どのレースが優良種牡馬を輩出しているか?(アメリカ)【その他】
優れたサラブレッドが優れた繁殖能力を持つと考えるのなら、優秀な競走馬が常に優秀な種牡馬になることには何の意外性もない。しかし、アメリカの種牡馬 市場においては、この考え方がさらに絞り込まれつつある。他のすべての条件が同じときに傑出した種牡馬になるチャンスが最も大きいとされるのは、大抵は ダート馬場での最高の競走馬である。
長い競走距離のG1競走を複数回制した競走馬が種牡馬として最も健闘
過去30年(1980年〜2009年)における北米一流種牡馬を調べてみると、この印象が強くなる。たった188頭の種牡馬が、この30年間にわたって 種牡馬ランキングの上位20位を占めていた。これらの種牡馬のうち106頭(56.4%)は、G1競走で少なくとも1勝あるいはそれに相当する成績を収め た馬で、81頭(43.1%)はG1競走を2勝以上している。1,000頭の米国産馬のうちたった1頭しかG1競走を制することがないことを考えると、一 流種牡馬の持つ競走レベルへの素質には明らかに高いものがある。
この調査はまた、芝馬はダート馬に比べてアメリカの種牡馬市場には適応していない傾向があるという印象も強くする。この選り抜きのグループに属する 106頭のG1馬の中では、たった26頭だけが芝の重賞競走で優勝しており、さらにそのうちの21頭は北米よりも芝競走の質が高いと考えられている欧州に おいて高い評判を得ている。この21頭のグループの大半は欧州において種牡馬として大成功を収めており、たとえ種牡馬が米国を拠点としていたとしてもその 産駒が欧州競馬の条件にいっそう適応していることが示されている。
人工馬場で最も大きな勝利を挙げた種牡馬が今後どのように活躍するかはまだ分からないが、米国の選り抜きレースの多くはダートに定着していることを考慮 すれば、彼らは人工馬場の専門馬と見なされ、種牡馬としての機会は限られたものになるだろう。このことは、サンタアニタ競馬場に続いて他の人工馬場の競馬 場がダート馬場に回帰することになれば、なおさら当てはまるだろう。
したがって米国の種牡馬候補の判断基準は、依然としてダートでのG1勝利である。しかし、すべてのG1競走が同様に優秀な種牡馬を輩出しているのだろうか。
世間一般の意見ではそうではないようである。2009年にブラッドホース誌のウェブサイト(bloodhorse.com)で実施されたインターネット 調査では、225人の回答者が、若い種牡馬の輩出に寄与するレースのタイプについて意見を寄せた。回答者の大多数は、競走距離がマイル(約1,600 m)から10ハロン(約2,000 m)のレースを挙げ、また回答者の多くは2歳馬のG1勝利や5歳以上馬のG1勝利を重視しなかった。
この調査において、メトロポリタンH(G1)ほど“種牡馬輩出レース”として人気を博したレースはなかった。このG1競走は、1973年に北米のグレー ド競走制度が開始されてから、テンタム(Tentam)、コックスリッジ(Cox’s Ridge)およびファピアーノ(Fappiano)のような非常に優れた種牡馬を輩出してきた。しかし、メトロポリタンHの勝馬がすべて同様に傑出した 種牡馬であるわけではない。1973年以降同競走で優勝した29頭の種牡馬の産駒は、全体で52.3%の勝馬率、4.5%のステークス勝馬率をもたらし、 アーニングインデックス(Average-Earnings Index: AEI)の中央値は1.49であった(統計はすべてジョッキークラブにより提供された種牡馬統計に基づいている)。
BCクラシック(G1)とトラヴァースS(G1)もまた高い評価を得て、この調査において上位5位に入った。BCクラシックは、その第1回開催である 1984年の勝馬ワイルドアゲイン(Wild Again)をはじめサンデーサイレンス、アンブライドルド(Unbridled)、エーピーインディ(A.P.Indy)などを輩出し、勢いのある種牡 馬の源としての強さを見せつけた。BCクラシックを優勝し、3歳以上の産駒を輩出している20頭の種牡馬は、勝馬率が51.1%、ステークス勝馬率が 6.7%、AEIの平均が1.69であった。トラヴァースSを優勝した30頭の種牡馬は、勝馬率が50.1%、ステークス勝馬率が4.6%、AEIの平均 が1.59であり、BCクラシックほどは健闘していない。
驚いたことに、ベルモントS(G1)とケンタッキーダービー(G1)は、“種牡馬を輩出する”と“種牡馬輩出には不適切”のいずれのカテゴリーにおいて も上位5位に入った一方、プリークネスS(G1)はどちらのカテゴリーでも言及されず、回答者の間では3冠競走について相反する評価がある。ベルモントS に関しては、その否定的な評価は12ハロン(約2,400 m)という競走距離から来ており、今日のスピード重視の市場においてこれは時代遅れと考えられている。しかし、チャンピオン馬になるためのテストは、優良 種牡馬になるためのテストとして機能していると思われる。1973年以降にベルモントSを優勝した31頭の種牡馬は、全体で勝馬率が49.8%、ステーク ス勝馬率が5.6%、AEIの平均が1.71であった。勝馬率は高くはないが、米国競馬において最も富をもたらす競走である8ハロン〜10ハロン(約 1,600 m〜2,000 m)の競走で勝つ才能とスタミナに恵まれた産駒を輩出していることで、それは埋め合わされている。
他の3冠競走はどうなのだろうか。ケンタッキーダービーを優勝した28頭の種牡馬は、全体で勝馬率が54.9%、ステークス勝馬率が6.2%、AEIの 平均が1.70であった。一方、プリークネスSを優勝した31頭の種牡馬は、勝馬率が52.5%、ステークス勝馬率が6%、AEIの平均が1.74であっ た。これらの結果から3冠競走は、米国の種牡馬市場で好まれる特長、つまり3歳シーズンの6月までにダートのトップレースに勝つ早熟性およびスピードがク ラシック競走の競走距離に耐えうるスタミナと結びついた特長、を有する馬を選定するのに役立っていることが窺える。
それでもやはり、これらの結果は多くの答えを得られない疑問を残している。たとえば、G1を制した短距離馬は種牡馬として健闘するか。あるいはメトロポ リタンH以外のG1ハンデキャップ競走や馬齢重量の競走の勝馬はどうなのか。2歳馬の競走やケンタッキーダービーのステップレースの勝馬についてはどうな のか。G1競走をなんとか1勝した馬とレベルの高い競走で複数の勝利を挙げた馬との間の違いは何なのか。
短距離馬は、昔から高い評価を得るのに苦心している。それは、1973年にグレード競走制度が始まって以来、スプリント競走がG1競走として継続的に施 行されていないことからも明らかである。1984年のBCスプリント(G1)の開設まで、米国において最も権威あるスプリント競走は、もともとG2競走の カーターHとヴォスバーグH(現在はヴォスバーグS)であった。ヴォスバーグHは、1980年に米国で初めての短距離のG1競走となり、カーターHは 1988年にそれに続いた。
これらの主要スプリント競走を優勝した種牡馬の成績は、調査で高評価を得たレースに比べると一貫して下回っており、カーターHを優勝した種牡馬は勝馬率 が55%、ステークス勝馬率が4.7%、AEIが 1.26であり、BCスプリントを優勝した種牡馬は勝馬率が52.3%、ステークス勝馬率が4.4%、AEIが 1.26であった。これらのトップスプリンターは、スプリント競走が開催日程において断然多く開催されているので、勝馬を輩出することは難しくないように 見える。しかしこの場合のステークス競走は、とりわけ重賞競走の場合には、マイル以上の競走に偏っており、短距離馬は、より実入りの良いこれらの競走で成 功するスタミナを持った産駒を輩出していない。
米国の主要ハンデキャップ競走および馬齢重量競走の優勝馬と種牡馬成績は、より混沌としている。このカテゴリーで施行されているサンタアニタH、ハリ ウッドゴールドカップ、ジョッキークラブゴールドカップおよびウッドワードSの4競走は、1973年から次々とG1競走となった。これらの競走のうち、カ リフォルニア州で施行される競走の勝馬、とりわけハリウッドゴールドカップの勝馬は地元で生産されたヒーローであり、その後カリフォルニア州で繋養される が、種付けする優良な繁殖牝馬は限られている。このことは、ハリウッドゴールドカップを優勝した種牡馬の勝馬率が47.8%、ステークス勝馬率が 3.5%、AEIが1.16という全体的な統計に反映されている。サンタアニタHは、少なくともドバイワールドカップ(G1)が創設される前は、おそらく 開催日程において優良馬を惹きつける他のトップレベルの競走と競合することが少なかったという理由で、かなり良い成果を挙げていた。サンタアニタHを優勝 した種牡馬は、勝馬率が52.9%、ステークス勝馬率が5.5%、AEIが 1.33である。これは、ジョッキークラブゴールドカップを優勝した種牡馬の統計(勝馬率48.9%、ステークス勝馬率4.1%、AEI:1.38)と勝 るとも劣らない。ウッドワードSの勝馬は、“ビッグキャップ(Big Cap)”と呼ばれるサンタアニタHほど勝馬を輩出していないが(勝馬率49.1%)、ステークス勝馬率は同じく5.5%であり、AEIの平均は1.63 でサンタアニタHを上回っている。
意外にも、1973年以来2歳馬レースの中でたった2レースしかG1競走のステータスを得ていない。それはホープフルSとシャンペンSである。BCジュ ヴェナイルと同様に、これらは優秀な種牡馬を生み出すレースとはなっていない。実際、シャンペンSを優勝した種牡馬のAEIは1.73であったが、勝馬率 は46.7%であり、ステークス勝馬率は5%であった。ホープフルSを優勝した種牡馬はそれより多くの勝馬を輩出しているが(勝馬率52.7%)、ステー クス勝馬率はわずかに下回っており(4.9%)、AEIは1.31である。BCジュヴェナイルについては、あまり傑出した種牡馬を生み出しておらず、最も 優れた種牡馬はチーフズクラウン(Chief’s Crown)、カポーティ(Capote)およびアンブライドルズソング(Unbridled’s Song)であり、このことは勝馬率が46.1%、ステークス勝馬率が4%、そしてAEIは1.32という統計に表れている。
ケンタッキーダービーのステップレースであり、以前からずっとG1であるフロリダダービー(G1)とサンタアニタダービー(G1)は、開催日程において も種牡馬を輩出するレースとしても2歳馬競走と3冠競走の中間に位置する。フロリダダービーの優勝馬は種牡馬として、勝馬率が48.9%、ステークス勝馬 率が4.8%、AEIが1.47である。一方、サンタアニタダービーの勝馬は種牡馬として、勝馬率が50.5%、ステークス勝馬率が6.1%、AEIが 1.46である。
これらのレースが種牡馬の輩出の仕方に大きな差異を生んでいる要因の1つは、これらの勝馬が複数のG1競走を優勝したことがあるかどうかである。彼ら は、優れた産駒(勝馬率50%、ステークス勝馬率4.8%、AEI:1.47)を輩出する馬として、数々の出走の中でG1競走を1度しか制していない馬 (勝馬率51.3%、ステークス勝馬率3.9%、AEI:1.18)に比べ、全体として速いトラックレコード持っている。スプリント競走と主要な2歳馬競 走の勝馬は、その競走生涯においてたった1つのG1競走しか制していないケースがほとんどで、このことによって、なぜこれらのレースが競走距離の長いレー スや3歳以上の馬を対象としたレースほど健闘していないのかについての部分的な説明が可能になる。一方3冠競走とBCクラシックの勝馬は、複数のG1競走 の勝利を手に入れる可能性が断然高く、優秀な競走馬および潜在的に優秀な種牡馬としての質を際立たせている。
このことは当然、次のような疑問を導き出す。もし馬がたった1つのG1競走を制するのなら、どの競走がベストだろうか。
一定のG1競走だけを制し他を制していない馬の頭数がいずれの場合においても非常に少ないために、これに関する結果はせいぜい仮説に過ぎないように思わ れる。しかしそうは言うものの、現在のところたった1つG1競走を制した中での最高の種牡馬は、BCスプリントのみを制した種牡馬(勝馬率54.2%、ス テークス勝馬率4.5%、AEI:1.67)、プリークネスSのみを制した種牡馬(勝馬率57.4%、ステークス勝馬率4.4%、AEI:1.36)、メ トロポリタンHのみを制した種牡馬(勝馬率51.3%、ステークス勝馬率4.1%、AEI:1.49)とされている。
これら3つのレースが実際に最高の“種牡馬輩出レース”かどうかについては、議論の余地があるが、現在あるデータに基づけば、これらの3レースは注目には値するものと思われる。
By Avalyn Hunter
[The Blood-Horse 2010年9月18日「Which Races Make Sires?」]