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TOPページ > 海外競馬情報 > 優雅な引退生活を送る高齢名馬4頭(イギリス・アイルランド 前篇)【その他】
海外競馬情報
2014年10月20日  - No.10 - 4

優雅な引退生活を送る高齢名馬4頭(イギリス・アイルランド 前篇)【その他】


ラフクエスト(Rough Quest 28歳)

 25歳のパーラメンタリアン(Parliamentarian)は呆け始めているが、一緒に暮らす馬に比べると、まだひよっこだ。彼の親友は、現在28歳の1996年グランドナショナル優勝馬ラフクエストである。

 馬主アンドリュー・ウェイツ(Andrew Wates)氏のサリー州の自宅の改装された牛舎に、この2頭は住んでいる。ウェイツ一族所有のパーラメンタリアンは5勝したが、面白いエピソードを提供するのは断然ラフクエストである。ラフクエストは周知のとおりミック・フィッツジェラルド(Mick Fitzgerald)騎手を背にエイントリー競馬場のグランドナショナル(G3)を優勝し、同年のチェルトナムゴールドカップで2着となり、レーシングポストチェイス(G3)やチェルトナムフェスティバルでも勝利を収めた。

 2頭は故テリー・カシー(Terry Casey)調教師に管理された競走生活を終えた後に、ドーキングの田園地帯にあるウェイツ氏の土地で余生の大半を過ごしている。しかしラフクエストには1999年の現役引退後、一時的にエネルギー溢れる引退生活を送らせる試みがなされた。

 ウェイツ氏は次のように語った。「私はここサリー州でラフクエストを狩りで使おうとしましたが、力が強すぎて騎乗するのは悪夢でした。その後やはり狩りをさせるために彼をレスターシャー州に送りましたが、それでも彼はフェンスを破って出て行ってしまいました。そして、彼は私たちと暮らすようになり、ほとんどの時間をパーラメンタリアンと過ごしています」。

 「毎日午前7時から6時間ほど外に出し、2頭を牛舎の中に作った9m×22.5mのスペースに入れるのが最適であると分かりました。彼らは本当に良い友だちです」。

 「ラフクエストのような馬は5つ星のホテルで引退生活を送るのが似つかわしいでしょう。私は毎日と言っていいほど彼を見ており、ここで調教活動を行っているデヴィッド・アーバスノット(David Arbuthnot)氏も見守っています。友人も彼に会いに来ますが、カメラを近づければ相変わらず映画スターのようにポーズをとって立ちます。愛らしく心優しい馬です」。

 彼の歯と肢は専門家によって定期的に検査されるが、それはウェイツ氏が引退馬を繋養するにあたり重要だとして譲らないことである。「高齢馬は世話をする必要がありますが、あまりにも優しく甘やかしすぎるのはいけません。私たちが絶対望まないことは、高齢馬が無感情でもの悲しげになることです」とウェイツ氏は語った。

 そして次のように続けた。「私と同じように彼は少し老け、頑固になりましたが、必要なものはすべて与えています。実際、体調にいくぶん不安が出てきたのはこの春が初めてで、パレードのためにエイントリー競馬場に行かなかったのも初めてでした」。

 「彼はわずかな光しか見えておらず、ひどい状態でした。私はいずれ最悪の決断をしなければならないと覚悟していました。しかし、彼は持ち直しました」。

 「今ではずっと元気に見えます。今朝も馬房で大きく転がり全く支障なく起き上がるのを見かけました」。

 しかし、ウェイツ氏は老兵ラフクエストが昔からしている豊かな緑の放牧地での散歩ができなくなる時が来るのを覚悟している。「その時が来れば馬がそれとなく伝えると思います。その時が早すぎないことを願うだけです」。

By Lee Mottershead


ソヴィエトスター(Soviet Star 30歳)

 近代競馬史において重要な2つの要素を併せ持つソヴィエトスターは、バリーリンチスタッド(Ballylinch Stud)で、日々草を食んで名誉ある引退生活を過ごしている。

 アイルランドのキルケニー州にあるバリーリンチスタッドのジョン・オコーナー(John O’Connor)場長は次のように語った。「ソヴィエトスターは私たちや多くの人々に対して優しく、実に優雅な引退生活を送っています」。

 「30歳の誕生日をこのように迎える馬はそう多くはなく、彼が平穏に過ごせていることを誇りに思います。これは種牡馬マネージャーのレイ・ドイル(Ray Doyle)氏とソヴィエトスターの世話をしているスティーヴン・コックス(Stephen Cox)氏が有能である証しです。同馬は精力盛んで気力に満ちています。毎日放牧地の門を開けると小走りして行きます。幸せで元気であることが最も肝心です」。

 いくぶん老いの影響が見られるが、よく動き、友達であるヤギも識別できるソヴィエトスターは、1980年の英2000ギニーで先着したもののその後失格となったヌレイエフ(Nureyev)が数多く送り出したトップマイラーの中でも最高傑作である。またアンドレ・ファーブル(Andre Fabre)調教師がテキサス出身のキャッシュ・アスムッセン(Cash Asmussen)騎手と実りあるコンビを組んでいた初期のチャンピオン馬の1頭である。

 ファーブルとアスムッセンのコンビは、欧州競馬界を支配した。ソヴィエトスターがフランスと英国で活躍した1980年代後半は、まさに全盛期であった。特に注目を浴びた2つの勝利の1つは、1988年の4歳シーズンに距離を6ハロン(約1200m)に縮めた際に勝ったジュライカップ(G1)である。

 これは強豪相手に手に入れた勝利である。オコーナー場長は次のように語った。「その日その場にいましたが、アスムッセン騎手がレース前のパドックで馬を落ち着かせようとしていたのを思い出します。ソヴィエトスターは堂々としており、ほぼ最高の状態にありました。ビッグシャッフル(Big Shuffle)やインディアンリッジ(Indian Ridge)といったその後種牡馬としても成功する相手にソヴィエトスターは勝ったのです」。

 このレースには4頭のG1馬がいたが、どの馬もソヴィエトスターの2馬身差の勝利を阻止することはできなかった。

 チャンピオンスプリンターの栄誉を勝ち取ったソヴィエトスターのこのパフォーマンスについて、オコーナー場長は、「ソヴィエトスターほどのマイラーであれば、この程度のことはたやすく出来ます」と語った。

 存在感が大きいこの馬のもう1つの素晴らしい勝利は、偉大な牝馬ミエスク(Miesque 父ヌレイエフ)を破った1988年ムーランドロンシャン賞(G1)である。アスムッセン騎手は、ミエスクに騎乗していたフレディ・ヘッド(Freddy Head)騎手を内埒沿いで馬群の中に閉じ込め、相手の最後の襲撃に備え余力を十分に残し頭差で勝利した。まさにアスムッセン騎手会心の騎乗であった。

 さらにソヴィエトスターは、仏2000ギニー、サセックスS、フォレ賞のG1競走を制し、種牡馬として理想的な履歴書を手に入れた。1989年に同馬は馬主モハメド殿下(Sheikh Mohammed)のニューマーケットにあるダーラムホールスタッド(Dalham Hall Stud)に繋養され、1994年には日本に売却された。その後、オコーナー場長は同馬を欧州に連れ戻した。

 その当時、ヌレイエフ産駒は種牡馬として高い評価を受けていた。オコーナー場長は次のように回想した。「まるで夜明け前の微光のようなものでしたが、私はいつもソヴィエトスターがどの馬にも負けない最高の競走馬だと考えていました。彼の種牡馬としての成績は、ヌレイエフ産駒の中でも最高のものの1つとなりました。そしてバリーリンチでも良い働きをしました」。

 ソヴィエトスターは1シーズン(1999年)をニュージーランドで過ごし、オーストラリアのドゥームベン競馬場の未勝利ハンデ戦で初勝利を収めるまで5戦を要したスタークラフト(Starcraft)を送り出した。その後、スタークラフトはルカ・クマーニ(Luca Cumani)調教師の管理の下、世界的なチャンピオンマイラーへと変貌を遂げた。スタークラフトの象徴的な勝利は、ドバウィ(Dubawi)を破った2005年クイーンエリザベス2世S(G1)優勝である。

 ソヴィエトスターは計8頭のG1馬の父であり、最近ではバリーリンチの自家生産馬で2009年リディアテシオ賞(G1)を制したエヴァズリクエスト(Eva’s Request)を送り出した。

By Jullian Muscat


ソヴィエトスター、30歳で死亡

 フランスのクラシック勝馬で傑出した種牡馬ソヴィエトスターは10月7日、アイルランドのバリーリンチスタッドで死亡した。享年30歳。

 父ヌレイエフと母ヴェルーシカ(Veruschka 父ヴェンチア)の仔ソヴィエトスターは、放牧場で長年の仲間であるヤギのバーティ(Bertie)のそばで息を引き取った。同馬とバーティはこの数年いつも一緒にいた。

 ケンタッキー州でキンダーヒル&アロン・アソシエイツ社(Kinderhill and Aron Associates)により生産されたソヴィエトスターについて、バリーリンチスタッドのジョン・オコーナー場長は、「愛らしく優しい馬で、ここで繋養できたことは光栄でした」と語った。

 ソヴィエトスターは、1987年の仏2000ギニー、フォレ賞、サセックスS、1988年のジュライカップ、ムーランドロンシャン賞を制しG1を5勝した。通算成績は14戦のうち1着8回、2着4回、3着0回。

 1989年に引退した後、同馬は種牡馬として多くのトップレベルの勝馬を送り出し、その中にはアシュカラニ(Ashkalani)、リムピッド(Limpid)、ソヴィエトライン(Soviet Line)、スターボロー(Starborough)、オーストラリアのチャンピオン馬スタークラフト、プレッシング、そして凱旋門賞2着馬フリーダムクライ(Freedom Cry)がいた。23世代の産駒の中でステークス勝馬は計43頭で、同馬の産駒は今年10月6日現在までに合計5,201万9,510ドル(約57億2,215万円)を獲得している。

 ソヴィエトスターはブルードメアサイアーとしても有能で、同馬の牝馬はシルヴェスターレディ(Silvester Lady)、ソヴィエトソング(Soviet Song)、ウィズキッド(Wizz Kid)などのG1勝馬を誕生させた。

 ミルリッジファーム(Mill Ridge Farm)が生産者の代理人としてキーンランド11月セールに当歳のソヴィエトスターを上場し、英国ブラッドストックエージェンシー(British Bloodstock Agency)が31万ドルで購買した。G1馬ザヴェリーワン(The Very One)はソヴィエトスターの3/4姉である。

By Blood-Horse Staff
(1ドル=約110円)

[Racing Post 2014年8月27日「Still Going Strong」、bloodhorse.com 2014年10月7日「French Classic Winner Soviet Star Dead at 30」]

次号(11号)には「優雅な引退生活を送る高齢名馬4頭(フランス・イギリス 後篇)」を掲載します。
 


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