英国競馬統轄機構のポール・ロイ会長のインタビュー(イギリス)【その他】
2007年のBHA(英国競馬統轄機構)設立時よりその会長を務める ポール・ロイ(Paul Roy)氏は、40年以上シティ(ロンドンの金融街)で働いてきたファンド・マネージャーである。以前メリルリンチ社(Merrill Lynch)の上級役員であったロイ氏は、2003年に従業員8 0人からなるニュー・スミス・キャピタルパートナーズ社(NewSmith Capital Partners)を共同で創立した。
現在63歳のロイ氏は、まず試しに競走馬の馬主となったあと、当時のBHB(英国競馬公社)会長であったマーティン・ブロートン(Martin Broughton)氏に勧められ、怪しく人を惹き付ける競馬の世界に足を踏み入れた。ロイ氏は、当時のことを次のように回想する。「大半の人々、とりわ け競馬産業界にいる人々は私に、“君は気が狂っているに違いない”と言いました。彼らは、競馬産業界はすぐに合意に至らない内紛に満ちたおぞましい世界だ と言いました。それは、これまで私が行ってきたビジネスと同じく人々をうまく動かすことが求められる世界だったので、ある意味ではそれが私を惹き付けまし た」。
BHAのCEOニック・カワード(Nic Coward)氏と親しく仕事をしながら、ロイ氏は、各派閥との絆を強めるよう努めた。ロイ氏は、「ニックと私はしばしば“ひとつにまとまって行動する” という表現を使います。私たちはその必要を繰り返し述べてきており、そのことによって競馬産業が一体化し始めていると私は確信しています。BHAの事務所 をハイホルボーンに移動させたことは重要なことでした。なぜならばそれは、節約のためと同時に、BHA、馬主協会(Racehorse Owners’ Association)、競馬場協会(Racecourse Association)、ジョッキークラブおよび競馬変革プロジェクト(Racing For Change: RFC)など、競馬産業の構成体を1つの屋根の下にまとめたからです」と述べる。
最近さらに3年間の任期で再任されたロイ氏は、これまでの一連の業績について言及する。「まず新たな体制と委員会を確立しました。そして腐敗を厳重に取 り締まり、成功事例により広く認められている公正推進部を拡充しました。内部情報規約と競走馬のセリ規約を導入するとともに、ルールブックを改訂し、現在 は免許制度を改革しているところです。また開催運営の効率化に努めました」。
「私たちにはまだすべきことは多くありますが、これまでに開催日程の戦略的見直しを実施し、プレミアライゼーション(訳注:プレミア開催でメリハリをつ けること)を推し進めています。私たちは、より事実に基づいた形で経済的影響を調査する研究に着手しました。また、例えばレーシング・フォー・スクール や、英国の青少年育成団体である皇太子トラスト(Prince’s Trust)との取組みを通じて、社会および地域で積極的に活動しています」。
「私たちは、馬の福祉分野において価値のある取り組みを実行しました。そして何よりも、私たちはRFCを設立し、賦課金とトート社(Tote)に関する問題に取り組んでいます」。
BHAの会長とCEOは、そのリーダーシップと競馬産業界における業績によって評価されるが、今のところBHAの権限は限られている。BHAは、競馬の管理および統轄を担う団体であり、商業活動からは切り離されている。
開催日程と競馬番組への関与でBHAが影響を持つとしても、競馬の賞金を管理するのは、競馬賭事賦課公社(Levy Board: 賦課公社)とメディア権収入を増やしつつある競馬場である。
レーシングポスト紙(以下:Q):賦課公社と競馬場の権力は、とりわけあなたのような金融専門知識を持つ人にとってはもどかしいものですか?
ポール・ロイ会長(以下:A):私がBHAの会長に就任した時に多くの人がそのように述べました。それは私が引き継いだときの組織体制のことです。大きな事業を運営するポイントは、効果的かつコスト効率良く組織を編成することです。私たちは、新たな規模を小さくした委員会を有しており、また私は、英国競馬の商業分野を引き受ける業界横断団体のレーシングエンタープライジズ社(Racing Enterprises)を熱烈に支持しており、RFCを後押ししました。私たちは非常に効率的に競馬の商業面について取組むことができます。私たちの任務の1つは、より多くの人々に競馬に興味を持ってもらうことと、より多くの人々に競馬場に足を運んでもらい、馬券を買ってもらうことです。それは私が直接的に関わらなければならないということではありませんが。
Q: 組織は合意の形成が不可欠なものです。それはフラストレーションを引き起こしますか?
A: 組織は、そのような具合に構成されているのです。私たちがより独裁的であっても良いのではないかという人々もいますが、私は彼らに“あなたがたはすでにそれを試みたことがあると思いますが、それを好んだとは思えません”と言います。私たちのやり方は、独立したものであり、派閥意識のないものであるべきです。競馬に対して最終的な責任をもつ利害関係者、つまり競馬場、馬主、生産者および免許保有者を支援し、協調させ、ひとつにまとめることが、私たちの役目であると考えています。私たちは決定を下すプロセスで中心となる主体ではないにしても、不可欠な存在であると考えています。
Q: 相談を行い意見の一致を図った上で決定するやり方は、早急で抜本的な変更をもたらしません。その事は、最も低い共通基準に基づいて決定することを促しませんか?
A: そこにはある種のもどかしさがあります。RFCを例にあげてみましょう。もう少し早く設立されるべきであったと言う人々もいますが、私たちはいつも、有識者および競馬に生活がかかっている人々と考え方がかみ合うように、協議プロセスを取り入れています。このプロセスが少し長い時間を要することは避けられませんが、そのことが最も低い共通基準につながるとは思っていません。私は、決定の妨げになるような協議プロセスは認めません。
Q: しかし、それは決定を統制することにはなりませんか?
A: 私たちはそれらの公開討論会に出席しており、競馬番組と開催日程については依然として責任があります。もしこれが間違った方向に向かっているとBHAが判断するのであれば、私たちは先に進むことはしません。
競馬変革プロジェクト
Q: あなたは競馬の魅力を広げるための提案であるRFCの熱烈な支援者で保護者です。
A: 私は、競馬の世界で他の誰もRFCを推進しようとするのを見かけません。
米国競馬と比較してみても、英国競馬は世界において最善のものであると私は評価します。私は3月、オーサムアクト(Awesome Act)がアケダクト競馬場のゴッサムS(G3)に出走するので、観戦に行きました。それは最も魂のこもっていない競馬体験でした。変革なしという匂いがしました。彼らは、衰えつつある購買層と風化しかけた賭事商品に頼って、ただ20年あるいは30年前のままにとどまっているだけです。重要なのは議論を続けていくことであり、少なくとも私たちはそれをしてきており、人々は変革について話し、いくつかの変革を実行しようと努めています。
騎手のフルネームをプログラムに掲載することやゼッケンの番号を大きくすることなどこれまでに展開した事柄は、まず取り掛かるべき容易な課題でした。入場料無料週間には、これまでに競馬に来たことのない4万人もの人々が競馬場に足を運び、大成功を収めました。競馬のプレミア競走の確立や販売促進を中心とした大きな問題のいくつかは、チャンピオンシップやシーズン最終戦の定義づけを行う必要があるので、もう少し時間を要します。
私たちは、競馬の質という点で国際競馬の最も貴重な財産を手に入れています。それは、グループ競走への出走馬のレーティングや、英国へ自身の馬を出走させたがっているトップ馬主の顔ぶれに表れています。しかし、私たちが既にRFCの一環として取組んでいるものの世界では何よりも重要とされている、競馬開催日の楽しみという人の心を掴むための要素を考慮に入れると、私たちが既に手に入れている財産の販売促進とブランド化に関してはまだ十分なことを行えていません。
“物語”とは使い古された言葉ですが、私たちは一連の偶発的なイベント以上の何かを巻き起こすことによって、興奮と関心を高めるように、RFCが検討している平地競走シーズンのストーリー展開を引き出す必要があります。私たちは、未勝利競走、セリング競走および重賞競走の相違が分からない人々に、競馬のいくつかの側面を平易に説明することにあまり長けていないと思います。競馬は賭事の媒体でもありますが、私たちはその側面も上手く説明しきれていません。
Q: シーズン最終日のチャンピオンシップの構想を支持しますか?
A: シーズン最終日を設けるという方針は良いと思います。問題は、内容がどのようなものかということです。シーズン中の短距離のG1競走を例にとると、私の馬がロイヤルアスコット開催のゴールデンジュビリーS(G2 1,200 m)およびニューマーケットでのジュライカップ(G2 1,200 m)を制していたら、その馬がトップレーティングのチャンピオン馬であると考えるでしょう。しかし、もし他の馬がシーズン最終日にスプリント競走を制したら、その馬がチャンピオンとなるのでしょうか?私たちは、ヨーロッパ・パターン競走委員会(European Pattern Committee)とともに、最終日の内容を具体化し、また私たちがすでに得ている枠組みを慎重に扱う必要がありますが、私は各競走に関連性を持たせることに意味はあると思います。最終日を強化することには魅力があります。
Q: 賦課金が圧迫されていることを考えると、賭事産業と競馬場が、それぞれの利益のために設定された競馬開催における公正確保のためのコストを負担するということはあるでしょうか?
A: そのことは、確かに議論されるべき事柄です。開催日程の拡大の主な原動力となったのは、賦課金を増やすことと、馬を出走させるチャンスの増加を望む人々の要求を満たすことでした。データと事実に基づいて方針が取られるべきです。私たちは、これらの開催日程の運営コストと比較されてきたのは、競馬の増加する収入のうちの何なのかがよく分かっていません。現在私たちは、ブックメーカーからより多くのデータを手に入れ、彼らとより密接に取組んでいます。賦課金収入が減少しているときに、行き当たりばったりで開催日程を拡大し続けることはできません。それは持続可能とは言えません。追加日程を設けたいのであれば、どこからか資金調達をしなければなりません。
賦課金、海外賭事業者およびベッティング・エクスチェンジ
ロイ会長は、賦課公社のメンバーである。競馬産業界は3月に、2011-12年度賦課金計画を提出した。2007-08年度において1億1,500万ポンド(約161億円)に上った賦課金収入は、2008-09年度において9,200万ポンド(約128億8,000万円)となり、2009-10年度においては約8,700万ポンド(約121億8,000万円)となった。そして賞金額を含む支出削減を招いた。2011-12年度賦課金計画において競馬産業界は、1億3,000万ポンド(約182億円)から1億5,000万ポンド(約210億円)の予算を要求している。競馬産業界は、海外賭事業者およびビジネスとしてベッティング・エクスチェンジを行う利用客に対して、政府が賦課金支払いを強制する措置を取ることを望んでいる。
Q: 競馬産業界は、ずっと以前から賭事産業はその売上げに対して適正な金額を負担していないと主張してきました。競馬産業界が過去に失敗しているにもかかわらず、あなたが政府に措置を取るよう説得することができると考えるのはなぜですか?
A: 私は、競馬産業界がこれまで詳細にわたる包括的な分析を、綿密ではっきりした方法で示したことはないと考えています。私たちは、現在の賦課金レベルと競馬産業界が必要とする1億3,000万〜1億5,000万ポンド(約182億〜210億円)との間には著しいミスマッチが生じており、しかもそれはかなりの額であると述べました。競馬産業界がそのことを述べたのは初めてのことです。私たちはどのようなことが起きるのか見守ろうと思います。粗利益の10%の数字(ブックメーカーに課されている賦課金控除率)は至高の目標として採用されたように思えますが、私はそれを認めません。それは固定された数字ではありません。
Q: 海外賭事業者に賦課金を支払うように強制することは、実際には非常に難しいことではありませんか?
A: 重要なことは、現在賦課公社と文化・メディア・スポーツ省(Department for Culture, Media and Sport)が細部にわたってそれを検討していることであり、政府は、海外で英国競馬を対象とした賭事を受付ける者は誰でも賦課金を支払うべきであると発表しました。なんらかの法律が制定される必要があります。
Q: 過去に政府がブックメーカーおよび競馬産業界の主張よりもベットフェア社の主張を実質的に受け入れましたが、ベッティング・エクスチェンジに対するあなたの立場はどのようなものですか?
A: 私たちは、賭事のプロが賭事免許を取得せず賭事税も賦課金も支払わずに、ベッティング・エクスチェンジを運営し、賭事の取引と受付を行っているのをただ手をこまねいて見ているつもりはありません。もし誰かが1時間に1,000回賭事を行い、競馬場の賭事室のようなところでテクノロジーを駆使していれば、彼らがビジネスを行っているかは一目瞭然でしょう。大蔵省の2004-05年の予算見直し以降事態は進展しました。その頃、彼らは十分な証拠がないと発表しました。この課題にまさに直面しているのに、現在でも十分な証拠がないと言うのであれば、一体いつになったらその証拠が現われるのでしょうか?
Q: 大蔵省は明らかに、ベッティング・エクスチェンジの利用客が賭事税を払うことになれば、税金対策のために賭事の損失を他の収入で相殺するチャンスを与えてしまうかもしれない、と恐れています。これは大きな障害となりますか?
A: 個人的に私は、政府が税金を取り損なっていると考えますが、それは別の問題です。私はただ賦課金に関心を持っており、これらの人々は賦課金を支払うべきであると認識しています。
もう1つの問題は、ベッティング・エクスチェンジにおいて取られている方法が、従来のスターティングプライスのモデルに影響を与えているということです。多くのブックメーカーは現在、ベッティング・エクスチェンジのオッズよりも低いオッズを設定していますが、ベッティング・エクスチェンジより高いオッズを提供するよう求められる傾向にあります。その結果、伝統的なブックメーカーのマージンが下がっています。競馬においては、その体制と賭事の原動力に大きな変化が見られますが、何か行動を起こすほどの力はありません。
Q: 賦課金が圧迫されている一方で、メディア権収入が拡大し、競馬産業の他の部分よりもとりわけ競馬場に資金が集まっています。これが最終的に賦課金システムに取って代わるとお考えですか?
A: いいえ、映像およびメディア権は完全に別の問題です。賦課金を廃止して、それに代わる何かを求めようとするのは構いませんが、競馬賭事を提供する権利を得るための適切な支払いを賭事業者に確実に行わせるための選択肢は賦課金の他にはないと私は考えます。賦課金の仕組みは近代化を必要としていますが、最終的には確実で法律に基づいた仕組みとすべきです。
Q: トート社に対するあなたの立場はどのようなものですか?
A: 私は常に、トート社は競馬産業界が本来行うべきビジネスであると見ており、永久に競馬産業界と共存していくべきであると考えます。もしベッティングショップが売却されるとなれば、競馬産業界はそのプロセスに巻き込まれるでしょう。私は、私たちが現在いる立場には満足しておらず、売却純収益の50%を獲得することも視野に入れています。政府との交渉が必要でしょう。
馬主としてのポール・ロイ氏
ポール・ロイ氏が自身で購買した初めての馬は、スーザンズプライド(Susan’s Pride)であり、この名前は彼の妻から取られたものである。スーザンズプライドは、1999年のデビュー戦で2着になり、その後4つの小さい競走で優勝した。ロイ氏の所有馬はその多くが他の人々との共同所有であったが、その後大きな競走でも優勝し、2002年のベルモントS(G1)をサラヴァ(Sarava)で、2004年のBCジュヴェナイル(G1)をウィルコ(Wilko)で、2006年のセントレジャー(St Leger)をシックスティーズアイコン(Sixties Icon)で、また同年のモルニー賞(G1)とミドルパークS(G1)をダッチアート(Dutch Art)で制した。2009年には、ジュライカップをフリーティングスピリット(Fleeting Spirit)で制した。5月1日にロイ夫妻は、共同所有しているキャンフォードクリフス(Canford Cliffs)を2000ギニーに出走させ、同馬は3着になった。同じ日に、彼らが所有するオーサムアクト(Awesome Act)はケンタッキーダービー(G1)のレース中に故障した。
彼らの20頭を超える所有馬のほとんどは、ジェレミー・ノスィーダ(Jeremy Noseda)調教師により管理されており、ロイ氏は、次に注目に値する馬はパッシングストレンジャー(Passing Stranger)であると述べた。
By David Ashforth
(1ポンド=約140円)
[Racing Post 2010年5月21日「Paul Roy−Interview」]