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TOPページ > 海外競馬ニュース > ゴドルフィン、スポンサー契約を減らす支出見直しを実施(欧州)[開催・運営]
海外競馬ニュース
2019年02月07日  - No.5 - 2

ゴドルフィン、スポンサー契約を減らす支出見直しを実施(欧州)[開催・運営]


 世界中の競馬関係者は、モハメド殿下の競馬事業体ゴドルフィンの大幅な支出見直しに身構えている。すでに、長年続いていた有名なレースのスポンサー契約の終了が決定されている。

 この展開は多くの人々に衝撃を与えるだろう。ゴドルフィンは、国際レーシングチーム・生産部門ダーレー・レーススポンサー事業を擁している。現在行われている大幅な支出見直しは、広範囲にわたる影響をもたらすかもしれない。

 カラ競馬場の役員は、ダーレーと交わしている愛オークス(G1)のスポンサー契約の終了を伝えられた。また、今年予定されていた愛ゴドルフィン牧場&厩舎スタッフ賞(Irish Godolphin Stud and Stable Staff Awards)の設立は、スポンサー契約が懸案中であるために延期されている。

 ヨーク競馬場がダーレーと交わしているヨークシャーオークス(G1)のスポンサー契約も終了すると考えられている。このレースは1989年~2005年、殿下の英国の最初の拠点アストンアップソープスタッド(Aston Upthorpe Stud)の冠名で施行され、2006年からダーレーのブランドの下で開催されており、29年間マクトゥーム一族のスポンサー契約で施行されている。

 またフランスにおいては、とりわけドーヴィル競馬場のモルニー賞(G1)とジャンロマネ賞(G1)などのスポンサー契約が危機に晒されるだろう。さらにドイツのレースのスポンサー契約も影響を受けるだろう。

 一方、ゴドルフィンがニューマーケット競馬場と交わしている、ジュライカップ(G1)およびフューチャーチャンピオンズフェスティバル[デューハーストS(G1)を目玉とする2日間の開催]のスポンサー契約は2022年までとされている。ダーレーは1996年からジュライカップのスポンサーを務めており、殿下は2017年にハリーエンジェル(Harry Angel)でこのレースを制している。

 なお、今年で14年目となる英ゴドルフィン牧場&厩舎スタッフ賞(British Godolphin Stud and Stable Awards)のスポンサー契約も継続が確認されている。

 ゴドルフィンがなぜ新たに支出見直しに取り組んでいるのかについては不明である。マサー(Masar)の英ダービー(G1)優勝やクロスカウンター(Cross Counter)のメルボルンカップ(G1)優勝により注目を浴びた2018年の大躍進を考えると、所有馬の競走成績に関係しているようには思えない。有名なゴドルフィンブルーの勝負服でこの2レースを制したのは初めてのことだった。

 ジョッキークラブ競馬場社(Jockey Club Racecourses)の東部担当理事であるエイミー・スターキー(Amy Starkey)氏は、こう語った。「モハメド殿下は30年以上も、英国競馬の強力な支援者であり続けています。私たちはゴドルフィンおよびドバイと実りある関係を築いてきました。それゆえ、今年もこれらのイベントで一緒に取り組むことを楽しみにしています。モハメド殿下とそのチームの支援を非常に高く評価し感謝しています」。

 ゴドルフィンは現在のところ、コメントを控えている。

By Lee Mottershead

愛オークスへの長年の支援

 モハメド殿下の30年にわたる愛オークスのスポンサー契約は、アイルランド・英国において最長のものの1つである。このレースは1988年から殿下のアイルランドの拠点キルダンガンスタッド(Kildangan Stud 1986年に購入)を冠名として施行され、2002年からはダーレーの看板の下で施行されている。

 1987年にアガ・カーン殿下のギルタウンスタッド(Gilltown Stud)がスポンサーを務めていたこのレースで、モハメド殿下のユナイト(Unite)が優勝した。その後、モハメド殿下がスポンサーを務めた最初の年には、ともに殿下の所有馬であるディミヌエンド(Diminuendo)とメロディスト(Melodist)がデッドヒートを演じ、1989年にはアリダレス(Alydaress)が優勝した。この時期は、殿下のえび茶色と白の勝負服を背負った馬がこのレースで圧倒的な強さを誇っていた。

 しかし、1991年に殿下の弟アフメド殿下が所有するポゼシブダンサー(Possessive Dancer)が優勝し、2001年に殿下の兄マクトゥーム殿下が所有するライラニ(Lailani)が勝利を収めてからは、マクトゥーム一族の勝鞍は途絶えてしまった。

 その後、殿下が自ら提供した賞金を持ち帰ったのは、2011年にブルーバンティング(Blue Bunting)が優勝したときだけである。

By John Cobb

[Racing Post 2019年2月3日「Godolphin global spending review results in staff and sponsorship casualties」]


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