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2010年01月29日  - No.2 - 3

薬物と競走能力に関する調査報告(アメリカ)【獣医・診療】


フロリダ州競走馬競走能力研究所が競馬の薬物規制方針の確立に尽力

 フロリダ大学の競走馬競走能力研究所(Equine Performance Laboratory: EPL)の獣医学博士パトリック・コラハン(Patrick Colahan, D.V.M.)所長は、同研究所が発表した『競馬場で使われる一般的な薬物の効果と排泄時間(clearance times)に関する調査』は世界中の競馬産業に恩恵を与えると確信している。

 この調査の目的は、(1) 薬物が競走能力を変える可能性を検証し、(2) 特定薬物の効果が持続する時間とその強度を決定し、(3) いくつかの治療薬剤の排泄時間を特定し、(4) いくつかの薬物への閾値を設定するために競馬統轄機関が必要としている情報を提供することにある。

 調査対象となった薬物の中には、(1) 競走能力を変える可能性があるが排泄時間が把握されていない薬物、(2) 競馬統轄機関が競走馬への使用を規制することを望んでいる薬物、(3) フロリダ大学のフロリダ州競馬研究所(Florida Racing Laboratory: FRL)が検出方法を改善しつつある薬物、(4) その他規制することに重要性がある薬物や物質が含まれている。

 最近では、EPLは競馬で一般的に使用されている40以上の薬物について調査し、さらに例えばカフェインの陽性反応を示す一般的な要因にも取組んだ。また、すべての薬物はラベルに表示された用量あるいは競馬場で一般的に投与されている量のいずれかに従って投与された。


独自の調査対象

 EPLの薬物の調査対象は独自の面がある。それは、放牧され、運動を課されていない少数の非サラブレッドではなく、運動を課されている20頭の競走年齢 に達したサラブレッド群を調査対象としていることである。コラハン所長の調査対象となる馬は定期的に調教が行われているので、トレッドミルで1マイル(約 1600 m)を過度のストレスを感じることなく2分間で走ることができる。これらの馬は他の薬物に関する調査で使用される馬よりも現役競走馬に近い状態にある。

 放牧され、運動を課されていない多くの馬は競走馬と比較して、体内により多くの脂肪組織を蓄えており、その脂肪組織はいくらかの薬物を蓄えることができ る。そのため、これらの馬の薬物排泄時間は延長される。対照的に、運動を課されている馬は比較的脂肪組織が少なく、しかも心拍数と馬体の代謝が増進される ので、これらの馬の薬物排泄時間は短縮される。コラハン所長は、「調教による馬の健康状態の差は、おそらく薬物の排泄時間に差を生じるでしょう。様々な状 況の馬を評価するのではなく、運動を課されている馬を調査することが効果的な調査方法です」と述べた。

 フロリダ州議会は1995年にEPLに資金提供し、いくつかの治療薬剤の効果持続時間と排泄時間の関係を解明する任務がコラハン所長に課された。EPL の信頼できる調査結果に基づいて得られた情報を使用する競馬統轄機関は、確信を持っていくつかの治療薬剤の閾値を確立することが出来る。すなわち、競走日 の検査結果がその閾値よりも低い場合には違反なしと報告される。


フロリダ州競走馬理化学研究所の役割

 FRLは米国において正式認可を受けた4つの競走馬の薬物検査を行う研究所の1つであると同時に、国際的に正式認可を受けている分析毒物学研究所であ る。FRLは禁止薬物を検出するために検体を検査し、検出した薬物を同定(薬物名を確認)するための新たな検査方法を発展させ、分析毒物学のさまざまな分 野において研究を実施し、分析毒物学分野における化学者を育成している。FRLはまた、フロリダ、ニューハンプシャー、ケンタッキー州で、分割検体(検体 分割再検査制度に従って採取されるA検体及びB検体のこと)のA検体検査(一次検査)サービスを提供しており、カリフォルニア州とルイジアナ州を含む他の いくつかの競馬統轄機関に、B検体検査(二次検査)サービスや第三者検査サービスを提供している。

 FRLは、薬物排泄量データに基づき、血清あるいは尿サンプルから検出された薬物量から、薬物が投与された可能性のある時刻を決定する。

 FRLのリチャード・サムズ(Richard Sams, Ph.D.)所長は、研究により得られた新たな情報は出走馬を公平な競争の場(薬物の使用を前提とした同一条件)に置くためのものではなく、規制された治 療薬剤が残存していれば、検出された量がどれほど少量であろうとも否応なしに違法であると昔からみなされてきたと説明し、「それは公正についての問題で す」と語った。

 「ルールの下で、これらの薬物検出は違反にあたります。しかしホースマンたちは、短期間しか効果が続かない薬物であるため、投与の数日後あるいは数週間 後でレース中にはもはや効果を与えない時点で検出された場合でも、なお違反とされることに憤慨しています。思い浮かぶ中で、バナミン(Banamine  抗ステロイド剤。抗炎症の術後鎮痛薬。5日間続けて投与し、3日間あける。または、3、4日ごとに連続して投与してもよい)はまさにその明らかな例で す」。

 コラハン所長は、「私たちが調査したいくつかの重要な薬物は、(1) 馬原虫性脊髄脳炎(equine protozoal myeloencephalitis: EPM)の治療に使用されるトリメトプリム・スルファメトキサゾール(trimethaprim/sulfa)およびピリメタミン(pyrimethamine)、(2) プロカインペニシリンと神経ブロックのためのプロカイン(procain)、(3) 吸入と経口投与によるアルブテロール(albuterol)です」と語った。

 コラハン所長は、競走能力への薬物の効果を判断するために、負荷を徐々に増加させるテストを用いた。この負荷テストでは馬は疲れるまでトレッドミルの上を走らされる。

 コラハン所長は、「競走能力への影響の最終的な評価は、その薬物によって馬がより長距離をより高速度で走ることができるどうかです。トレッドミルは強制的に馬に運動させるので、馬は薬物を投与されていようがいまいが、疲れ果てるまで走らされるのです」と語った。


いくつかの興味深い調査結果

 コラハン所長は、EPMの治療薬であるトリメトプリム・スルファメトキサゾールとピリメタミンは自身が疑っていたような競走能力への影響を与えないことを発見した。

 同所長は、「人々は投与後少しばかり間を置けば大丈夫とか、そうではないかもしれないと思いながらこれらの薬物の使用して、多くが陽性反応を出していま す」と述べた。彼のフロリダ州パリミューチュエル賭事部局(Florida Division of Pari-Mutuel Wagering: FDPMW)への勧告の1つは、これらの薬物の使用に関するルールを修正することであった。

 この調査結果は驚かされるものではなかったが、その他の同所長の調査結果のなかには驚くべきことがいくつかあった。

 コラハン所長は、運動直前に投与された気管支拡張薬(bronchodilator)である吸入アルブテロールが馬の競走能力を向上させることを発見し たと述べた。タフツ大学が1999年に「噴霧アルブテロールは8頭の健常なスタンダードブレッドの有酸素運動の能力を強化することはなかった」と発表して いたので、この発見は驚きをもたらした。

 同所長は、吸入器で投与した薬物はごく少量であるので、得られた結果を予期していなかったと述べた。

 コラハン所長はそれとは対照的に、アルブテロールの経口投与は薬物の血中濃度が上がらないことから効果のないことを発見した。

 また、コラハン所長は、高濃度のカフェインを体内に保つ馬でさえも競走能力が向上することはないことを発見した。チョコレートとコーラを馬に与えることを好む調教師と厩務員には朗報である。

 コラハン所長は、「したがって、競走能力に与える影響という限りでは、微量のカフェインは大したものではありませんが、これは検査において馬に薬物陽性反応を起こさせます。私たちがこの調査をしたのはすべてこのことを解明したかったからです」と述べた。

 「おそらく馬に生理学的な効果を与えるくらい十分な量のカフェインの静脈内投与を行うことは可能でしょうが、それは私たちが注目しているポイントではあ りません。私たちはFDPMWが微量のカフェインに関するルールを作成する基準を得ることができるように、コーラに含まれる量と同じ量のカフェインを彼ら に与えました」。

 この物質に関する調査結果を基に、コラハン所長は微量のカフェインに関するルールを修正するよう勧告した。

 プロカインは神経ブロックに使用される薬物であるが、注射によるペニシリン投与の痛みを和らげるためにも通常併用して使用される。

 コラハン所長は、「プロカイン濃度を基に調査した結果、誰かが局部神経ブロックを目的としてプロカインを使用したのか、それともペニシリン注射において プロカインを使用したのかどうかを知ることは出来ないことが分かりました。プロカインペニシリン注射と神経ブロック由来のプロカインは、いずれも非常に低 い濃度でしかありません。非常に低い濃度のプロカインでも非常に効果的な神経ブロックが期待できます」と語った。

 同所長は、競走馬の怪我や膿瘍の治療にプロカインペニシリンを使用した調教師を大目に見るために、濃度に基づいて神経ブロック治療と判別することができるようになることを望んでいたが、残念ながらそれは実現しなかった。


その他の薬物

 鼻出血の治療薬であるフロセミド(サリックス)に関する研究から得られたデータは、まだ定型化されていない。

 コラハン所長は、「フロセミドを投与するには多くの方法があります。すべてが用法に記載されたとおりという訳ではありません。例えば、静注 (intravenous)と筋注(intramuscular)で同時に半分づつ投与したり、筋注の4時間後に半分静注したり、筋注の2時間後に半分静 注したりする様な方法があります」と述べた。

 同所長は異なった投与方法と経路(静脈か筋肉)は、異なる効果を引き起こすと述べた。これらの調査結果は間もなく手に入るだろう。

 EPLは4つのアナボリック・ステロイド[テストステロン、ナンドロロン、スタノゾロール(以前ウィンストロールとして製造されていた)およびボルデノ ン(エクイポイズ)などの筋肉増強剤]の広範囲に及ぶ調査を実施した。調査を通じて得られた情報は、アナボリック・ステロイド使用を取り締る新ルールの基 盤となっている。

 コラハン所長は、「これらのアナボリック・ステロイドは、人々が考えているよりもずっと長時間にわたって残存する(排泄されない)と言えます。ボルデノ ンのラベルに記載されている用量を使用すれば、実際、馬体内において6ヵ月近い間は同物質が簡単に検出できる濃度で保たれます。またこの薬物の排泄は、個 々の馬の間で大幅なばらつきがあります」と語った。

 長い排泄時間のために、アナボリック・ステロイドの広範囲にわたるこの研究は、完了するのに14ヵ月以上を要した。コラハン所長は、EPLがアナボリッ ク・ステロイドに関する専門知識のある職員と研究対象となる健康な馬を有していることから、同研究所が素早く調査を実施する世界で唯一の施設であると確信 している。

 コラハン所長は、「これは顕著な偉業です。私たちはこの調査に足を踏み入れ、短期間に成し遂げました。私はこの調査を行うのにあたって、馬と人材を有していたことに感謝しています」と付け足した。

 同所長と彼のチームは、炎症と器官血流へのフェニルブタゾン(phenylbutazone)およびバナミンのような非ステロイド抗炎症薬(NSAIDs)の効果を決定付ける方法を発展させた。

 血液検体を調査することによって、EPLはこれらのさまざまなNSAIDsがどのように使用され、どれぐらいの時間効果を及ぼすかを示すことができる。

 コラハン所長は、「この調査はどの薬物が投与されたか探知するのにも役立てることができます。エクイノックス(Equinoxx)やサーパス (Surpass)のように今日使用可能になっている薬物が多くありますので、この調査は臨床面および薬物規制において非常に重要となると思います」と 語った。

 コラハン所長が運動性肺出血への影響を調査したもう1つの興味深い薬物はシルデナフィル(sildenafil)つまりバイアグラ(Viagra)であった。

 同所長は次のように語った。「これは末梢血流を増加させるため、人々はこれを使用します。私たちは、シルデナフィルは肺へと繋がる循環系の一部の血圧を 下げるので、その肺血管系への効果を明らかにするために調査しました。これが鼻出血馬に役立つのではないかと考えました。しかし私たちの研究において肺動 脈圧を降下させる効果は見られませんでした。したがって、少なくとも人間に使用される多量に近い投与量であったとしても鼻出血馬の頭数やその深刻度を減少 させる効果があるかどうかは明らかではありません」。


進行中の研究

 EPLとNTRA(全米サラブレッド競馬協会)の薬物規制標準化委員会(Racing Medication and Testing Consortium: RMTC)はその契約を更新した。そのため、EPLはRMTCが勧告ルールと規制を形式化するための科学情報を提供し続けるだろう。

 コラハン所長は、「RMTCの本質は、全米において検査と規制を統一するために情報を提供することです。しかし私たちが得たデータはおそらく、国際的にも使用されるものになるでしょう」と付言した。

By Denise Steffanus

[Thoroughbred Times 2009年11月7日「Drugs and performance」]


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