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2022年07月07日  - No.24 - 1

スミヨン騎手、ヴァデニをエクリプスS優勝に導く(イギリス)[その他]


 稀有ではあるが何だか分からない素晴らしさをもつ人がいるものだ。

 クリストフ・スミヨン騎手もその1人である。洗練されたスーツに身を包みスマートなサングラスを掛け、完璧にセットした黒髪の彼がサンダウンの検量室に入ったとき、映画スターのお出ましだと思ったかもしれない。でもそれは大きな勘違いというものだろう。ほどなく、彼が最高の騎手であると思い知らされることになるのだから。

 これはヴァデニがフランス調教馬として62年ぶりのエクリプスS優勝馬となった午後のことである。アガ・カーン殿下はこれまで、ずっと昔に父と祖父が勝利を収めたレースを制覇することができなかったのだ。スミヨン騎手はサンダウンで勝利を挙げたことがなく、おそらくそのためか到着後すぐにコースを歩いていた。彼は自分が何をすべきではないかをよく知っていた。

 豪華メンバー6頭はどの馬も一歩も譲らず先行するので、このエクリプスSは荒れる可能性があった。太陽の下で息子のミカとロバンを伴い散歩を終えたとき、スミヨン騎手は一生懸命考えていることを明らかにした。

 彼が「駆け引きが求められるレースになりそうですが、誰かが先頭に立たなければならないでしょう」と言ったとき、「それはあなたなのではないでしょうか?」という質問が投げかけられた。

 彼は「いやいや」と強く否定し、「フランス馬に合った乗り方をしないといけないと思いますね。バカなことはしませんよ」と述べた。

 しかし結果的に彼は少々バカなことをやってしまい、12日間の騎乗停止処分を受けた。ただその時にはすでに勝利を決めていた。そして、そのレース自体は実に素晴らしいものだった。

 最も予想できたことだが、アレンカーが先手を取った。もう1頭の明らかに先行すると見られていたミシュリフはスタートで出遅れただけでなく、残り1ハロン(約200m)余りの地点でスペースを見つけられず、何度も運に見放された。スミヨン騎手はその段階までにヴァデニを馬群の外に出しており、最後の1ハロンは緊迫してスリリングな展開となったが、いつも主導権を握っていたのは仏ダービー(G1 ジョッケクルブ賞)を大差で勝ったこのヴァデニだった。

 息を飲む横一線のゴールで2着・3着・4着に入ったのは、ミシュリフ・ネイティヴトレイル・ロードノースである。そのうちネイティヴトレイルとロードノースは敗戦直後に危険な目に遭うことになる。腕を振っていたスミヨン騎手は勝利の喜びに浸るあまり、ヴァデニを右に寄らせてしまい、打ち破ったばかりの2頭の進路を遮ったのだ。入線後もハラハラするようなエクリプスSだった。

 祖父が欧州で初めて所有馬を出走させてから100周年を迎えるアガ・カーン殿下にとっても記念すべき瞬間となった。今回オーナーブリーダーとして勝利を挙げたアガ・カーン殿下はリスボンでこのレースを見ており、サンダウンには代理として娘のザラ王女がいた。この場に彼女がいたのはちょうど良かった。当然ながら感動と歓喜に包まれていた。彼女なしでヴァデニは優勝することはなく、このレースに出走もしていなかったかもしれない。

 仏ダービー(シャンティイ)での偉業のあと、ジャン-クロード・ルジェ調教師はヴァデニを8月中旬に重要な3歳限定戦、ギヨームドルナノ賞(ドーヴィル G2)に出走させると発表した。ザラ王女は賢明にも調教師の決定を覆した。

 カメラマンたちはザラ王女と将来一族の種牡馬となるだろうヴァデニの写真を撮ろうと「マダム!マダム!」と叫んだ。彼女は「私はイングランド人です!」と叫び返した。後に自分を英国人であると修正した。ヴァデニは2000mの距離にとどまる可能性が高いために凱旋門を目標としないだろうという事実も含めて、彼女は記事にされるのにふさわしいことをさらに語った。

 「ヴァデニは本当に素晴らしい快挙を達成してくれました。だから叫んでいたのです」。

 「ルジェ調教師はギヨームドルナノ賞について言及していましたが、生意気に聞こえるのは承知なのですが、ヴァデニのように仏ダービーを楽勝した2000mを得意とする馬をG2に出走させたくありません。G1で勝負できるのに、それ以外のレースに出走させる理由が分からないのです」。

 「たしかに指標となるレースはあります。エクリプスSはその1つです。ある種牡馬のキャリアを検討するときに、種牡馬としてポテンシャルがあることを示す指標となるレースを見ます」。

 「ギヨームドルナノ賞に行くこともできましたが、エクリプスSと比べると物足りなかったでしょう。クラシック競走を制してから、"放牧させてクラスを下げて気楽にやろう"というわけにはいかないのです。キャリアは一度きりです。強豪馬に挑戦すべきなのです」。

 実際にそうなのだ。このようなスポーツ精神あふれるアプローチに拍手を送りたくなる。同じように、騎乗停止処分へのスミヨン騎手の反応にも微笑まずにいられなかった。2011年英チャンピオンS(G1)をシリュスデゼーグルで制したあとに鞭使用違反による騎乗停止処分と過怠金を言い渡されたとき、彼はその制裁を批判して、"歯医者に治療費を支払えなくなるかもしれない"と訴えた。今回、スミヨン騎手は白い歯をこぼしながら制裁を冷静に受け入れた。

 「A地点からB地点のあいだをできるだけ速く走ることが私の仕事です。今回それができました。ただB地点のあとがあまり良くなかったですね」。

 「すべてが実にうまくいったのですが、決勝線を通過したとき、多分これまで経験したことがないほど感情が爆発してしまったのです。人生におけるもうひとつの教訓ですね。次はもっと控えめに喜びを示そうと思います」。

 とても上品である。 まさに彼の馬のように。

By Lee Mottershead

[Racing Post 2022年7月2日「Soumillon simply brilliant in the heat of battle - despite his 12-day ban」]


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