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海外競馬情報
2008年04月18日  - No.8 - 4

世界の競走馬調教法(連載第1回)(アメリカ) 【その他】


 ウルグアイの侵略者インヴァソール(Invasor)が当然のように2006年に米国年度代表馬に選ばれたことで、優れた馬は世界中どこからでも生まれるという原理が証明された。多数の南米馬と欧州馬が北アメリカに進出してからこの数十年に大きな成功を収めている。シーザリオ(Cesario)が、2005年アメリカンオークス(GI)を制覇し、日本産ならびに日本調教馬として初めて北米のGI競走に優勝したことによって、国際競馬は新たな水準に達した。

 北米調教馬はまだ、日本や香港などで華々しい成功をおさめていないが、おそらく近い将来には実現するだろう。世界中でさまざまな調教方法が取り入れられていることが、さまざまな地域から優良馬がでる要因かもしれない。

 それでは、世界中の調教師たちが管理馬に変化をもたらす方法における大きな違いは何だろう?ここに南アメリカ、ヨーロッパ、オーストラリア/ニュージーランド、日本、香港、ドバイからの報告を紹介する。これらの国・地域における調教法を考察し、各地域の優秀な調教師から聴取し、彼らの調教法と北アメリカの調教法を次号以降にわたり比較する。

若馬にスピードをたたき込む調教師

 北アメリカの調教方法を一言で言い表すならば、それは間違いなくスピードである。

 とりわけ、諸外国の調教師と比較した場合、北アメリカの調教師は管理するサラブレッドにスピードをたたき込むことで有名であり、またそのために不評も買っている。若馬にあまりにも多くかつ早く求めすぎていると感じている人々もいる。しかし、昔の調教方法の方がはるかに厳しかったことも理解すべきであろう。

 ビル・ドノヴァン(Bill Donovan)氏(74歳)[60年以上前に競馬界に入り、管理馬ロストコード(Lost Code)は数多くのG?競走に優勝し賞金200万ドル(約2億2,000万円)を稼いだ]は、次のように述べている。

 「私が子供のころの調教師は、それはもう、馬を厳しく調教していました。毎週水曜日と土曜日に追い切り調教を行い、調教師は馬が望むように速く走らないと、調教馬場に連れ出して再度追い切りをしたものです」。

 「すべての調教師は、馬に速い追い切りを行い、厳しく調教しましたが、時が経つにつれて、速い調教を控えるようになり、私が調教師になるころには、調教スピードはかなり落とされました」。

 ボビー・フランケル(Bobby Frankel)調教師[競馬の殿堂入りを果たした調教師。調教師としての第一歩を西海岸で踏み出し、その後カリフォルニア州に移動し、現在は東海岸と西海岸の両方で馬を管理している]は、調教方法が1960年代と1970年代から現在までに変化したことについて次のように述べている。

 「管理馬を以前ほど速く調教していませんし、また私たちは管理馬に対してあまり長い距離を馬なりで走らせることもありません。チャーリー・ウィッティン ガム(Charlie Whittingham)調教師が全盛期の頃は、どの馬にも1,600メートルを馬なりで走らせていました。現在は、1,200メートル以上走らせること は非常にまれです。調教師は当時、もっと頻繁に速く長く走らせていましたし、またレースが近づくとその回数が増えました」。

 しかし世界の調教方法のレポートを読むと、北アメリカと他のほぼすべての国・地域の間には調教方法に際立った相違のあることが分かる。これは1つには、理念や伝統的な嗜好さらには芝競走が世界の他の地域において、はるかに一般的であるという事実による。

 本記事では、北アメリカにおける馬の馴致と調教の典型的な方法を時系列で説明する。多数の調教師と調教場が、馴致および調教法をさまざまに微調整している。

 馴致を開始する前に、若馬は人間とのふれ合いに慣れるようにしむけられる。若馬を厩舎に連れてきて、1日2回給餌し、愛撫し、こすり、手入れすることで人に触られることと、馬房にいることに慣れさせる。馴致は伝統的に、生後約18ヵ月に開始される。1歳馬に馬房内でラバーエッグ(rubber egg)などの馬具を装着し、背と腰の上や腹の下で動く刺激に慣れさせる。馬体を、タオルなどでこすったり、1歳馬を音に慣れさせるために周りでタオルをびしっと鳴らすこともある。

 このプロセスが終わったあと、1歳馬に腹帯を胸部に回し、将来、鞍を固定するための腹帯で胸部を締め付ける準備をする。同時に頭絡を装着し、数日間、馬房の周りで両手前(両方回り)に歩かせる。馬がこれに慣れると、騎乗者がジャガイモ袋のような姿勢で馬の背に体重をかけ、馬房の周りを歩かせ、撫でたり、軽くたたいたりする。次のステップでは、鞍を装着し、鐙をつける。馬の馴致が終わった時点、つまり最初のプロセス開始から約1〜2週間後に、馬の運動が始 まる。

 初期の運動は、馬房の周りで行われる。次にラウンドペン(円形運動場)で運動が行われる。馬を調馬索で騎乗者なしで両手前に歩かせる。その後騎乗者が乗って、馬を円形の囲いに沿ってポニーと一緒に歩かせる。この時点でハミをくわえることに慣らし、曲がったり両手前に運動することを学ばせる。このプロセスを1週間行ったあと、馬を小さな放牧場でもう1週間運動させ、時には8の字形で歩かせる。その後、調教馬場に入れる。

 調教馬場での最初の数日間、1,200〜1,600メートルの距離を軽く走らせ、次に徐々に最高1,600メートルまでのギャロップ走行に移る。これ は、プロセスの開始時から約45〜60日の間である。この先の調教計画は、次の予定を考慮して決定される。2歳馬調教セールへの上場を予定している場合、調教はそのまま継続されるが、馬を牧場名義で出走させる場合は、さらに発育するまで6〜8週間、調教が中止されることがある。

 30〜45日の間ギャロップ走行を行った後、馬は200メートルの加速走行を開始する。ハプ・プロクター(Hap Proctor)氏[レナード・ラヴィン(Leonard Lavin)氏が経営するグレンヒル・ファーム(Glen Hill Farmフロリダ州オカラ近郊)のマネージャー]は、「私たちは、この時点で馬が長い距離を走ることを要求していません。ただ馬の調教が順調に進んでいることと、肢がまっすぐに成長していることを望むだけです。若馬の化骨線の閉鎖(knee closure)がうまく進んでいることを確認するために馬のレントゲン写真を撮り、週に1回調教走行をさせます」と述べている。

 加速走行は、300メートル、400メートルおよび600メートルへと徐々に長くなる。プロクター氏は、「その時点で馬が600メートルを39〜41秒で走ることができれば、その馬を調教師のもとに送り、引き継いでもらいます」と述べている。

 馬が競馬場に到着した場合、調教師は馬に対してどれくらいの馴致や調教が行われたか、2歳馬セリから直接送られてきたのか、それとも牧場から来たかといった馬の経歴を知る必要がある。

 グレッグ・ギルクリスト(Greg Gilchrist)調教師は、「馬を購買すると、通常その馬をすぐに厩舎に連れてきます。馬が引き続き調教されることを望んでいるか、それとも過度な調教で休養を要するかどうかを1〜2週間で判断します。3月に馬を牧場に帰して休養させ、5月に厩舎に連れ戻すこともしばしばです。馬の調教を緩めて、ストレスを取り除いてやることが必要です。馬は、ケンタッキー州で生まれ、1歳時に売却されてフロリダ州に送られ、2歳馬トレーニングセールで購買されてカリフォルニア州に空輸されたのかもしれませんし、まだ2歳(24ヵ月齢)にもなっていないかもしれません。実際、そのような場合には調教を中止することにしています」と述べている。

 調教師はいったん馬を競馬場に受け入れて、馬が十分に摂食し、かつ新しい環境に適応していることを確かめる。その後、長距離で秩序だったギャロップ走行を行いながら、しっかりとした基礎作りのプロセスが始まる。このプロセスが終わると、200メートルの加速走行を開始し、次に300メートルそして400メートルの加速走行に移る。

 加速走行は、調教師によって内容は異なるが、一般的に5〜7日の間隔で行われる。早春に400メートル競走が2歳馬のために用意されているが、多くの調教師は馬を成長させるためこの競走を回避し、晩春に行われる900メートルまたは1,000メートルの競走に出走させる。

 調教師が追い切りで馬にどれくらいのスピードを希望するかについては個人差があるが、それはかなりの程度まで個々の馬によって決まる。ギルクリスト調教師は、「最優秀短距離馬のロストインザフォグ(Lost in the Fog)を例にとると、同馬は追い切りで速いスピードを出していました。しかし、レースに出すための仕上げの際に、同馬が(5ハロンを)コンマ59秒4/5で走ったのは、同馬にとって必ずしも速い追い切りではありません。しかし、未勝利馬が追い切りで(3ハロンを)コンマ32秒で走ったとすれば、それはかなり速い追い切りタイムだと思います」と述べている。

 ボブ・バファート(Bob Baffert)調教師のような三冠競走を目指す調教師は、三冠シリーズの過酷さに備えて馬を仕上げるために、厳しく調教する必要があると確信している。調教師は、激しい競走のために余裕を残しながら、十分な基礎作りをするという微妙な舵取りをしなければならない。

 調教師の中には、馬を速く走らせるためには、速い追いきりをしなければならないと考えて、あらゆることを速く行うのが良いと信じている者がいる。

 ギルクリスト調教師は、「ある調教師は、管理馬を1つの場所から別の場所へ自分で輸送していますが、彼は時速80マイル(約128キロ)で馬運車を運転します。彼は、“馬を速く走らせるには、運搬する際でも馬をスピードに慣らした方が良い”と言いました」と述べている。

By Lenny Shulman
(1ドル=約110円)

[The Blood-Horse 2008年3月1日「The majority of North American trainers have a reputation of putting speed into their young horses」]

次号(9号)には「世界の競走馬調教法(南アメリカ)」を掲載


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