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海外競馬情報
2009年06月05日  - No.11 - 2

跣蹄が故障を減少させる可能性(アメリカ)【その他】


 豪州タスマニア、英国、そして米国メリーランド、さらにカリフォルニアの調教師達の間で跣蹄(蹄鉄を装着しない:ハダシ)のまま管理する動きがある。

 タスマニアでは、ロイスタン・カー(Roystan Carr)調教師が、複数のステークス競走で勝った馬、リレイレッドウィング(Riley Redwing)の屈腱炎を跣蹄で調教して見事に復帰させ、その後は厩舎の全ての管理馬を跣蹄にした。

 英国において、跣蹄支持者のサイモン・アール(Simon Earle)調教師が管理する2005年のスティープルチェイス競走勝馬ソーシーナイト(Saucy Night)は、跣蹄での競馬の先導者的存在である。アール調教師のホースズ・ファースト・レーシング厩舎(Horses First Racing)には、現在跣蹄で調教および競走を行っている馬が20頭以上いる。

 メリーランドのラリー・スミス(Larry Smith)調教師は、10年前に跣蹄による調教および競走を開始したが、蹄鉄を装着していないのは前肢のみだ。後肢には馬に推進力を与えるため低い歯鉄 を装着する。管理する牝馬トゥーバウズ(Tow Bows)は、4日開けて出走したクレーミング競走とアローワンス競走の双方で優勝したが、その間前肢の蹄鉄を装着していなかった。しかしスミス調教師 は、跣蹄の目的はスピードではなく同馬をより健全にすることだと強調した。

 南カリフォルニアのダン・ヘンドリックス(Dan Hendricks)調教師が管理する複数のG1勝ち馬、ブラザーデレク(Brother Derek)は、2歳から3歳時にかけて蹄鉄を外したり付けたりして調教を行っていた。同馬を印象付ける跣蹄による大変厳しい調教もこの時期に行われた。 ヘンドリック調教師は、この成功は、跣蹄の考えを彼に指導した恩師で殿堂入りした調教師のリチャード・マンデラ(Richard Mandella)氏のおかげだと考えている。


跣蹄か装蹄か

 調教師であると同時にコーネル大学(Cornell University)畜産学科の卒業生であるスミス氏によれば、腕節や球節に剥離骨折が生じる理由を解明するために競走馬のギャロップ時の歩様を分析し た際に、初めて故障と蹄鉄の関連性に考えが及んだという。同調教師は、結局のところそれは全てテコの原理と関連しており、蹄鉄が問題を増大させていると結 論付けている。

 スミス氏は、「深刻な骨折はすべて、球節の過剰な沈下と関連しています。球節が沈下し過ぎると腕節が過剰伸展して腕節を構成する骨の前部を破壊すること になります。これは球節についても同様です。球節を構成する骨同士が激しくぶつかることで、繋骨の前部の剥離骨折が生じます。球節が限度を超えて沈下する と、当然ながら種子骨を吊り上げている繋靱帯が断裂し、あるいは繋靱帯に引き裂かれるように種子骨が破断します」とも述べている。

 蹄鉄の厚みが増すと球節から地上までの距離が増しテコの力が強まるが、気づいた問題はそれだけではないとスミス氏は言う。ロングトー・ローヒール症候群 (long toe-low heel syndrome:外見上つま先が伸びすぎてカカトがつぶれた蹄の病態、ねすぎた蹄)は球節の過度の沈下を増大させるが、蹄鉄は蹄壁の自然生長を抑制する ことで、この症候群をさらに悪化させると指摘している。

 スミス氏は、「通常より半インチ(約1.3センチ)弱伸び過ぎた状態の蹄に加えて蹄鉄が装着されたままになっていると、ますます蹄底が地面からの圧力を 受けにくくなり、蹄底が下がり蹄壁は外方に凹湾し、生長にともなって蹄は前方に伸び、ロングトー・ローヒール症候群を引き起こすのです」と説明している

 「蹄踵や蹄叉といった蹄の後部には衝撃緩和システムがありますが、蹄鉄はこの自然な衝撃緩和作用を減じます。蹄鉄の影響は、ロングトー・ローヒール症候 群の場合はなおさらです(参照:2008年海外競馬情報6号「ねすぎた蹄、ロングトー・ローヒールの原因と問題点」)。つまりこのことが、馬の骨格筋系に かかる負担を大きくする一因なのです」。

 「蹄踵や蹄叉には、血液が流れる多数の細い血管があり、蹄の後半部が着地すると、これらの細い血管が押しつぶされ血液が押し出されます。そのため、蹄叉 は馬の第2の心臓と呼ばれるのです。私たちが馬に蹄鉄を装着し、蹄踵を地面から離して高くすることで、私たちは蹄踵部の正常な機能を奪っています」。

 「細い血管を通して血液を循環させることは、蹄の健康と生長にとって不可欠です。蹄叉と蹄踵が適切に機能する場合は、この仕組み(蹄機)によって一歩毎に血液が押し出されます」。

 スミス氏は、推進力を確保するために、管理馬の後肢には蹄鉄を装着しているという。対照的に前肢は推進と関係なく、むしろ一完歩の動作のなかで、後肢の蹴り出しを受けて、馬体を支えながら前に送り出す役目がある。

 同氏は、「馬体の前躯には重い頭や頸があるため、前肢による推進力はあまり期待できないでしょう。それに前躯の上には騎手もいます。私たちが馬体の前躯に望むのは、馬の前方への動きを維持して、後肢による次の一押しを引き起こすことです」と述べている。

 スミス氏はさらに、「跣蹄に関する議論は結局のところ物理学的な理論に通じるものであり、前肢だけ蹄鉄を着用しないで調教および競走に出走させるように してから管理馬が頻繁に故障に悩まされることがなくなった」と話したが、「跣蹄によって馬が速く走ると主張するつもりはありません。私はただ馬を健全に維 持したいと望んでいるだけです」と付言している。

 同氏は、「平らな蹄の馬は、蹄鉄を装着しないと、雨を多く含んだ速いタイムの出るダート馬場や不良状態もしくは雨が降ったばかりの芝馬場では不利になります。その様な時は、蹄鉄を装着していない管理馬は出走を取消します」とも述べている。


カリフォルニアにおける跣蹄の現状

 ヘンドリックス調教師の2頭の重賞勝馬、ブラザーデレクとフィーヴァリッシュ(Feverish)は、跣蹄での調教による恩恵を受けている。

 ヘンドリックス調教師は、「蹄壁が欠損しやすい馬には跣蹄による調教が大変有効であるということを、長年にわたってリチャード・マンデラ調教師から学びました。そうすることで、生長するにつれて自然と蹄が強化され蹄踵がさらに発育します」と説明している。

 ヘンドリックス調教師は、ブラザーデレクがハリウッドパーク競馬場でのデビュー戦に勝った後に蹄鉄を外し、同馬をデルマー競馬場へ連れ帰ってからは跣蹄 による調教を再開した。ブラザーデレクは蹄鉄を装着せずとも順調に仕上がり、6ハロンを1分11秒4/5で走りさえした。同調教師はブラザーデレクを跣蹄 で競走に出すことも考慮したが、そのような急激な変更を施すには同馬はあまりにも注目を集めすぎると判断し、接着蹄鉄で出走させることを選んだ。

 ヘンドリックス調教師は、2歳と3歳のG1勝馬で収得賞金1,611,138ドル(約1億6111万円)のブラザーデレクについて、「彼のように全米の 注目を集める馬を管理していると、従来のやり方に逆らって跣蹄で競走に出すのは難しいのです。私の管理馬の中では、同馬は跣蹄で走らせることができる馬 だったかもしれません」と語った。

 同調教師は、ブラザーデレクについては蹄の問題は何もなかったが、2000年のバヤコアハンデキャップ(G2)勝馬のフィーヴァリッシュは蹄踵が潰れてしまったので跣蹄で走らせることを決心したと話した。

 「フィーヴァリッシュを跣蹄にしたのは、同馬の蹄踵が薄いため蹄鉄を装着することで余計に痛めてしまうからです。跣蹄で調教するにつれ、蹄踵の生長が促進されました。出走準備が整ったら蹄鉄を装着し、競走後には取り外しています」。

 フィーヴァリッシュは収得賞金908,983ドル(約9090万円)、42戦12勝、2着13回、3着6回という記録で2002年に引退した。


跣蹄の手入れ

 蹄を手入れする専門家の新世代は自分たちを“跣蹄の削蹄師”と呼ぶ。彼らは、細かな調整を従来よりも頻繁に行う特殊技術を編み出した。跣蹄の削蹄師たちは、蹄叉、蹄踵そして蹄底の自然なくぼみを失わないようにしながら、自然摩滅を模倣して蹄壁にヤスリを最小限施す。

 ヘンドリックス調教師は、「通常の装蹄のように4週間も待つのではなく、2〜3週間おきにちょっとだけ簡単な手入れを施しさえすれば良いのです」と話している。

 スミス調教師は、「2〜3日おきに管理馬の蹄を手入れします。ほぼ毎回、蹄にヤスリをかけて丸みをつけ、自然摩滅に似せて不要なものをちょっと取り除く 感じです。しかし、決して蹄底を削ってはいけません。競走馬の底蹄が十分に生長するには3ヵ月を要することもあります」と述べた。

 ヘンドリックス調教師は自身の経験から、跣蹄で調教を施しレースに出走させることはすべての馬に適しているわけではないため、個別に判定してその決定を下す必要があるとも述べている。

 「特定の馬は蹄鉄なしでは調教できません。これらの馬には保護が必要で、蹄鉄を装着することが必要なのです。もし跣蹄で調教を施したら、彼らの蹄壁は砕け散って蹄壁がなくなってしまいます」。

 スミス調教師は、跣蹄で調教を開始した当初は馬が蹄底に痛みを感じることがあるが、馬がこの過程を乗り越えるまで調教師は我慢強く耐える必要があると言う。

 ヘンドリックス調教師とスミス調教師は、健全な蹄の発育には、そもそも蹄鉄を装着させないことが秘訣かもしれないと述べている。

 ヘンドリックス調教師は、「初めから蹄鉄を装着せずに調教を開始して、調教の全過程を跣蹄で行ったとしたら、競馬に出る頃までには自然により強くて従来よりずっと良い状態の蹄になるでしょう」とも話している。

 スミス調教師は、「仔馬から始めて、調教を開始した後も蹄鉄を着けなければ、半年のうちに蹄は素晴らしい状態になり、手入れをほとんど必要とせず、その馬の生涯のキャリアを高めることができます」と話した。

 

カリフォルニアにおける変化

 2008年2月、カリフォルニア州競馬委員会(California Horse Racing Board: CHRB)は聴聞会を開き、人工馬場を導入した競馬場では跣蹄で出走できるよう規程を変更すべきだと主張する獣医師およびホースマンからの証言を聴取し た。調教師の中には、人工馬場と跣蹄の組み合わせは理想的であり、これにより馬の安全性と健全性が促進されると信じるものもいる。跣蹄の支持者は、人工馬 場はダートや芝に比べて馬により大きい推進力を与えるため、蹄鉄を装着する必要がないと主張している。

 跣蹄での出走を認める運動の支持者であるCHRBのダイアン・イズベル(Diane Isbell)獣医師は、すでに北カリフォルニアの多くの調教師が跣蹄での調教を取り入れていると述べた。

 イズベル獣医師はCHRBに対して、「跣蹄で調教する調教師の数は増えており、馬も蹄鉄を装着しているときと同じか、あるいはそれよりもさらに良く調教 できます。跣蹄の方が、蹄への負担を取り除く一助となる内部の衝撃緩和システムをより有効に活用できることが、研究結果から分かっています」と述べた。

 CHRBはここ1年跣蹄に関する調査をしており、CHRB規程1853の修正案に関する議論および議決を予定している。この修正案は跣蹄で出走することを認めるもので、2月26日サンタアニタパーク競馬場で開催される会合において、最初の議題として取り扱われる。


ゴールデンゲートフィールズ競馬場における跣蹄の現状

 イズベル獣医師は跣蹄による調教および競走の擁護者である。ゴールデンゲートフィールズ競馬場おける馬体検査などの業務を担当しているイズベル獣医師は、以下の見解を示している。

 「私の記憶では、競走前の馬体検査において挫跖、側壁裂蹄、そして釘傷(蹄釘が知覚部の付近または知覚部内部に刺入したことによる傷害)を理由に、蹄鉄を装着している多数の馬を出走取り消しにしました」。

 「後肢だけ跣蹄にしたり、あるいは全肢を跣蹄にして調教している馬が多数おり、調教師は出走時だけ蹄鉄を装着し、レース後には蹄鉄を取り外しています。 これらの調教師は競走で蹄鉄を装着する必要性を完全に否定しきれないだけで、自身も古い考え方に囚われていることを認めています。彼らはゆっくりと時間を かけて、跣蹄での調教から最終的には跣蹄で出走する方向に向かっています」。

 「調教師は跣蹄の方がより健全性が高く、関節の腫脹が少ないかあるいは無く、蹄も熱くならず、蹄踵部に痛みが生じるのも少ないということに気づいています」。

By Danise Steffanus
(1ドル=約100円)


[Thoroughbred Times 2009年3月7日「Barefoot racehorses」


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