英国最高齢の競馬ファン、チェルトナムフェスティバルに行く(イギリス)[その他]
ラルフ・ホア(Ralph Hoare)氏が招待を受け入れてチェルトナムフェスティバルを観戦すれば、おそらく新記録が達成されるだろう。
グロスター在住のラルフは現在109歳で、英国で3番目の高齢者である。疲労や流涙症がわずかに見られるが、頭脳は驚くほど明晰だ。彼はその明晰さで、土曜日にどの馬に10ペンスを賭けるかを考えるだろう。
ラルフは、ずっと前にチェルトナム競馬場で過ごした日々を回想する。「ずいぶん長い間、チェルトナムに行っていません。アークル(Arkle)が優勝したチェルトナムゴールドカップ(1964年~1966年)は全部見たと思いますし、その後も2、3度行きました。あの雰囲気と、第1レースがスタートした途端に沸き起こる興奮を、もう一度体験したいです」。
「最初に競馬場へ行ったのは、第2次世界大戦が始まった頃だと思います。30歳ぐらいに競馬を覚え、ギニー競走とダービーはいつも楽しみにしていました。ダンテ(Dante 1945年英ダービー馬)には特別な思い出があります。これまで見た中で最高の馬です。2歳だった同馬がストックトン競馬場(1981年閉場)で優勝する場面を見たのを覚えています。それに、目の前でサー・ゴードン・リチャーズ(Gordon Richards)騎手が(1947年に)グッドウッド競馬場のスチュワーズカップで優勝したことも思い出します。その日は競馬予想家のプリンスモノルル(Prince Monolulu)がトランドルの丘(訳注:グッドウッドのピクニックに適した場所)にいました」。
居間の古い安楽椅子に腰かけたラルフは、ほぼ誰も知らない時代の思い出に浸りながら、私たちをその時代に引き入れた。ラルフの足は以前ほど動かないので、居間にはベッドが置かれている。娘のケイトは一日の大半をラルフの世話をして過ごしており、ラルフは彼女を呼ぶためのベルを持っている。
「第1次世界大戦が宣戦布告された日を覚えています。まだ6歳で、デヴォンポート(デヴォン州、軍港がある)に住んでいました。部屋には祖父と4人の叔母がいて、誰かが入ってきて私たちにそれを伝えました。そして他の誰かが数週間で終わるだろうと言いましたが、ご存じのとおりそうなりませんでした」。
「祖父母と叔母たちは、夕食のときはいつもエール(英国産の上面発酵ビールの総称)を飲んでいました。ベッシー叔母さんは、エールを注いでもらうために水差しを持って近所のパブに通っていました。ある日、彼女はパブから戻ってきて、泣きながらこう言いました。『最悪なニュースよ。キッチナー陸軍大臣が溺死したんですって。それより最悪なのは、水差しを落としてしまったので、夕食用のエールが一滴もないってことよ』。私はこの話が好きで何回も話しています」。
ラルフには他にもたくさんの同じようなネタがあった。「ソンムの戦い(フランス北部での第1次世界大戦最大の会戦)を思い出します。カナダから船団が来るのを叔父と一緒に有頂天になって見ました。叔父はお菓子が詰め込まれた模造の貝をくれました。空襲も覚えています。頭に枕をかぶって台所のテーブルの下に隠れたものです。平和が訪れたとき、プレップスクールにいましたが、校長先生が夕方に花火を打ち上げ、私たちに一杯のココアをふるまいました」。
ラルフは空軍に勤務する前、銀行員として働いた。そこで"アラビアのロレンス"として知られるT・E・ロレンスに会った。「戦争の前にはイーヴリン・ウォー(作家)に出会いました。ケーキが大好きな気難しい人でした。サマセットにあった私の下宿のおかみさんは、とても美味しいケーキを作ってくれました。彼は食べに来ることもありましたが、用意ができていなかった場合は、彼の家に持っていかなければなりませんでした。不機嫌に待っているんだろうなと思っていました」。
7月に110歳の誕生日を迎えるラルフにとって、食べ物はいささか難儀なものである。ラルフは笑顔でこう語った。「うさぎのパイが好きでしたが、最近は食べる意欲があまりありません。食べ物を十分に噛む歯がありませんから。でも、トリップ(牛の胃袋)&オニオンは相変わらず好きですね。昔はよく食べたものです」。
「今と昔の生活の大きな違いは、洗濯機やテレビなどの道具があるかないかです。ラジオはありましたが、テレビはありませんでした。その代わりに、"ルド(サイコロを振って出た数の分進むゲーム)"や"蛇と梯子(子供向けボードゲーム)"をして遊びました」。
ラルフはケイトに出走馬や騎手を読み上げてもらい、ジョン・ゴスデン厩舎の馬に期待を掛けながら、勝馬予想を楽しんでいる。100歳を越えてもゴルフをプレーするなど、スポーツはラルフの人生において情熱の対象であり続けてきた。また、1914年から始めた音楽やガーデニングも彼に大きな喜びを与えている。それは70年間連れ添った亡き妻ドロシーも同じだった。
今や私たちの20世紀への思い出の旅は、1930年代に戻る。ラルフはこう話した。「ウェリントンの友人の家に行くと、誰かがピアノを弾くのが聞こえました。ドアを開けてみると、ピアノに向かって座っているのは、黒髪でグリーンのドレスを着た女の子でした。両足がきれいで、とても魅力的だったのです。そこで、私が結婚するのはこの子だと考えました。しかし、それまでに9年もかかりました」。
ラルフはドロシーと離れることなく、とても長い結婚生活を送った。というのも、ドロシーも長生きしたからだ。ラルフはさらに長い人生を送っていて、英国最高齢者になるかもしれない。
ラルフは、「具合が良ければ、そうなれば良いと思っています。しかし、それが最優先事項ではありません」と述べた。
「超高齢者であることを楽しんでいますか?」と聞かれ、ラルフは「楽しむという言葉は適切ではありませんが、悪くはありませんね」と答え、こう続けた。「これほど長く生きていることを不思議に感じます。私はマイペースで生きてきただけです。二十歳のときと同じように感じています。その頃と違うのは、膝が悪いために数歩しか歩けないことぐらいです」。
長寿の秘訣について、109歳の競馬ファンははっきりとこう勧めた。「いろんな人にいつも言っているのですが、将来を楽しみにするべきです。過去を振り返らないでください。悪いことをたくさん思い出して、"ああすればよかった"と悔やむことになります」。
ラルフが楽しみにしていることの1つは、もう一度チェルトナムフェスティバルに行くことである。彼ほど、このフェスティバルにふさわしい特別なゲストはいないだろう。
By Lee Mottershead
[Racing Post 2018年3月11日「109-year-old Ralph Hoare shows you're never too old to come to the festival」]