バファート調教師、ナショナルトレジャーでプリークネス8勝目を達成(アメリカ)[その他]
ボブ・バファート調教師は正当性を弁明する場ではなく、おそらく区切りをつける場としたかったのだろう。
とはいえ、第148回プリークネスS(G1 ピムリコ 5月20日)で起こったことはこの殿堂入りトレーナーにとってまさに過去2年間の縮図だった。
この2年間には、ケンタッキーダービー(G1)で優勝したもののピコグラム単位で薬物が検出されてそれが取消され調教停止処分も受けるという出来事が詰め込まれていた。しかしナショナルトレジャーがブレイジングセブンスとの直線での壮大な一騎打ちを頭差で制してプリークネスSを優勝したとき、いくつかの信じられないほどの大勝利が一巡して手元に戻ってきたのだ。バファート調教師はプリークネス8勝目を達成し、殿堂入りジョッキーのジョン・ヴェラスケス騎手(51歳)は三冠競走の二冠目のレースを初めて制覇したのだ。
バファート調教師は感情が高ぶり、声がかすれていた。「美しい妻ジルの支えと、家族や友人の存在なしでは成し遂げられませんでした。厳しい道のりでした。しかし乗り越えられるだろうと信じていたので、ただ仕事に没頭するだけでした。これまで言ってきましたが、馬への愛があるからこそ没頭しつづけることができ支えられてきました。雑音を締め出してきたのです」。
「きつい瞬間もありましたが、こういう日は正当性を弁明するような場ではないのです。ただやっていることを楽しめる瞬間なのです。チーム全員の頑張り具合で報われるものですね。私にとって最も大事なのはそれなのです」。
単勝2.4倍の1番人気を背負ったケンタッキーダービー(G1)優勝馬メイジが3着に敗れたことにより、5年連続でベルモントS(G1)が三冠達成の舞台にならないことがこの日決定した。また、競馬がいかに浮き沈みの激しいスポーツかということが凝縮された午後でもあった。バファート調教師はアラビアンライオンでサーバートンS(G3)を制し、ナショナルトレジャー(父クオリティロード)でプリークネスを制して三冠競走の史上最多17勝を達成したが、そのあいだのレースで管理馬1頭を失うという苦悩を味わった。チックラングS(G3)でハヴナメルトダウン(Havnameltdown)が予後不良事故に遭ったのだ。
「この仕事を43年間やってきて、打ちのめされてきました。毎年うまくいかないことが山のようにあって、痛い目に遭ってばかりなのです。私のように長くやっていると、あまり興奮を爆発させられないものなのです。なぜなら、すぐにまた叩き潰されるだろうと分かっているからです」。
「今一番気になっているのは騎手が無事だったかということです(ハヴナメルトダウンに振り落とされたルイス・サエス騎手は地元の病院でレントゲンを撮っていて異常はなかった)。でもそれは困惑させられることの1つに過ぎないですね。同時にほかの馬もケアしなければならず、集中力を保たなければなりません。調教師の生活は世間で思われているほど華やかなものではありません。今や世界のトップレベルにいるかもしれませんが、馬が能力を発揮して走ってくれて、ここにいる誰もが喜んでくれると、私はただホッとするのです。それでも、厩舎に帰って空っぽの馬房を見ると悲しくなりますね」。
13回目の挑戦でプリークネス初勝利を成し遂げたヴェラスケス騎手の騎乗は最高の出来だった。最内枠からナショナルトレジャーをスムーズに発走させ、向正面で伏兵のコーヒーウィズクリスとブレイジングセブンスにプレッシャーをかけられながらも単騎先頭に立ち、6ハロン1分13秒49という極めてスローなペースで進んだ。そして直線入口でブレイジングセブンスと鞍上のイラッド・オルティスJr.騎手が並びかけてくると、ヴェラスケス騎手に促されたナショナルトレジャーはその断固たる挑戦を退けた。
2頭は直線で接触したが、裁決委員による審議も騎手による申立てもなかった。
史上最高の4億6,500万ドル(約651億円)もの生涯獲得賞金を誇るヴェラスケス騎手は、「なんという瞬間でしょう。ただ言えるのは、最高の騎乗しようとしていると馬が望むとおりに反応してくれたということです。それだけなのです。馬が全力を尽くしてくれたのです。それこそ望んでいたことであり、彼が成し遂げてくれたのです」。
馬主グループにとっても励みになる瞬間だった。彼らは、メディーナスピリットが薬物検査で陽性反応を示して2021年ケンタッキーダービーの優勝が取り消され、調教停止処分を科されたバファート調教師を忠実にサポートしてきたのだ。1年間にバファート厩舎の数頭の所属馬が陽性反応を示し、メディーナスピリットはその1頭だった。
馬主グループの一員であるマダケットステーブルスのトップを務めるソル・クミン氏は、「私たちはつねにボブを支持してきました。彼は長いあいだ活動してきましたが、不当な扱いを受けてきました。この馬主グループで決意がゆらぐ人はいませんでしたね。これからも彼を応援していくことでしょう」と語った。
ナショナルトレジャーは今回のプリークネスSの勝利で通算成績を6戦2勝にした。バファート調教師がチャーチルダウンズ社(CDI)から私有地出走停止処分を受けていたため、この馬はケンタッキーダービー(チャーチルダウンズ)を目指してティム・ヤクティーン調教師のもとで前走のサンタアニタダービー(G1 サンタアニタパーク)に挑んだが4着に敗れて出走ポイント獲得に失敗していた。バファート調教師は厩舎に戻ってきたナショナルトレジャーを6週間後のプリークネスS(ピムリコ)に向けてピークの状態に仕上げた。彼はピムリコ競馬場には管理馬を出走させる資格があった。
ナショナルトレジャーが6月10日のベルモントS(G1 ベルモント)に出走するかどうかを数日内に決定する予定のバファート調教師はこう語った。「サンタアニタダービーのレースぶりはまずまずだったと思います。しかし彼は未熟だったと言えるでしょう。そう考えてました。だから今回のような走りっぷりを望んでいたのです。ネタばらしはしたくありませんでした。私たちはこれらの馬を愛していて、管理馬が勝つのを見るのは、まるで自分の子どもが勝つのを見るようなものなのです」。
ナショナルトレジャーは、2021年にサラトガセール(ファシグ・ティプトン社ニューヨーク・1歳セレクトセール)において50万ドル(約7,000万円)で購買された。母トレジャーが送り出した4仔の中で唯一のステークス勝利を果たしている。トレジャーにはほかにもルノワール(Renoir)という1歳牝駒(父オーセンティック)がいる。
ナショナルトレジャーのプリークネスS(約1800m)の勝ち時計は1分55秒12。2番人気に支持され、配当は2ドル(約280円)につき7.80ドル(約1,092円)だった。
チャド・ブラウン調教師はブレイジングセブンス(父グッドマジック)がチャンスを失ったのは、スローペースとかなり外を回されたせいだと嘆いた。彼は2017年と2022年のプリークネスSを、クラウドコンピューティングとアーリーヴォーティングで制している。これら2頭もブレイジングセブンスと同じようにケンタッキーダービーをスキップしていた。
ブラウン調教師はこう語った。「スローペースになることは分かっていました。でも、もう少し揉まれるレースになるだろうと思っていたのです。彼の頑張りをとても誇りに思います。このレースを2度制しましたが、勝馬の走りは素晴らしいものでした。今回は望んでいたような走りっぷりではなかったですね。どちらにでも転ぶものです。それが競馬というものですね」。
16番手から追い上げてダービーを制したメイジ(父グッドマジック)にとってスローペースは大きな足かせとなった。6ハロンを5番手で通過し、直線では3番手に上がったが、その後わずかに寄れて、勝負に加わり続けることができず、ブレイジングセブンスの2¼馬身後ろでゴールした。
メイジの鞍上ハビエル・カステリャーノ騎手は、「ペースに泣かされました。あまり速いレースになりませんでしたね。後方から追い込む馬にとって不利な展開になりました」と語った。
メイジはケンタッキーダービーで馬群を突き破った稀に見る追い込みをプリークネスSで再現しようとしていたのだ。
グスタボ・デルガド調教師のアシスタントを務める息子のデルガドJr.氏は、「果敢にチャレンジして、その甲斐はあったのですが、敗れてしまいました」と述べた。
By Bob Ehalt
(1ドル=約140円)
[bloodhorse.com 2023年5月20日「National Treasure Edges Blazing Sevens in Preakness」]