アニマル・ヘルス・トラストの閉鎖で英国競馬界に深刻な影響（イギリス）[獣医・診療]
英ダービー＆英オークス（G1 7月4日）がエプソムダウンズの空っぽのスタンドの前で実施されたのは、新型コロナウイルス感染拡大によって英国競馬にもたらされた結果であることは明らかだ。
エプソムとサンダウンにおいて素晴らしいレースが繰り広げられたことで影に隠れてしまったが、この数日間において新型コロナウイルスが競馬に及ぼしたもう1つの影響があった。
それは、競馬界が慎重に扱わなければならない重大な出来事である。
7月3日、ニューマーケットを拠点とする慈善団体アニマル・ヘルス・トラスト（Animal Health Trust: AHT）が、今後長期的に存続するのに必要な財源を確保できないため閉鎖しなければならないと発表したのだ。AHTは動物関連事業として、馬インフルエンザや腺疫のような疾病の監視や、サラブレッド産業への専門的な獣医学研究を実施してきた。
アン王女が理事長を務めるAHT は1942年に創設された。AHTは3月、すでに逼迫した財政状態に加え新型コロナウイルスによる経済的打撃を受けているために、閉鎖の危機が迫っていると予告していた。
AHTの過去3期分の決算報告書を見れば、支出超過となっている。変動があるものの下落傾向に陥った財政状況は、遺贈収入によって安定させられず、結果的に準備金を使い果たしている状態であった。
競馬界はAHTに年間約70万ポンド（約9,450万円）を提供し、そのうち40万ポンド（約5,400万円）は競馬賭事賦課公社（Levy Board 賦課公社）が提供していた。一方、AHTは競馬界のために多くの研究プロジェクトを実施していた。
また、賦課公社はAHTの財政難が明らかになったとき、さらなる財政支援を行う準備をしていた。
AHTの代表者たちは、2月、3月、そして6月に、賦課公社に対してプレゼンを行った。そして賦課公社は2020年のために、暫定的な補助金70万ポンド（約9,450万円）を計上していた。
受託者たちはAHTを存続させるために、小型動物・馬関連の外来診療部門を閉鎖して獣医学・科学研究に専念させるという計画を立てた。また、AHTは多くの資金提供の申出を受けていたが、それらは十分ではなかった。
英国競馬界におけるAHTの重要性は、昨年馬インフルエンザが発生した時に、通常1年間で行う検査数よりも多い件数を5日間で実施したことにより浮き彫りになった。
BHA（英国競馬統括機構）のCEOニック・ラスト氏は当時、懸命に取り組んだAHTの高名なリチャード・ニュートン（Richard Newton）博士とそのチームに感謝し、「世界トップレベルの科学者と獣医師の固いサポートを受け、とても心強かったです。馬インフルエンザの流行が長引けば、競馬にはさらに大きな損害が引き起こされ、馬の健康は損なわれていたでしょう。彼らの行動のおかげで、そのリスクは減らされました」と語っていた。
AHTの受託者が清算手続きを始めようとしていることで、その"心強さ"は消滅しつつある。
BHAは7月3日のニュースを受け、サラブレッド生産者協会（TBA）、馬主協会（ROA）、競馬財団（Racing Foundation）、賦課公社と会合を持った。そして、BHAが疾病監視・検査能力を維持する競馬産業内での取組みを率いていくことで意見が一致した。解決策が見つかれば、賦課公社からの条件付き補助金70万ポンド（約9,450万円）は支給される。
BHAは英国馬術連盟（British Equestrian Federation）などの他団体とも一緒に取り組むだろうと述べた。
新型コロナウイルスの感染拡大のために英国競馬界に次々に問題が舞い込んでくるがAHTのサービスの欠如への解決策は優先して見つけ出すべきである。
AHTのスタッフの伝染病学・獣医研究についての専門知識は、英国の馬産業全体が失いたくないものである。
疾病監視・検査が継続されることが必要であり、競馬界にとっての課題はサービスが欠如するかもしれない期間を最短にすることだ。
英国競馬界が最も避けたいことは、馬の疾病の発生がそのまま放置されるということだろう。
By Bill Barber
（1ポンド＝約135円）
（関連記事）海外競馬ニュース 2020年No.12「アニマル・ヘルス・トラスト、財政難により閉鎖の可能性（イギリス）」、海外競馬情報 2020年No.5「英国の競走馬のDNA型検査はウェザビーズ科学研究所で実施（イギリス）」
［Racing Post 2020年7月7日「The sad demise of animal charity that presents a massive problem for racing」］
