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海外競馬ニュース
2010年09月16日  - No.37 - 1

ジャパンカップ優勝馬ルグロリュー死去(フランス)[その他]


 レーシングポスト紙によれば、1987年のワシントンDCインターナショナルS勝馬ルグロリュー(Le Glorieux)は8月19日、ワーナー・ウルフ(Werner Wolf)氏の所有するフランスのノルマンディーのロジサンジェルマン牧場(Haras du Logis Saint-Germain) で亡くなった。キュアザブルース(Cure the Blues)の牡馬は26歳だった。

 ローレルパーク競馬場でヴァージニア州のバートラム・ファイアストーン(Bertram Firestone)氏のためにG1勝馬となったキュアザブルースは、ルグロリューを誕生させた年、ファイアストーン氏の家族が所有するアイルランドのギルタウン牧場(Gilltown Stud)で繋養されていた。英国でペトラブラッドストック社(Petra Bloodstock)により生産されたルグロリューは、ドイツ出身のウルフ氏が所有した。

 1987年に3歳馬であったルグロリューは、ローレルパーク競馬場のワシントンDCインターナショナルS(G1)で優勝し、その後マンノウォーS(G1)で芝チャンピオン馬シアトリカル(Theatrical)の2着となった。ルグロリューはまた、ジャパンカップ(G1)およびベルリン大賞(G1)を含むドイツの3つの重賞で優勝した。

 ワシントンDCインターナショナルSでのルグロリューの優勝は、この競走の国際性を高めた。同馬は米国、愛国、英国およびドイツだけではなく、フランスやパナマでも勝利を収めた。同馬はフランス人のロベール・J・コレ(Robert J. Collet)調教師により管理され、2,400 mのワシントンDCインターナショナルSではパナマ出身のラフィット・ピンカイJr.(Laffit Pincay Jr.)騎手とともに優勝を手にした。

 母馬をラミランド(La Mirande 父Le Fabuleux)とするルグロリューは、出走19回のうち6回優勝し、7回3着以内に入線し、145万1,728ユーロ(約1億7,421万円)を獲得した。同馬はフランスのメズレー牧場(Haras du Mezeray)で種牡馬生活を開始し、ドイツの重賞勝馬アップアンドアウェイ(Up and Away)を含む13頭のステークス勝馬を輩出した。

By David Schmitz
(1ユーロ=約120円)

[bloodhorse.com 2010年8月24日「Le Glorieux, Won DC International, Dies」]


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