薬物問題では、英国としてもやるべきことが沢山ある(イギリス)【獣医・診療】
ちょうど英国で“薬物スキャンダルの夏”として幕が下ろされた後に、ブリーダーズカップ協会が2歳競走における競走当日のラシックス使用禁止を撤回したことに英国のホースマンは狼狽の色を隠せないでいる。
英国ではこれについての賛否は非常に複雑であり、その賛否は、(1) 競走能力向上、(2) 馬の愛護、(3) 馬生産の健全性全般を中心に展開しているが、(2) と (3) に関して、英国が調教中の治療薬物使用に寛容であることは競走当日のゼロ・トレランス主義(ゼロ以外は陽性)と相反している。
英国は競走当日薬物使用を禁止することで国際的に高い水準を設けた。それは確かにその通りだが、米国人は、調教師が仕上げ段階で使用する薬物に関して英国は偽善的態度を取っていると感じ、ますます不満を募らせている。
アニマルキングダム(Animal Kingdom)を管理した英国生まれのグラハム・モーション(Graham Motion)調教師は、8月27日付の本紙でこのことをそれとなく語った。英国の調教師は、調教中であればルール違反に問われずにラシックスを使用できる。それゆえ、英国は薬物なしのユートピアではない。
モーション調教師のコメントは的を射ている。英国の調教師が調教中に使用できる薬物はラシックスに限らず、日常的に無数の薬物が使用される可能性がある。このことは多くの人々を驚かせるかもしれないが、英国の薬物使用に対する立場においてカギとなる言葉は“競走当日”である。
調教中薬物検査プログラムの一環として昨年実施された700件の薬物検査がどうだったかを尋ねる者がいるかもしれないが、1件も陽性反応は出なかった。それは、調教中薬物検査が競走当日の薬物検査とは全く異なるからである。
BHA(英国競馬統轄機構)の薬物検査員は調教中薬物検査の際、特にアナボリック・ステロイドのような競走能力向上薬を検出しようとしている。サンプル(検体)には他の禁止薬物が存在しているかもしれないが、その存在は調教中においてはルール違反にならない。
したがってBHAのウェブサイトには、調教師が“毎日の調教で合法治療薬として使う”32品目の“体内残留期間”一覧が掲載されている。これは、競走当日の陽性反応を回避するのに役立っている。
この一覧には、よくある病気の治療により馬の体調を最適化することで競走能力を向上させる、コルチコステロイド、抗炎症剤および鎮痛剤などの一連の薬物が載っている。これはまさに、大半のアメリカ人がラシックスに期待している効果である。
英国では確かにこのような薬物の競走当日における使用が禁止されているが、一皮むけば、英国の調教師も米国の調教師と同様の問題で頭が一杯になっており、レースへの出走に向けて同様の薬物を使用しているのが実態である。しかしどこで調教されようと、サラブレッドは脆弱な動物なのである。
英国の薬物方針のもう1つの満足できない側面が、最近のマームード・アル・ザルーニ(Mahmood Al Zarooni)調教師とサンゲート使用にまつわるスキャンダルで表面化した。たとえば、アナボリック・ステロイドの使用は厳格に禁じられているが、ルールには実質的な強制力はない。なぜなら、馬への薬物投与を望む調教師は、その馬をBHAが認可する厩舎から他の民間の施設に移動させることができるからである。そうすれば、馬は検査員の法的影響力から逃れることができる。
またこのことは、英国には本当の意味での調教中薬物検査のシステムはないことを意味している。調教中検査は本来、検査員がいつでも馬を検査することができるものである。しかし、競馬界は、抜き打ち検査のときだけ他のスポーツと同様いかなる場所でも薬物検査を実施できるというのが実態である。
また、BHAの薬物使用ルールもあるべき効果を発揮できていない。獣医師からサンゲートによる治療を受けた9人の調教師に処分を科せなかったことがそのことを示している。BHAの法的根拠が疑わしいことで、BHAの理事は処分を科したくても実際には進めることはできなかった。そして、もっとしっかりした法的枠組みがあれば行えたであろうような、彼らの望む形の結果とはならなかった。
突き詰めれば、薬物検査プログラムを監視することが最も重要であるが、最近のスキャンダルは、英国も効果的な取締りによってきちんとした監視を行うことができていないという不快感を残した。こうした薬物検査プログラム全般の本質的欠陥は、米国で生じている“英国人が我々を非難する筋合いはない”という意見を勢いづけてしまった。
BHAのCEOポール・ビター(Paul Bittar)氏の薬物検査プログラムの財源増加への要請は、直ちに聞き入れられるべきである。最近の予算削減は、不正者の追求の弱体化に寄与しただけである。IFHA(国際競馬統轄機関連盟)の2011年禁止薬物報告(2011 Report on Prohibited Substances)によれば、英国は現在、米国やフランスに比べ1レースあたりではるかに少ない頭数にしか薬物検査を実施しておらず、毎年採取されるサンプル数は施行されるレースより少ない。
また英国は、他のほとんどの主要競馬国よりも一貫して競走後薬物検査の陽性率が低い。しかし問題は、英国における調教中の薬物使用への寛容さや効果的な調教中薬物検査の欠如、およびステロイド使用に関する頼りないルールが、国際舞台で精神的な優位に立つことを可能にするかどうかという点である。英国競馬には誇るべきものがあるとしても、やるべきことも沢山ある。
By Julian Muscat
[Racing Post 2013年8月28日「Britain not immune when it comes to drug issue」]