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2011年03月25日  - No.6 - 5

伝統ある牧場を買収して進めてきたアガ・カーン殿下の生産事業(フランス)【生産】


[アガ・カーン(Aga Khan)殿下の50年にわたるサラブレッド競馬と生産を記念し発行された新刊本からの引用をまとめると、同殿下がデュプレ、ブーサックおよびラガルデールの3つの牧場の買収を行った考え方が浮き彫りになる]

デュプレ一族の牧場の買収

 デュプレ一族(Dupres)は1960年代と1970年代、フランスに有力な競馬と生産の拠点を所有していました。彼らはクラシック勝馬を次々と輩出していました。

 フランソワ・デュプレ(François Dupré)氏が亡くなったときに、牧場運営はデュプレ夫人にゆだねられました。私はその頃、デュプレ一族のサラブレッド生産事業が段階的に勢いを失っていくのを目の当たりにしました。私は、この衰退傾向の原因がわかり、生産やその他の分野において間違っていると思われる決定を特定できたと思いました。そして問題のある理由がわかっていたので、その牧場を買収することに決めました。

 私は、デュプレ一族のサラブレッド生産について深く知るフランソワ・マテ(François Mathet)調教師とこの牧場運営について深く話し合ったことを思い出します。同調教師は、「あなたは買収を行うべきではありません。あなたはなぜ自身の牧場経営が軌道に乗っているときに衰退している牧場を買おうとするのですか。そうする必要などありません」と語りました。

 私は彼にこう言ったのを覚えています。「私は新しい血統を投入する必要があると考えています。あなたはデュプレ一族の馬の血統について誰よりもよくご存じでしょう。もしこれらが私の管理下にあれば、あなたは、これまでに精通した血統と同じ血統の馬を調教し続けることができるでしょう。もし牧場運営の基本にかかわる部分の問題を是正することができれば、私は以前デュプレ一族が全盛期に有していたレベルのサラブレッドをあなたに与えることができるでしょう」。そして買収後1年目に、私たちはフランスダービー(G1)とリュパン賞(G1)を制したトップヴィル(Top Ville)を所有する幸運に恵まれました。

ブーサック一族の牧場の買収

 ブーサック氏の生産事業の買収が可能になったとき、それはフランスの管財人の手にありました。私はそれまで、ブーサック氏が運営していたサラブレッド生産事業も牧場も見たことはなく、またときどき出走しているのを見掛ける以外はどの生産馬も見たことがありませんでした。私は独特の会計形式を導入していたので、生涯の一定時点での馬の価格をよく知っており、支払うべき適切な価格を決定することができました。そして、生産事業全体を繁栄していた頃のレベルに早く戻すことができれば結果がどのようになるかを判断することができました。

 私は、マルセル・ブーサック(Marcel Boussac)氏が財源不足のために生産事業を抑制していたことを知っていました。それゆえ彼は、繁殖牝馬に自身が所有する種牡馬のみで種付けしていました。一方競走生活を終えたあと繁殖用として牧場に戻す牝馬を減らしていったため、不幸にも悪循環に陥ってしまいました。

 しかし同氏が有していた血統は傑出したものであり、その素晴らしさは長年にわたり存続しました。私は、ブーサック氏が自身の持っている血統以外の種牡馬で種付けしたときにしばしば良い馬を作っていたことに気付いていました。彼が直面していた経済的な危機が、生産事業の損害の原因であると知っていました。もし私がそれを変えることが出来たなら、私は高い確率でそれらの血統を取り戻すことができたでしょう。

 私は管財人と交渉し、彼らはかつて閉鎖された事業の再開を望んでいたので、私の提案を受け入れました。その段階では、市場における魅力が限られていましたので、ブーサック氏のサラブレッドに商業的価値をつけることは大変困難でした。事業獲得資金を都合するために、私はサラブレッド生産事業のための現金を作り出す決断を下しました。例えばブラッシンググルーム(Blushing Groom)を米国の牧場に売り、その後シャーガー(Shergar)についてはシンジケートを組みました。

ラガルデ−ル一族の牧場の買収

 ジャン=リュック・ラガルデール(Jean-Luc Lagardère)氏の生産事業の場合は、私は自分の生産事業とは全く正反対の生産事業を買収しました。

 ラガルデール氏はリナミックス(Linamix)という種牡馬を持っており、この馬に本当に熱心で、同馬のために繁殖牝馬を買い揃えていました。同氏はこの1頭の種牡馬を中心に生産事業を確立しており、これは私が決して試みないやり方です。実際私たちは全く正反対でした。私は同じ種牡馬のもとに12頭から15頭の繁殖牝馬を送るなどということは決してしないと決めていました。ラガルデール氏は、1頭の種牡馬のために世界中から繁殖牝馬を買い集めていました。

そして同氏は同じ繁殖牝馬を2年、3年、4年連続でリナミックスのもとに送っていました。自身の生産事業全体でリナミックスの血統を保持し続け、生産において私たちが想像したことのないレベルのリスクをとっていました。しかし彼はそれをやってのけ、機能させました。私たちは、リナミックスが素晴らしい競走馬を生産するだけでなく繁殖牝馬の父としても優れていることを発見しました。ラガルデ−ル氏のこの馬に対する信頼は、やがて証明されました。

 同氏は、“血統的に次世代への影響力が強い種牡馬(chef de race)”という考え方を私たちほど実践しませんでしたが、非常に独特でクリエイティブな方法で取り組みました。

サラブレッドをグループで購入する理由

 私の父あるいは父の馬を管理していたアレック・ヘッド(Alec Head)調教師に聞いた話の1つは、生産事業においては自身の所有する繁殖牝馬の顔ぶれをつねに変え続ける必要があるということでした。生産事業においてはある一定の時期に、それが牡馬であれ牝馬であれ、同系統の馬ばかりという罠に陥ると、事業がうまく機能しなくなります。

 私は、セリで馬を個別に購入するとき、とりわけ牡馬を購入するときのリスクが非常に高いことを実感しました。私は、現在の生産事業においては新しい血統を追加するためこの方法で購入しましたが、セリで牝馬を購買することについては慎重になりました。

 3歳で競走生活を終えた牝馬を購買したとします。彼女はどのような仔馬を生むでしょうか。能力のある仔馬を生むでしょうか。また1頭の牡馬を購買したとしても、良い競走成績を残さないかもしれません。セリに行くことで学ぶことがある一方、自身で行っている生産事業から輩出される競走馬を観察することからも学ぶことができます。私は毎年競馬場で馬を見てきており、馬についてはセリカタログで見るよりも多くのことを知っていると思います。観察を通じて生産事業を良く理解できると私は確信しており、とりわけ同じ所有者の下で長期間にわたって運営されてきたものであればなおさらです。

 たとえ衰退傾向にある事業体であったとしてもその減速の理由がわかっているのであれば、セリで個別の馬を購買するよりも事業体全体を買収するほうが良いと、私は結論付けました。

 デュプレ、ブーサックおよびラガルデールの3つの生産事業の買収の際には、私たちが持つ血統と彼らが持つ血統の適合性を判定することができました。これらの因子を評価することにより、生産の観点から私たちが持つべき関心の度合いを確立することができました。もしただ単に同じ血統を加えるだけであったり、一定のファミリーに多くの同系交配を生じさせるだけであるならば、それを検討する意味はありません。

 本当に驚くべきことに、デュプレ、ブーサックおよびラガルデ−ルの3つの事業のすべてがまったく私たちの持つ血統と相性が良く、私たちは同じファミリーに次から次へと個別の馬を加える必要がなくなりました。それらの馬は相性は良いが全く同じものではなかったのです。

 時間とともに、私は競走成績全体にある種の安定性を与えるために、繁殖牝馬の理想的な数とそれに要する用地面積をはじき出そうと努めました。そして私たちが理想的であると考える繁殖牝馬の数は165頭であるという結論に達しました。

 理論上はそうですが、それは完全には実行されていません。私たちは馬の質に非常に重点を置いていましたので、デュプレ、ブーサックおよびラガルデ−ルの3つの生産事業を手に入れたあと、加わった馬とそれまでの馬の合計数を理想的な頭数までに減らすことはできませんでした。もしそうしていたら、売却すべきでない馬を売却することになっていたでしょう。ある段階においては、私たちの生産事業が理想よりも大きいことを受け入れなければなりませんでした。しかし現在は、規模をさらに大きくすることは望んでいません。

(関連記事)海外競馬ニュース2009年No.42「アガ・カーン殿下の歴史的偉業(フランス)」

[Racing Post 2011年1月28日「New Blood Old Values」]
 


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