは24歳もの高齢にもかかわらず最大の権力を誇っていた。しかしそのボイコットによるいっそう深刻な余波は、ガリレオがいずれはサドラーズウェルズの後継種牡馬としての地位を確立しようとしていたという事実だった。
ボイコットの年、ガリレオの2歳となった初年度産駒がデビューしていたが、世間を驚かせるような存在ではなかった。もちろん状況はすぐ変化することになるが、そのときにもう運命は決まっていたのである。12年間続いた冷戦状態は、モハメド殿下の膨大な生産プログラムに計り知れないダメージを与えた。
ダーラムホールスタッドの牧場・種牡馬・生産担当部長であるリアム・オールークはこう振り返った。「ガリレオにアクセスできなかった時期があり、あの頃はたしかに大変でした。その困難な状況はいろいろ書き立てられましたし統計データでも明らかです。しかし、長いあいだゲームに参加してきて思い知らされたのです」。
それでは何が変わったのか?それらの比較的実を結ばなかった年月はダーレーの主要人物たちに大いに内省を促したが、馬の育成に関しては何十年も前から変わらぬ原理が今日まで貫かれている。
アイルランドはゴドルフィンの育成ポリシーが実施されている中心地である。ホワイトロッジスタッド(ニューマーケット近郊)で毎年育成される34頭の若馬を除けば、欧州で産まれた自家生産馬はすべて離乳後にアイルランドに向かう。
オールークはこう語った。「英国には約3,000エーカーの土地がありますが、アイルランドにはそれ以上の土地があります。アイルランド外で産まれた馬は離乳してから6週間~10週間後にアイルランドに向かいます。到着すれば1歳時のトレーニングを開始するまでそのまま同じ牧場に滞在します」。
アップルビーの成功にドバウィが貢献したことは別の指標で判断できる。2013年以降、ドバウィ産駒がどんどんモールトン調教場に送られてきているのだ。アップルビーは初めて調教師免許を取得したこの年、英国で131頭を出走させ、そのうち14頭がドバウィ産駒だった。4年後の2017年には、出走馬140頭のうちドバウィ産駒は47頭に上り割合は上昇した。今年はその数字がさらに膨らんだ。11月20日までにアップルビーが管理したドバウィ産駒は出走馬131頭中62頭で、これは全管理馬の50%近くに相当する。
これらの数字からゴドルフィンがドバウィに自由にアクセスしていることは明らかだ。クールモアがガリレオに最適な繁殖牝馬を評価するうえで毎年多数の産駒を出していることが役立ったように、ゴドルフィンとドバウィにもちょうど同じことが言える。
ゴドルフィン・アイルランドの社長であるジョー・オズボーンやキルダンガンスタッドの場長であるジミー・ハイランドとともに、オールークはゴドルフィンの繁殖牝馬群のための種付計画の作成に中心的に関わっている。
「現在、ドバウィに合う牝馬のタイプがかなり分かってきました。私たちは恵まれています。なぜなら彼はノーザンダンサー系の牝馬ととても相性が良いからです。彼に小柄な牝馬を送るのを敬遠しがちです。必ずしも大きな牝馬でなくても良いのですが、体高16ハンド(約163 cm)前後の牝馬を送るようにしています」。
オールークは典型的なドバウィ産駒というものは存在しないと述べた。
「ドバウィはいつも大きな産駒を送り出すわけではありませんが、彼の場合、大きさは関係ありません。鉄則などはありませんね。さまざまな体格や大きさのドバウィ産駒がいて、5ハロン(約1000m)から2マイル(約3200m)まで走ることができます」。
「個人的には、彼がダービー馬を送り出すのを見たいと思っています。それは彼の経歴で欠けているものですが、まだ書きかえられるかもしれません。少し前には彼は2歳のG1馬を送り出していないと言われていましたが、ロンドンバスのように不規則に現れるようになり、今では何頭も送り出していますよ」。
今年も素晴らしい成績を収めたにもかかわらず、ドバウィは今まで何度も経験したように英国サイアーズランキングで2位どまりだった。皮肉なことに、アップルビーが2021年に最多賞金を獲得したフランケル産駒2頭を手掛けたことが、フランケルがドバウィを超越するのに大きく貢献した。それは英ダービー(G1)とキングジョージ6世&クイーンエリザベスS(G1)を制したアダイヤーと、愛ダービー(G1)と英セントレジャーS(G1)を制したハリケーンレーンである。ハリケーンレーンは1歳のときに20万ギニー(約3,150万円)で購買されていた。
ドバウィが英国サイアーズランキングの頂点に立つかどうかはまだわからない。しかしガリレオが7月に死んだことで、ドバウィが来年以降に種付けして生まれるどの産駒も、ガリレオが残した産駒と競うことはない。
1月1日に20歳となるドバウィはきわめて良好な健康状態にあると言われている。
アンダーソンは、「ドバウィはとても元気です。リアムもそのチームも彼の食欲と仕事への熱意に驚かされっぱなしです。時間は経過していき、彼は年を取っていきますが、幸いなことに衰えているという明らかな兆候は見られません。全盛期には年間150頭以上に種付けをしていましたが、今はそれをわずかに下回るだけです」と語った。
ドバウィはまだかなり活躍できそうだが、年齢が上がってきたことで後継種牡馬探しが始まっている。有利な立場にいるのは産駒のナイトオブサンダーである。ダーレーにおけるこの馬の種付料は父の種付料と同じように推移している。
ドバウィは最初からずっと順風満帆だったわけではない。2006年に種付料2万5,000ポンド(約375万円)で種牡馬生活をスタートしたが、初年度産駒がまだデビューしていない2009年には種付料が1万5,000ポンド(約225万円)まで低下した。しかし産駒がデビューし始めると彼の種付料は少しずつ上がり、2014年に6ケタ(10万ポンド以上)に到達した。その後は天井知らずだった。2017年からは25万ポンド(約3,750万円)で供用されている。
一方、ナイトオブサンダーは2016年に種付料3万ユーロ(約390万円)で種牡馬生活をスタートしたが、2年後には1万5,000ポンド(約225万円)まで落ち込んだ。その後、2歳となった初年度産駒のおかげで種付料は2万5,000ユーロ(約325万円)に引き上げられ、今年は7万5,000ユーロ(約975万円)に急上昇した。彼は今や、より質の高い現在集めている繁殖牝馬の援助で初期に受けた期待に応えていく必要がある。2021年に送り出した2頭のG1馬は、彼の勢いを維持させることになるだろう。
しかしゴドルフィンの自家生産馬が優れているのは、種牡馬の力のおかげだけではない。アップルビーの数字にも変化が起きている。彼がモールトン調教場を引き継いでから、管理馬は大幅に増加した。就任1年目の2013年の最後の9ヵ月間に、英国で304頭を出走させた。それが2014年には549頭、2015年には663頭に増えた。そして、彼は管理馬を整理した。
2016年に出走頭数は331頭にまで減少したが、その後は比較的安定した頭数を保っている。そのときが転換点となって、彼のキャリアグラフは上昇しだした。より少ない出走頭数ではるかに大きな成果をあげていることは、それ自体がためになる教訓である。
ゴドルフィンはほぼ同時期に、繁殖牝馬に対する選抜プログラムを強化し、セリで購買する1歳馬の頭数を削減した。
オールークはこう語った。「頭数を抑えるようにしました。今年は過去数年間よりも多くの繁殖牝馬を売却しています。それほど多くの頭数ではありませんが、量を減らして質を高めていくようにしています。また、以前のようにたくさんの1歳馬を購買していないと言ってもいいでしょう。自家生産馬にずっと大きく依存しており、彼らはこのチャレンジに応えてくれています」。
ゴドルフィンが自家生産馬で近年利益をあげられるようになった要因はもう1つある。アップルビーはここ数年、セリでのゴドルフィンの購買担当者との関わりを深めてきた。アンソニー・ストラウドやデヴィッド・ロダー、そして彼らを補佐する人々と一緒にセリ会場を徹底的に見て回っている。オールークは、アップルビーのセリへの参加が1つの財産になっていると断言している。
「それが大きな変化をもたらしたのです。ゴドルフィンには優れた購買チームがいますが、チャーリーの関与は大きいですね」。
オールークの証言は、アップルビーが比較的短期間でどれほど進歩したかを強調するものである。彼が10年足らず前にモールトン調教場の舵取りを始めたとき、審判は下されていなかった。
アンダーソンは「チャーリーを起用したのは、思い切った決断だったのだろうか?」と大きな声で自問し、「そうだったと思いますよ。12年前にチャーリーが遠征担当厩務員長だったころ、彼が世界最高のトレーナーになると思ったでしょうか?おそらくそうは思えなかったでしょうけど、彼は自らを批判していた人たちをうろたえさせてしまいました」と語った。
「チャーリーは世界中で管理馬を適切なレースに出走させることにとりわけ優れています。そのうえ彼は人の扱いが上手な経営者です。とても大きな事業体を運営しているのでそれは非常に重要なことです。誰もできるとは思えないような方法で、状況を好転させてきたのです」。
アップルビーの就任は、1つの卓越した事業体を創造すべくダーレーとゴドルフィンを合併させるためにアンダーソンが昇進した時期とほぼ重なっていた。ゴドルフィンが前任の調教師マフムード・アル・ザルーニが犯したステロイドにまつわる不祥事に動揺していた時期に、アンダーソンはその責任を担ったのである。ゴドルフィンの運気が変化したのは主に自家生産馬のおかげであり、それには目を見張るものがあった。
アンダーソンはこう振り返る。「なぜもっと成功しないのか、私たちは長いあいだ懸命に考えていました。最近では種牡馬も繁殖牝馬も質が向上しています。それに素晴らしい腕前を持ち頭角を現してきたトレーナーに思いがけなく出会えました。これらは10年前の私たちと比べて明らかな違いです」。
また、オールークはこの10年間で重視する点が変化したことについても言及する。
「時が経てば、新しい人が現れ、状況が変わります。私たちはさまざまなアプローチを試してきました。それがとても素晴らしい利益をもたらしました。今ではドバウィをよく使うようになりました。繁殖牝馬群の中にはとても優秀な牝馬がいて、彼との相性が抜群なのです」。
問題はゴドルフィンがアンコールの求めに応じて何をするかということだ。その点では、現れている兆しは幸先が良さそうである。アップルビーはレーシングポストレーティング(RPR)でトップ50に入る5頭の2歳馬を管理している。その筆頭が来年の英2000ギニー(G1)の最有力候補となっている無敗のネイティヴトレイルである。ネイティヴトレイルとハフィットは1歳のときに購買したが、ほかの3頭、コロイボス、ゴールドスパー、モダンゲームズはすべてドバウィを父とする自家生産馬である。
アンダーソンは高いハードルを設定してこう語った。「実際には、ここにあるもの、つまり施設の質・種馬場・馬・モハメド殿下の競馬への格別の思いなどを考えれば、私たちの本来到達すべきレベルはきまってくるのです。素晴らしいシーズンでしたが、きちんとそれを裏付ける必要があるということです。それが私たちの維持しようとしている価値観なのです」。
「5年前にはこれとはかけ離れていましたが、現在あるべき姿になっています。モハメド殿下が何十年にもわたって貢献してきたことを考えればこれがふさわしいのですが、ほかのスポーツと同様、過去の栄光に甘んじることはできません。このゲームでは毎年終わりが来ればゼロに戻ってしまうのですから」。
By Julian Muscat
(1ポンド=約150円)
[Racing Post 2021年11月24日「'Godolphin's homebred renaissance? There are two factors - Appleby and Dubawi'」]