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2019年08月21日  - No.8 - 5

騎手が現役を長く続けられるのはなぜか?(イギリス)【その他】


 「引退」はスポーツ界において、しばしば扱いにくいテーマである。あるスポーツ選手が全盛期を過ぎたことを誰も最初に指摘したくないものだ。多くの選手はその引き際に関しては自分の思うようにしたいと思っている。サッカー、テニス、クリケット、ゴルフ、さらにはスヌーカー(ビリヤードの一形態)であろうと、30代もしくは40代前半が引退の潮時だと感じる時期だと、一般的に考えられている。それでは、騎手に関してこの引退の潮時だとされる年齢層がかなり引き上げられるのはなぜなのだろうか?

 フランキー・デットーリ騎手は2019年平地シーズンにおいて、見出しを独占するほどの快進撃を果たしている。しかし、48歳の傑出した騎手が寄る年波にもかかわらず頂点で活躍していることは、競馬界においては目新しい現象ではない。歴史的名手のレスター・ピゴット氏とビル・シューメイカー氏が最後に勝利を挙げたのはいずれも58歳だった。

 "ビッグマネー"の異名をとるマイク・スミス騎手も武豊騎手も今年、50代でありながらもG1優勝を果たしている。一方それよりも地味なレベルであるが、65歳のペリー・オウツ(Perry Ouzts)騎手が今年の49勝を含め、1973年の初勝利以来通算7,000勝を達成した。

 したがって現在も騎乗を続けるベテランジョッキー、ジョン・イーガン騎手、ジェラルド・モッセ騎手、ナイオール・マカラ(Niall McCullagh)騎手に触れるまでもなく、このような例は枚挙にいとまがない。それゆえ、なぜ騎手はそれほど長く現役を続けられるのか?という疑問が投げかけられる。

騎手にとって体力はどれほど重要なのだろうか?

 競馬は体力を使うスポーツである。しかしほぼ確実に、ラグビー・サッカー・クリケットのようなスポーツのほうが肉体的適応力を重要視する。2月のシックス・ネイションズ(欧州の6つの国・地域が参加する国際ラグビー大会)の前に、スコットランドのラグビーチームの一員は、「どう猛な肉体こそが結果のベースとなる」と明言した。競馬において「レースで結果を出すのに肉体こそが極めて重要な要素だ」と強調されることはめったにない。

 騎手という職業には"重くて気まぐれな馬のコントロール"と"不可避の落馬"がつきものなので、ある種の肉体的適応力が要求されることは明らかである。しかしイーガン騎手が「私たちは皆、肉体的に適応している」と言うとおり、それは現代の騎手に当然の資質として備わったものである。

 しかし、数分間のレース騎乗に適応する肉体と、90分間の試合で激しく走ってぶつかり合うのにふさわしい肉体がある。クリケットやスヌーカーなどのスポーツで不可欠とされる"目と手の協調関係(hand-eye coordination)"のようにそれぞれのスポーツで要求される肉体的強みは比較しがたい。それでも、競馬とその他のスポーツの間で重要とされる肉体的適応力が異なることは、騎手の長い現役生活を説明するのにある程度役立つように思われる。

 肉体的適応力に関連して、"自分の意思で引退する"というフレーズを言い残すスポーツマンの引退には自尊心が1つの要素となっているのかもしれない。ピート・サンプラス(Pete Sampras)氏(元プロテニス選手)や最近ではピーター・クラウチ(Peter Crouch)氏(元サッカー選手)によってこのフレーズが使われた。アンドリュー・ソーントン(Andrew Thornton)氏(元障害騎手)は昨年45歳で引退するときにそのようにほのめかしたが、騎手についてはそのような感情は遅めに湧いてくることを示しているのかもしれない。

 たとえばプロサッカー選手協会(Professional Footballers Association)によると、サッカー選手の平均引退年齢は35歳であり、そのことはサッカーへの肉体的適応力がどのようなものかを示している。米国ではプロのスポーツ選手は33歳、アメリカンフットボールの選手はさらに若い28歳である。

騎手が現役を続ける原動力は何か?

 クラシック競走を制したイーガン騎手(51歳)は、騎手が年齢を理由に引退を決意することは稀だと考えている。

 同騎手は、「長く騎乗するほど経験を積み重ねて腕が上がります。得意なことがあるのに、なぜそれをやめたいと思うのでしょうか?そのことに熱中して、まだ上手くできるという自信があるならば、なおさら意欲を持ち続けます」と語った。

 そして、「大半の騎手は、自信を喪失して引退します」と付け加えた。

 自信というものが"怪我"や"失敗の恐れ"により左右されるかどうかについては、議論の余地がある。ただ、それは騎手に限った話ではない。スヌーカーの偉大なプレーヤー、スティーヴン・ヘンドリー(Stephen Hendry)氏は、悪魔が心に棲みつき43歳でスヌーカーをやめるように強制したと述べた。

 スヌーカーをプレーすることは肉体的にそれほどこたえるものではない。それでも、このゲームのプレーヤーが騎手よりも若くして引退することは珍しくない。"かなりの勝率を誇っていたヘンドリー氏のような名プレーヤーは、腕が衰えて負けが込んでくるとその状況に対処できなくなる"というのが論理的な説明の1つだろう。騎手は負けるのが当たり前の環境で力をつけていく。そのため、負けることへの恐怖が大きな影響をもたらすことはなさそうだ。

 障害競走の騎手の現役生活は、平地競走ほど長くない傾向にある。怪我のリスクが大きく高まるからである。しかし、リチャード・ジョンソン騎手は42歳の誕生日(7月21日)を目前に控えた今も、絶頂期にあり続けている。この一流騎手には障害競走でやり残した偉業はほとんどないが、次のレースで勝利を挙げる快感を味わうことが現役を続ける大きな理由となっている。

 ジョンソン騎手はこう語った。「騎手は皆、できるかぎり長く乗りたいと考えています。3月のサウスウェルであろうとチェルトナムであろうと、勝利を挙げることには興奮や快感があるので、乗り続けているのです」。

 「私たちが騎乗を続けるのは、生計を立てるためでもありますが、つまらない作業よりもやりたい仕事であることが確かだからです。私にとっては大好きな仕事ですし、引退したらきちんとした職を得なければなりませんので、できるだけ長く騎手をやりたいと思っています」。

騎手はどのように体調管理しているのか?

 チームスポーツにおいては、マネージャーやコーチがシーズンのクライマックスまでフレッシュな雰囲気を保つための選択肢の1つとして、選手を交代させる。しかし、個人競技者である騎手には、自らのために賞金を稼いでくれる騎手に代理で騎乗してもらうような贅沢は許されない。競馬日程もシーズンごとというよりも、むしろ短いオフシーズンがついた不休の騎乗期間で定められている。

 ある騎手は乗鞍を絞っている。それはフランキー・デットーリ騎手だ。エージェントのレイ・コクレーン(Ray Cochrane)氏は、イタリア出身のカリスマ騎手に現役を長く続けさせることを意識した措置であると説明した。そして、「優秀な馬に乗るときはいつでも、疲労のない万全な状態で臨んでもらいたいと考えています」と語った。

 デットーリ騎手の今夏の驚くべき数々のG1勝利は、同騎手が最高レベルに長く留まり続けていることを示している。そしてこれはよく検討されたスケジュールから導かれた結果である。同騎手は今年英国においてニューマーケットのジュライ開催終了までに139鞍に騎乗したが、月曜日は0回、火曜日はロイヤルアスコット開催を除きほんのわずか、日曜日は英1000ギニー施行日に3回騎乗しただけである。おそらくデットーリ騎手は普通の人間と同様に月曜の早起きを嫌っているのだろう。だが、そのトレードマークであるフライングディスマウントを飛ぶのにふさわしい日に、能力が発揮できるように備えるための戦略であるようだ。

 2013年にトレヴが凱旋門賞(G1)に初挑戦するとき、デットーリ騎手は怪我のために騎乗の機会を奪われた。コクレーン氏は、大規模な開催以外での乗鞍を大きく減らす決定は、このような怪我のリスクを減らすためでもあると述べた。

 そして同氏はこう語った。「彼は週6日毎日5時間をかけて移動することはありません。週に7日競馬があるからというだけで、無理に騎乗しなければならないということはありません。また、ジョン・ゴスデン調教師は彼をいつどこで起用するかを心得ています」。

 デットーリ騎手が2歳馬への騎乗も近年減らしているのも、コクレーン氏によれば偶然ではない。「ビッグレースの日に、元気で、体調が良く、怪我をしていないことのほうが重要です」と同氏は述べた。

 ジョンソン騎手は、現役を長く続けようとしている騎手たちにとって、メディカルサポートの提供が大きな後押しとなっていると強調した。近年では多くの障害騎手が40代になっても騎乗していることは注目に値する。20年前にはこのような考え自体が思いもよらないことだったはずである。

 同騎手はこう語った。「騎手は精神的にも肉体的にもより良く管理されています。競馬場では毎日のように理学療法士が待機しています。これは騎手協会が私たちのために準備したものです。栄養摂取、メンタルヘルス、その他どんなことでもあっても、私たちにとって素晴らしいサポートシステムが用意されています。騎手たちは以前よりも騎乗するのにふさわしい体となり、健康になっています」。

経験は貴重な必需品か?

 他のスポーツにおいて選手が年を取っているということは、敵が付け込める弱みとして見られる。しかしイーガン騎手は、騎手は遅くにピークを迎えると主張し、経験こそが貴重な必需品であると述べる。

 同騎手はこう語った。「騎手のピークはだいたい38歳だと考えており、それについては確信しています。競馬では、毎日何かを学びます。今朝も調教で騎乗し、これまで全く知らなかったことを学びました。経験には勝てません」。

 「年齢とともにすべてが大切になります。体をより良く鍛え、バランスの取れた食事をし、早く寝るようにして、体調を整え、経験を積むことです」。

 ペースを適切に判断して、馬場状態に素早く対応することにより、何とかして癖のある騎乗馬の才能を最大限に引き出そうとすることも経験となる。障害騎手は経験によって、自らを防衛することの重要性を知り、馬に障害を飛越させる能力を高めるのかもしれない。

 経験が貴重な必需品であることが本当だとすれば、騎手が他のスポーツ選手よりも長く現役を続けられる理由について説明するのに役立つだろう。怪力や猛スピードが何よりも必要とされるスポーツでないかぎり、明晰な頭脳は肉体の衰えを埋め合わせる以上のものがある。

それでどのような結論が導きだされたのか?

 とりわけ負けることが主要部分を占める競馬というスポーツにおいて、勝馬に乗ることにはいつも期待を抱かせられるものである。そして勝ちたいという意欲こそが、多くの騎手にとって他のスポーツよりもずっと長く戦わせる原動力となっているのは明らかである。

 つねに勝利を挙げられる他のスポーツでは、選手は肉体が衰えて負けが重なると極めて厳しいことのように考えるのかもしれない。一方、騎手にとっては経験が肉体的衰えを補ってくれるようである。他のスポーツでプロとして戦うために必要とされる肉体的適応力もさまざまである。

 競馬には多大な危険性が付きものであり、自己防衛という考え方は競馬とは結び付きにくいように思われる。しかし、多くの隠れた危険を経験することから学ぼうとするのは、ベテラン騎手にとって独自の自己防衛策として役立つようだ。それに、スケジュールと騎乗機会を慎重に検討することは、デットーリ騎手のような経歴の騎手がとることのできる選択肢となる。

 必要とされて、衰える気配がなく才能を持続させていれば、騎手にとって現役を続行することは極めて簡単なように思われる。

By Matt Butler

[Racing Post 2019年7月19日「Why are jockeys able to compete professionally for so long?」]


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