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TOPページ > 海外競馬情報 > ケープクロスが名種牡馬となった軌跡(アイルランド)【生産】
海外競馬情報
2017年05月20日  - No.5 - 4

ケープクロスが名種牡馬となった軌跡(アイルランド)【生産】


 サラブレッドの世界では往々にしてあることだが、4月21日に死んだケープクロス(Cape Cross 23歳)は予期せぬチャンピオンだった。

 ケープクロスはレースにおいて抜きん出た力量を見せつけていたわけではない。同馬の唯一のG1優勝は、オッズ20-1(21倍)のペースメーカーとして出走した1998年ロッキンジS(G1)での首差の勝利である。また、他にもステークス競走などで風変わりな優勝をあちこちで演出した。5歳シーズンのG2・2勝によって、ケープクロスは一流の競走馬というだけではなく、不屈の精神を持っているとの評価を得たようだ。

 ケープクロスは20年前の4月から5月にかけて、クレイヴンSで3着となり、英2000ギニー(G1)ではアントレプレナー(Entrepreneur)の後ろの中団馬群に紛れてゴールして8着となった。このような馬は毎年出てくるが、ケープクロスのように最優秀2歳牝馬を母とする馬はほとんどいない。このように、ケープクロスは2000年に現役を引退したとき、キルダンガンスタッド(Kildangan Stud)において種付料8,000アイルランドポンドで供用されるのに十分な成績を挙げていた。

 確かに、ケープクロスの血統の奥深さと質は、同馬が種牡馬として著しい活躍をし始めたときにようやく明らかになった。何しろ、父グリーンデザート(Green Desert)は種牡馬の父としてどれだけ強い影響をもたらすのかまだはっきりしていなかった。また、後にデインヒル(Danehill)のおかげで広がりを見せるダンジグ(Danzig グリーンデザートの父)のサイアーラインの影響力さえもはっきりしていなかった。グリーンデザートもダンジグも、書類上のデータが示すよりも長距離に向いた馬を送り出す能力を持つという特徴があり、ケープクロスもその傾向を示しているようだ。

 ケープクロスの母パークアピール(Park Appeal)も、2歳のときにジム・ボルジャー(Jim Bolger)調教師のもとで達成したG1・2勝よりも評価される素晴らしい功績をすぐに残した。パークアピールがモイグレアスタッドS(G1)とチェヴァリーパークS(G1)を制した後、モハメド殿下がパディ&シーマス・バーンズ親子(Paddy and Seamus Burns)から同馬を購買した。残りの競走生活は散々なものだったが、その後、同馬への投資は全く正しかったことが証明される。

 パークアピールの初仔(父ヌレイエフ)は、後の優良種牡馬イフラージ(Iffraaj)の母となり、また、第3仔(父サドラーズウェルズ)はディクタット(Diktat)の母となった。ケープクロスはその後、1994年に生まれた。

 その上、パークアピールのファミリー(牝系)は輝かしい発展を遂げてきた。パークアピールは、スタミナに驚くべき影響をもたらすことがある種牡馬アホヌーラ(Ahonoora)を父とする。また、半姉デザイラブル(Desirable)は現役時代にチェヴァリーパークSで優勝し、後に繁殖牝馬としてクラシック優勝牝馬シャダイード(Shadayid)を送り出した。パークアピールの母バリダレス(Balidaress)も愛オークス(G1)優勝馬アリダレス(Alydaress)、さらには英1000ギニー(G1)優勝馬ロシアンリズム(Russian Rhythm)の母バリストロイカ(Balistroika)を送り出した。

 ケープクロスが種牡馬としての高みを極めるほど、その血統はより奥深いものになる。同馬は、2013年ロイヤルアスコット開催が始まる前に初年度産駒が2桁の勝利を挙げ、種牡馬としてすぐに順調なスタートを切った。しかし、ケープクロスは典型的なリーディングファーストクロップサイアーとは言えなかった。最初にデビューした産駒マックラブ(Mac Love)は、ブロックレスビーSで6着、ロッキンジSで2着となり、11歳で最後のレースとなったレノックスS(G2)で3着という成績を残した。

 初年度産駒のトップに君臨したのは、その後も活躍し続けることになるウィジャボード(Ouija Board)にほかならない。同馬は競走生活4年目の現役最後の2戦において、BCフィリー&メアターフ(G1)で優勝してG1・7勝を達成し、ジャパンカップ(G1)でディープインパクトの3着となった。

 ケープクロスの種牡馬としてのレガシー(遺産)の土台となったのは、ウィジャボードの2004年英オークスでの7馬身差の勝利である。この勝利により、翌年の春にツイファミリー(Tsui family)がガリレオの母アーバンシー(Urban Sea)をケープクロスのもとに送ったと思われたからである。

 現代においてエプソムでケープクロスほど大きな印象を残した種牡馬はほとんどいない。同馬はエプソムでクラシック競走を制した産駒を3頭出しており、ウィジャボードの後には、2009年英ダービー馬シーザスターズ(Sea The Stars 母アーバンシー)、2015年英ダービー馬ゴールデンホーン(Golden Horn)が続く。

 2頭のダービー馬は3歳で引退したが、これらの馬の輝きは競走への意欲の強さと重なり合っていた。シーザスターズは、最も勝つのが難しい一連のレースにおいて、英2000ギニーから凱旋門賞(G1)までに6戦6勝を果たした。またゴールデンホーンの関係者は果敢にも、凱旋門賞優勝後にBCターフ(G1)優勝を目指して米国に遠征したが、その野望はファウンド(Found)により阻止された。

 それでもやはり、種牡馬ケープクロスのエプソムでの名声をすべて物語るのは英ダービーである。2014年にはウィジャボードの仔オーストラリア(Australia)が、そして2016年にはシーザスターズの産駒ハーザンド(Harzand)が英ダービーを制した。若い種牡馬シーザスターズは、初年度産駒タグルーダ(Taghrooda)が英オークスを制していたので、エプソムのクラシック競走で優勝産駒を出すのは2度目だった。

 タグルーダはウィジャボードと同じく凱旋門賞で3着となった。このことからすれば、ケープクロスのダービー優勝産駒が凱旋門賞優勝馬を送り出す可能性は高まりつつある。もう1頭のケープクロス産駒であるベーカバド(Behkabad)は、夏にパリ大賞典(G1)を制して1番人気で2010年凱旋門賞に臨んだが4着に終わった。このようにエプソムからロンシャンまでに産駒が好成績を収めたことで、ケープクロスは、種付料を高めるために商業的アピールが行われる多くの種牡馬の力量をはるかに超える経歴を持つことになった。

 実際、ウィジャボードのクラシック競走での活躍により、ケープクロスの種付料は5万ユーロ(約625万円)に引き上げられたが、シーザスターズが英ダービーを圧勝する前は3万5,000ユーロ(約438万円)に下がり、昨年種牡馬を引退する頃には2万ユーロ(約250万円)にまで下がっていた。その引退の直後に、産駒のアウタード(Awtaad)が愛2000ギニー(G1)を制し、ケープクロスが相変わらずクラシック勝馬を送り出す能力があることが示された。

 種付料がこのように推移しても、ケープクロスは常連客をほとんど失わなかった。南半球にシャトルされてエイブルワン(Able One)やシーチェンジ(Seachange)を送り出したことは別にして、ケープクロスは初期の成功により人気を博し、英国とアイルランドにおいて平地種牡馬として当時最多の種付頭数188頭を誇った。

 実際のところ、最終的な結果をみると、ケープクロスの種牡馬としての全盛期の間には、かなり長くて深い谷間があったのかもしれない。

 ペースメーカーとしてマイルG1に出走したケープクロスに関して、うまく糸口をつかめば、同馬の生涯に隠された興味深い運命の紆余曲折も解明できるのかもしれない。ケープクロスの2代母バリダレスは、財務大臣としてアイルランドの牧場に有利な税制を制定したチャールズ・ホーヒー(Charles Haughey)氏によって生産された。ホーヒー氏は、馬を愛したウィンストン・チャーチル首相が一度所有していた牝馬の娘であるイノセンス(Innocenceバリダレスの母)を購買していた。しかし、ホーヒー氏は助言に反して、イノセンスの唯一の仔であるバリダレスを売却してしまい、イノセンスはその後間もなくして道路事故で死んでしまう。

 もちろんバリダレスがどのような子孫を送り出すかを知っていれば、売却することはなかっただろう。しかし、このストーリーの続編となる、嬉しい偶然に満ちたケープクロス物語を誰が予想できただろうか?

By Chris McGrath

(1ユーロ=約125円)

(関連記事)海外競馬情報 2016年No.4「ケープクロスが種牡馬引退(アイルランド)

[Racing Post 2017年4月21日「How Cape Cross went from pacemaking miler to Epsom colossus」]


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