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海外競馬情報
2008年08月22日  - No.16 - 2

ねすぎた蹄、ロングトー・ローヒールの原因と問題点(アメリカ)【獣医・診療】


 サラブレッドは、ロングトー・ローヒール症候群(long toe low heel syndrome:外見上つま先が伸びすぎてカカトがつぶれた蹄の病態)を起こす傾向があるように思われる。一部の専門家は、ロングトー・ローヒール症候群の原因が仔馬の肢蹄の管理方法と走る地面の種類にあると考えている。

 また、他の専門家のなかには、ロングトー・ローヒール症候群は、肢勢の欠陥、それもおそらくサラブレッドの遺伝的な欠陥であり、調教・競走過程で悪化すると確信している者もいる。競馬で馬が全速力で走るとき、一完歩ごとに、蹄踵に繰り返しすさまじい力が加わる。湿った馬場における調教と競走および毎日のシャワーは、水分が馬の蹄をやわらかくし、ロングトー・ローヒール症候群を進行させる。

 ロングトー・ローヒール症候群とは、蹄踵壁の傾斜βが蹄先壁の傾斜αよりも5度以上低い状態(図1参照)であり、また蹄先壁の角度が繋の角度よりねている場合にしばしば起きる。ロングトー・ローヒール症候群は、蹄の不均衡を生じさせ、蹄血斑、挫跖、蹄の横側や蹄踵部の裂蹄などの蹄疾患を引き起こすことがある。また、ロングトー・ローヒール症候群は、血管に損傷を与え、血管疾患の原因となることがある。

 1990年代にテキサスA&M大学(Texas A&M University)の蹄疾患対策プロジェクト(Hoof Project)を率いたデーヴィッド・フッド(David Hood)獣医学博士は、「ロングトー・アンダーランヒール(underrun heel:図2参照)によって馬の蹄に負担をかけすぎると、蹄を物理的に傷つけ、血行を阻害することがあります」と述べている。

(図1)
α−β>5°→ ローヒール
(図2)
βの値が限りなく“0”
→ アンダーランヒール
蹄先壁の凹湾も目立ちます。
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 さらに重要なことには、ロングトー・ローヒール症候群は、その矯正を怠ると、整形外科的な故障や跛行を引き起こす可能性があることである。

 テキサスA&M大学大動物臨床科学部長で、装蹄師でもあるウィリアム・モイヤー(William Moyer)獣医学博士は、ロングトー・ローヒール症候群の重大性を説明している。

 同氏は次のように述べている。「この決して理想的とはいえない蹄の発生率が特に高いのは、競走用のサラブレッドとクォーターホースです。最も普通に見られる異常な蹄は、過度なローヒールです。つまり蹄踵が極度につぶれて、蹄踵壁の傾斜が地面とほとんど平行、あるいは蹄踵壁が地面に接触する蹄です。この様に蹄踵壁が下向きに“巻き込んだ”過度のローヒールのことを特にアンダーランヒール(図2)と呼びます」。

 「ローヒールは、低い角度を生むロングトーと関連しています。このような蹄はまた、異常な磨耗によって生じ、または悪化することがあります。最終的には、とりわけ蹄の後ろ半分の衝撃吸収能力が弱くなり、またロングトーがさらに長くなります」。

 モイヤー氏は、多くの馬は生まれながらにローヒールであるが、柔らかな牧草地で放牧される馬および削蹄・装蹄の回数が少ない馬は、ロングトー・ローヒール症候群にかかる可能性が高いと述べている。これらの特殊な要因は、競走に出ている馬には関係ないが、牧場にいる産駒や若馬の場合には重大な要因となることがある。

 ノーザン・バージニア・エクワイン・イン・マーシャル(Northern Virginia Equine in Marshall)のスティーヴン・オグレーディ(Stephen O’Grady)獣医学博士は、「ロングトー・ローヒール症候群には遺伝的な原因があるようです。親の一方または両方と同じ蹄を持って生まれる産駒や、後にそのような蹄になる産駒が多くいるからです。近年、生まれたときからロングトー・ローヒールの産駒がますます多くなっているようです」と述べている。

 ケンタッキー州のウィンスター・ファーム(WinStar Farm)とスリー・チムニーズ・ファーム(Three Chimneys Farm)の装蹄師をしているスティーヴ・サイモン(Steve Simon)氏は、「肢軸異常(flexural deformities:いわゆる肢曲がり)は、蹄のアンバランスの原因となります。また、腱や靭帯が弱いと、ロングトー・ローヒールになります。この場合、蹄踵を圧縮するようになり、蹄先部にそれほど多くの負荷はかかりません。肢軸異常は通常、時とともに治ります。馬の蹄を管理し、そのことを忘れないようにしなければなりません。2週間に1回削蹄する限りは、一般的に問題はありません」と述べている。

始まりはロングトー

 ロングトー・ローヒールの発生メカニズムは以下のとおりである。まず馬の蹄先部が生長すると、それに伴い蹄踵部も前方に向かって生長しながら、蹄踵が低くなり始め、繋はそれとともに立ち気味になり、蹄先壁の角度と繋の角度に差異をもたらす。蹄壁は、角細管と呼ばれる柱状の組織からなっている。馬の蹄踵が低くなりすぎると、角細管は地面と水平になるまで曲がることを余儀なくされる。そうなると、支柱の働きをする角細管は、蹄先壁の傾斜と平行の状態でなくなり、馬の体重を支えることが不可能となる。この段階になると、蹄踵は生長を止めるが、蹄先部は生長し続け、ロングトー・ローヒール症候群を悪化させる。

 モイヤー氏は、ロングトー・ローヒールが馬の肢の仕組みにどのように影響するかを説明し、「蹄先部の長さは、蹄の反回(蹄が離地する直前に蹄尖を支点に蹄が回転する動作)の際のテコの腕の長さに相当します。蹄先部の長さが伸びれば伸びるほど、テコの原理が働き、蹄の反回にはより大きな力が必要になります。これは、肢の支持システム−屈腱、?靭帯およびその他の靭帯−により大きな負担をもたらすことになります」と述べている。

 「同時に、蹄先部の伸張は、関節(腕関節、球節、冠関節および蹄関節)の通常の解剖学的な可動範囲を超える動きをもたらすことになります。その結果、これらの腱・靭帯組織の負担はますます増加し、通常の張力限度を超え、腱・靭帯組織の損傷または障害を招くことがあるのです。このようなロングトー・ローヒールから生じる力学的問題は、トークラブ(歯鉄)で蹄先部を高くすることによっていっそう悪化します」。

 全米馬臨床獣医師協会(American Association of Equine Practitioners)の元会長で、クラークスバーグにあるニュージャージー馬診療所(New Jersey Equine Clinic)の所有者スコット・パーマー(Scott Palmer)獣医学博士は、ロングトー・ローヒールになっている馬に整形外科的障害リスクが潜在的に高いことを憂慮すべきだと述べている。ロングトー・ローヒールは、致命的な負傷のために死亡した馬または安楽死させられた馬についてカリフォルニア州とオクラホマ州で行われた優れた2つの調査によって、1990年代後半から注目され始めた症候群である。

 致命的な負傷のために死亡した90頭の競走馬を検死した結果、オクラホマ州立大学(Oklahoma State University)のオーリン・ボルチ(Olin Balch)獣医学博士は、97%の馬がアンダーランヒールになっていたことを発見した。同氏は、「アンダーランヒールは繋靭帯組織の疾患を持つ馬にとって潜在的にかなりの危険因子である」と結論づけている。カリフォルニア州でかつて行われた調査も同じような結果を示している。

 パーマー氏は、「サラブレッド競馬に関する最大の問題の1つは、ロングトー・アンダーランヒールと言えます。馬が出走できるかどうかに関わるからです」と述べている。

 同氏は、「ロングトー・ローヒールから生じることのある軟組織の損傷−そのような蹄から起きる腱および繋靭帯の負担−を管理することは非常に困難です。また、ロングトー・ローヒールによって、ナビキュラー(遠位種子骨)周囲痛や蹄踵痛が起きます」と述べている。

 コロラド州立大学(Colorado State University)臨床科学の准教授ジョー・ストリックリン(Joe B. Stricklin)獣医学博士は、ロングトー・ローヒール症候群にかかっている馬の腱損傷をとりわけ懸念している。

 同氏は、「私たちが多くの馬に見るロングトー・ローヒールが起きた場合、それらの馬が屈腱炎になる可能性はつねに高くなります。私たちは、これらの馬の蹄踵を高くする様にしています。実際、ロングトー・ローヒールは、腱に対するストレスを高めます」と述べている。

 モイヤー博士とボルチ博士を含む多くの獣医師は、サラブレッド競馬の発展とともに競馬関係者はロングトー・ローヒールの蹄に慣れたために、ロングトー・ローヒールの蹄を深刻な病理的偏向と見なさずに、サラブレッドの通常の蹄として受け入れ始めたと確信している。伝統とは、物事の考え方を永続的に単純化させるものである。

 ノースカロライナ州立大学(North Carolina State University)馬外科学部の准教授アンソニー・ブリクスラガー(AnthonyBlikslager)獣医学博士は、「蹄は、何世紀にもわたり削られてきました。それは1つには人々が削蹄は馬を速く走らせるかもしれないとあるときに考えたためであると思います。しかし、実際には削蹄によって必ずしも馬が速く走れる訳ではありません。削蹄は、跛行の原因となる場合もあります」と述べている。

削蹄の重要性

 蹄踵を削らず、蹄先部の負面をニッパーで削り落とすのは、一見したところではロングトー・ローヒール症候群を解決するための合理的な方法と思われる。しかし、装蹄師の中には、蹄先壁前面を鑢削し、次につぶれた蹄踵部を削除して、蹄踵部に健全でまっすぐな角細管の生長を促すことが解決策であると確信する者もいる。この方法により、四肢の負重中心軸は後方に移動し、適正な負重バランスを確保することができる。

 ケンタッキー州の有名な四肢整形外科医リック・レドン(Ric Redden)獣医学博士によって普及された4ポイント削蹄(four‐point trim:体重を主に負担する蹄の外周部分の内・外側と蹄先部分を多めに削り、削り残した内・外蹄先部と内・外蹄踵部の4点が接地するように配慮した削蹄技法:図3参照)は、ロングトー・ローヒール症候群に対処するためのもう1つの方法である。この方法の目的は、蹄先壁下面を鑢削し、反回の支点を蹄骨の先端1インチ(約25.4mm)以内に戻すことにある。それと同時に、蹄の角度を繋の角度とそろえることにある。

(図3)
フォーポイント削蹄の基本
破線で囲んだ部分を多めに削切。削り残した4か所(矢印で示す部分)が接地して負重。

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レドン博士は、「蹄の先端を除去することにより力学的に効率の良い蹄の反回を可能にし、反回の際の蹄骨への力学的ストレスを取り除きます。さらにフォーポイント削蹄は蹄底にも、より負重させることが可能になるので馬の蹄壁の生長を妨げる障害を取り除くことができる」と書いている。

 人工馬場がロングトー・ローヒール症候群にかかっている馬の助けになる可能性があるのは興味深いことである。カリフォルニア州の競馬場で仕事をしているベテラン装蹄師ウェス・シャンパーニュ(Wes Champagne)氏は、カリフォルニア州の競馬場で走る馬の蹄は、同州が州内のすべての競馬場に人工馬場の導入を義務づけて以降、改善し始めていると述べている。

 同氏は、「馬の蹄踵は、若干よくなっており、ロングトー・ローヒール症候群にかかる傾向は少なくなっています。したがって、蹄は本来の状態に戻る傾向があります。クッション層による衝撃緩和の効果からか、以前に比べて馬の蹄の生長は若干改善しています」と述べている。

 しかし、とりわけ厳しい日程で管理馬を伝統的なダート馬場で転戦させる調教師は、馬の蹄をバランスよく保つ方法を見つけなければならない。パーマー氏は、最善の解決策は馬主・調教師が装蹄師と獣医師の協力を得て問題を解決するために努力することであると述べている。

 

【訳者解説】この記事の前段で、ロングトー・ローヒールを「蹄踵壁の傾斜が蹄先壁の傾斜よりも5度以上低いもの」としていますが、それは学問的に確立された定義ではありません。すなわち、その差が「5度以内」ならば正常ということではありません。「5度以内」であっても、調教量や馬場、あるいは馬の肢蹄のコンディションに応じて、ロングトー・ローヒールが重大な他の故障を招く要因となる可能性もあるので、慎重に対応すべきです。

 最近、ロングトー・ローヒールに関連して、蹄骨の異常な傾きが注目されています。たとえばX線写真で蹄を横から見たとき、蹄骨の下縁ラインの傾斜が、水平を超えて、踵側が水平ラインよりも下がっているケースを、「負の蹄骨掌(蹠)側面角度:PA(Palmer/Planter Angle)マイナス」と呼び、肢蹄トラブルの要因の一つとして問題視されていますPAマイナスの傾向を発見したときは、大事に至る前にその対策を講じる努力が大切です。

<(図4)
「PAマイナス」と呼ばれる蹄骨の後部沈下現象
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By Denise Steffanus

[Thoroughbred Times 2008年5月17日「Long toe-low heel dangers」]


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