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海外競馬ニュース
2023年06月22日  - No.23 - 3

チャーチルダウンズの予後不良多発についての有名獣医師の見解(アメリカ)[獣医・診療]


 選択の余地はなかったのだ。

 馬・厩舎スタッフ・設備・調教活動を例年よりも1ヵ月早くチャーチルダウンズからエリスパークに移動させなければならないことは、ホースマンにとって大きな苦難である。しかし、ほかに論理的選択肢はなかった。そうしなければ、チャーチルダウンズ社(CDI)・ケンタッキー州競馬委員会(KHRC)・HISA(競馬の公正確保と安全に関する統括機関)が馬のために"何もしなかった"、もっと悪くすると"気にもかけなかった"という印象を与えることになるのだ。

 チャーチルダウンズの春開催で予後不良となった12頭ほど、そのデータについて厳しい監視を受けた負傷馬グループはこれまでなかったかもしれない。この精査は、競馬統括者・獣医師・疫学者・調教師・生産者、そして実質的に競馬関係のすべての部門の人々によって実施された専門的なものだった。しかしこの1ヵ月のあいだに、一般の人々も参加していた。競馬に関心の薄い多くの友人や知人も私が競馬に携わっていることを知っているので、どんなことをしゃべっていてもすぐに「チャーチルダウンズで何が起こっているんだ?」とその話題に触れた。

 嘆かわしいことに、「まだ分からないんだ」と答えるしかない。2019年のサンタアニタパーク競馬場での予後不良事故の頻発により敏感になったにわかファンは、私たち競馬関係者がどれだけ馬を大事に思っているか、これらの予後不良事故を査定して馬を守るためにどれほどハードに取り組んでいるかという話をしても納得してくれないのである。ほとんどの場合、「でも、馬は・・・」と言って終わってしまう。たとえ調査結果が"説明ができない"というものであったとしても、私たちは普段どおりの仕事をするわけにはいかないのだ。

 では、どうすれば良いのだろうか?薬物に関する方針の緩和が解決策にならないことは明らかだ。事故馬データベース(Equine Injury Database)や剖検によるデータによると、予後不良となった馬は過去に関節内注射をうけた頻度が平均よりも高いことが分かっている。だから、その頻度をさらに上げる道には進むべきではない。サンタアニタ競馬場での予後不良の頻発を止めるには薬物方針の厳格化が一役買ったが、チャーチルダウンズではその方針の多くがすでに実施されていた。それゆえ、その単純な解決策ですべてに対応することはできないのだ。

 新しい技術や画像診断法があるにもかかわらず、出走予定馬の健康状態を最も適切に判断するのは、その場にいる規制獣医師であることに変わりはない。事故馬データベース(EID)では、2009年から怪我は38%減少していると示されている。規制獣医師が尊敬される専門家として見られる時代になったことが、その一番大きな理由だ。この分野で働く多くの人々がこの変化を担っているのだ。

 このように陰で競馬を支える規制獣医師たちは、毎日レースの全出走馬のために重要な決断を下す責務を担っている。彼らの尽力が一番報われるよう競馬産業が行ってきた最善のことは、この決断を下すべきときに、馬に投与されている薬物を最小限に抑えることだ。跛行は潜在的な問題の兆候であり問題そのものではないと認識することで、薬物使用を最小限に抑えるというアプローチは有効になる。規制獣医師が出走取消にするさいの唯一の手がかりである痛み・熱・腫れといった兆候を最小限に抑えるためにあらゆる努力が払われてしまっては、この判断をすることがほとんど意味なくなってしまう。問題を突き止めようとしているときに、その問題を隠ぺいしてしまうのは道理にかなわない。

 検査を担当する獣医師がすべてを把握しているわけではないが、こうした競走前検査は競走馬および競馬界に重大な結果をもたらしている。私は臨床獣医師として、競馬場で治療を行う獣医師と同じように薬物を使用している。これは優れた実践方法であり、アスリートの競争力を保つために不可欠である。現在の治療法では、跛行の原因となる多くの問題を解決できる。しかし、私たちは競走前検査の前には、これらの薬を有効性の閾値を下回る投与に抑え、特定すべき根本的な問題を覆い隠してしまわないようにすることを望んでいる。まだ完璧な規制ができていないのだろうか?確かにまだできておらず進行中である。だが、HISAはこれまでよりもはるかに優れたアプローチをとっており、時間や経験とともに改善されていくと確信している。競走中の怪我を防止するための解決策は薬物使用を緩和することだというケンタッキー州ホースマン救済協会(KHBPA)の前提には同意できない。治療は疾病に対して効果を発揮し、競走前検査の前に痕跡が消えている必要があるのだ。

 そう遠くない将来に電子センサーや標的画像が規制獣医師の意思決定の一部に役立てられることになると思われる。しかし現時点では、獣医師の観察と判断に頼らざるを得ない。その決断をこれ以上難しくするのはやめよう。

By Dr. Larry Bramlage

 [ラリー・R・ブラムレージ博士は、国際的に認められた馬の整形外科医師であり、ルード&リドル馬診療所(ケンタッキー州レキシントン)で診療を行っている。全米馬臨床獣医師協会(American Association of Equine Practitioners)とアメリカ獣医外科学会(American College of Veterinary Surgeons)の元会長でもある。]

[bloodhorse.com 2023年6月7日「Our Voices: More Medication Not the Answer for Racing」]

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