TOPページ > 海外競馬情報 > 競走能力は父馬よりも母馬からの影響が大きいとする研究(アメリカ)【生産】
海外競馬情報
2015年08月20日  - No.8 - 5

競走能力は父馬よりも母馬からの影響が大きいとする研究(アメリカ)【生産】


 2ヵ月前、パフォーマンスジェネティックス社(Performance Genetics)のバイロン・ロジャーズ(Byron Rogers)氏は、最近発表された集団遺伝学に関する研究へのリンクを送信した。中国と豪州の研究者チームは、競走能力は父馬より母馬の影響が大きいとする統計分析結果を発表した。統計分析の偶然による結果なのだろうか?あるいは、背景に科学的裏付けがあるのだろうか?

 論文『サラブレッド繁殖戦略における母系の潜在的役割(Potential role of maternal lineage in the Thoroughbred breeding strategy)』(Xiang LiらReproduction Fertility and development誌 2015年5月発行)は、出走1回当たりの獲得賞金を競走能力の指標とし、675頭の豪州馬の競走能力を順位づけた。上位30%の競走馬を“エリートグループ”、残りの70%を“プアグループ”に分類した。

 調査対象馬は、その両親に基づいて、次の4つのグループに区分された。

  エリート母馬/エリート父馬(Elite dam / Elite sire: EE)
  エリート母馬/プア父馬(Elite dam / Poor sire: EP)
  プア母馬/エリート父馬(Poor dam / Elite sire: PE)
  プア母馬/プア父馬(Elite dam / Poor sire: PP)

 結果は、EEグループが最上位、PEグループが最下位となった。意外にも、PPグループは最下位ではなかった。

 エリート母馬の産駒(EE・EP)が、統計的にはいずれも同じように優秀な結果を出した。一方、エリート父馬の産駒(EE・PE)の結果が同じではないことは、興味深い。産駒への影響力は母馬の競走能力に、より緊密に関係していることを示している。プア母馬の産駒(PE・PP)は、たとえ父馬がエリートでも全体的に下位である。

 この研究は、「競走能力に関しては、父系より母系からの遺伝性が大きく貢献しているかもしれない」と結論付けている。

 研究者らは、母系のみで受け継がれるミトコンドリアDNA(mtDNA)が原因であるとの仮説を立てている。mtDNAは、主要エネルギー源であるATP(アデノシン三リン酸)の生成に強い影響力をもつ。種牡馬は産駒に多くの重要な特性を伝えるが、繁殖牝馬のようにmtDNAを伝えない。もし、優れたmtDNAが決定的な相違をもたらすとすれば、私たちは、種牡馬を重視し過ぎてきたことになる。

 1940年代と50年代のジョー・エステス(Joe Estes)氏の研究以来、レースで優秀な牝馬は優秀な繁殖牝馬になることが、繰り返し証明されてきた。しかし、今日まで、種牡馬よりも繁殖牝馬からの遺伝情報が、より重要であることは実証されていない。レースで優秀であった牝馬は、ほぼ最高の種牡馬と交配される。殆どの生産者は、たとえ興味深い結果をもたらすとしても、プア種牡馬群と交配させて比較検証することはないであろう。

 数々の理論が、ある程度成功を収めた優良牝馬の重要性を証明しようとしている。遺伝学者たちは、すでに“Xファクター”理論を軽視している。この理論は、血統を受け継ぐのは、いくつかのX染色体であるという説である。そしてX染色体は標準より大きい心臓を作ることに関与していると推定し、大きな成果をもたらすと考えられている。心臓の大きさに関係する遺伝子はあるが、馬ゲノムを解読する研究者たちは、X染色体上にそれらの遺伝子を見つけ出したことはない。このことは、心臓の大きさに関係するXファクターがX染色体上にないことを示すのみであり、優れた特徴を伝えることのできるのは母系であるとの考え方を否定するものではない。

 “ラスムッセン・ファクター(Rasmussen Factor)”理論は、優秀な牝馬の近親交配に焦点を当てた。優秀な牝馬の近親交配は素晴らしいアイデアのように思われるが、父馬と母馬が十分に良い組合せでない場合や、重要な先祖が血統上離れ過ぎている場合は影響が薄められ、効果をもたらさない。“ラスムッセン・ファクター”理論には、多くの好例はあるが、いまだ精密な統計調査によって証明されていない。

 ブルース・ロウ(Bruce Lowe)氏が番号を付けたファミリー(牝系)は、mtDNAを直接的に継承してきた母系に基づいている。今日においても、その牝系1号は、何故か優秀な競走馬を送り出すことで有名である。これはmtDNAが原因だろうか?ロウ氏のアイデアには、こじつけと思われるものもあったが、今日ではそうでもないのかもしれない。

 母系の影響力に関する今回の新しい研究は、競争が激しい種牡馬市場において、僅かな種牡馬しか成功しない理由、将来有望とされる多くの種牡馬が精彩に欠けたり、完全な失敗に終わる理由の説明に役立つかもしれない。

 また、有望視された種牡馬が、ステークス勝馬を5%しか出せないということを理解する一助となるだろう。19%もステークス勝馬を出しているダンジグ(Danzig)は稀な例であるが、産駒の70%がステークス勝馬である驚異的な繁殖牝馬ハシリ(Hasiliジャドモントファーム繋養)と比較してみて欲しい。

By Anne Peters

[The Blood-Horse 2015年7月18日「Maternal Influences Make a Difference」]


上に戻る