故セシル調教師の忘れ形見ノーブルミッション、英国チャンピオンSを優勝(イギリス)[その他]
とかく浮き世はままにならぬが、英国チャンピオンズS(G1)では夢が現実となった。
無理なことだと思われたが、ドキドキする胸を締めつけられるような最後の1ハロンで、私たちは願い、祈り、そして歓喜した。この日の午後アスコット競馬場にいたほとんどの人は、このレースを決して忘れることはないだろう。英国最高賞金を誇るこの競走で、故サー・ヘンリー・セシル(Sir Henry Cecil)調教師の鬼才ぶりを決定的なものとしたフランケル(Frankel)の全弟で同じ遺伝子を持つノーブルミッション(Noble Mission)が、憂いに沈んだセシル夫人(Lady Cecil)のために優勝するという究極の結果をもたらした。
2年前の同じレースで、多くの人々が史上最強馬と考えていた傑出馬フランケルが優勝し、14戦14勝の無敗のキャリアを締めくくった
伝説的な調教師が亡くなる8ヵ月前に成し遂げたこの快挙は、その場にいた競馬ファンを魅了したが、今回、ヘンリーが生前管理していた馬がその未亡人のために優勝したことで来場者は2年前と同じように魅了された。それは、この日アスコット競馬場にいた誰もが心から認めるところである。
チャンピオンズデーの看板レースにとってこれほど見事な結果は無いだろうが、これは2頭が繰り広げた壮大な戦いであった。エリザベス女王のロイヤルスタッド(Royal Stud)で種牡馬の用をなさず現役復帰したアルカジーム(Al Kazeem)は、最後の直線の迫力ある一騎打ちで猛烈に戦ったが、対決したのは以前アルカジームの主戦騎手を務めていたジェームズ・ドイル(James Doyle)騎手であった。ノーブルミッションの馬主カリド・アブドゥラ(Khalid Abdullah)殿下は、ウォレンプレイス調教場(Warren Place セシル調教師の拠点)との揺るぎない絆による見事な選択を行い、そして当然の報酬を受けた。
ドイル騎手がノーブルミッションは先行させるのが得策かもしれないと決めたのはシーズン前半であり、奇抜であるとか、この戦術が疑問視されたこともあったが、4着を下回ったことは一度もなかった。この戦術はこれまでG1競走3勝をもたらしたが、特にチャンピオンSにおいてはうまく機能し、顔の白斑をメンコで隠したヒーローはアルカジームをクビ差で破った。
決勝戦通過直後に、2着馬に騎乗していたジョージ・ベイカー(George Baker)騎手はスポーツマンらしいジェスチャーでドイル騎手を祝福し、3着馬フリーイーグル(Free Eagle)に騎乗していたパット・スマレン(Pat Smullen)騎手はそれを間近で見ていた。2012年チャンピオンSでフランケルの2着であったシリュスデゼーグル(Cirrus Des Aigles)は今年は5着に入るのがやっとだった。
シリュスデゼーグルの圧倒的な人気を考えれば、同馬に勝利がもたらされるべきであったが、私たちが幸運にも目にしたノーブルミッションの勝利以上に歓迎され望まれる光景はなかっただろう。第4回英国チャンピオンズデーに、世界一有名な競馬場は涙を誘わずにはいられない場所となった。
セシル夫人は「目が覚めているのにずっと夢を見ているようです」と語り、その感動的な話はメディアで幅広く伝えられ、BBCのニュースでも取り上げられた。
同夫人は次のように続けた。「ノーブルミッションが最後まで頑張り通すことができないのではないかと心配しましたが、勇敢な馬です。思わず手で顔を覆いました。レース前のインタビューでは勝てばおとぎ話となるだろうと話しましたが、今まさにそのような状況です。このようなことが起こるとはまさか夢にも思いませんでした」。
「このストーリーをひときわ特別なものとしているのは、フランケルの弟による快挙という点です。誰も書けなかったでしょう。ノーブルミッションがチャンピオンSを勝って今年のヒーローになるなんて、1年前には誰も考えなかったでしょう。キーポイントは戦術でした。この馬がそのような走り方を好んでいると考える向きもあるかもしれませんが、断固としてこの策をとらなければなりませんでした。ジェームズは信じられないくらい好騎乗をしました。どれだけ感謝しても足りないぐらいです」。
前夜に有名なウォレンプレイスの旗を掲げることを誓ったセシル夫人は、助手のジョージ・スコット(George Scott)氏と、主任厩務員のエイドリアン・ロジャーズ(Adrian Rogers)氏、それにノーブルミッションを担当し「実際ノーブルミッションの馬房で寝ている」と同夫人が言うマーティン・ピーク(Martyn Peake)氏に感謝した。
ドイル騎手にも同様の感謝が捧げられた。同騎手は、7日間の騎乗停止処分と1万ポンド(約175万円)の過怠金を科されるという代償を払ったが、これはおそらくそのキャリアにおいて最も重要な勝利だろう。
ドイル騎手は次のように語った。「素晴らしい年に望外の喜びが加わりました。最後の2ハロンあたりで、もう1つ頭が並んでいるのに気づき、すぐさまそれが旧友アルカジームで並大抵のことでは倒せない相手だと分かりました。ノーブルミッションは少し余力を残しているようで、最後の半ハロンで全力を出し尽くしました。ささやかながら役目を果たせたことに満足しています。まさにおとぎ話です」。
ドイル騎手やセシル夫人と同様、アブドゥラ殿下のレーシングマネージャーであるテディ・グリムソープ(Teddy Grimthorpe)氏も“おとぎ話”という言葉を使い、ノーブルミッションが再び出走するかどうかは殿下が決定するだろうと述べた。現役を続行してもしなくても、同馬はセシル夫人の心の中で特別な場所を占め続けるだろう。彼女は亡き夫の調教師免許を引き継ぐことで得た心の支えを強調していた。
セシル夫人は次のように語った。「厩舎を引き継ぐ時にはもっと気楽に、ヘンリーのそばに居続ける手段だと考えていました。しかし、実際は究極のチームワークで、今では厩舎で働く全員と一緒に喜んでいます。ウォレンプレイスにいて幸せです」。
「適切な言葉がでてきません。とても感傷的になっていますが、これは夢ではありません。多くの評価はヘンリーに対するものだと分かっています。彼に対する皆様の愛情を感じることは素晴らしいことです」。
セシル調教師の名にふさわしい勇敢な勝利を挙げた馬を見れば、セシル調教師への愛情は引き続き強くあり続ける。これはこの上なく高貴な任務(ノーブルミッション)であった。魔法がかかったように感動的なアスコット競馬場の午後において、この任務はまさに輝かしく達成された。
2014年英国チャンピオンS結果 | |||
着差 | 発走前オッズ | ||
1 着 | ノーブルミッション | 7-1(8倍) | |
2 着 | アルカジーム | クビ | 16-1(17倍) |
3 着 | フリーイーグル | 1馬身1/4 | 5-2(3.5倍) |
馬主 | アブドゥラ殿下 | ||
調教師 | セシル夫人 | ||
騎手 | ジェームズ・ドイル氏 | ||
厩務員 | マーティン・ピーク氏 | ||
生産者 | ジャドモントファーム(Juddmonte Farm) |
By Lee Mottershead
(1ポンド=約175円)
[Racing Post 2014年10月19日「Mission makes it a dream come true」]