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2016年12月22日  - No.51 - 2

凱旋門賞馬ハリケーンラン、14歳で死亡(ドイツ)[生産]


 2005年凱旋門賞(G1 ロンシャン競馬場)を制した優良馬ハリケーンラン(Hurricane Run 父モンジュー)が繋養先の牧場において14歳で死亡した。

 ハリケーンランは、その生産者であるドイツのアンマーラント牧場(Ammerland Stud)で供用されていた。12月14日午後、同牧場はハリケーンランの死を発表した。

 声明にはこう記されていた。「優良種牡馬ハリケーンランが、外科手術中に生じた合併症のために死んだことを発表するのは、大変悲しいことです」。

 「ハリケーンランを支持してくださった全ての生産者に感謝したいと思います」。

 ハリケーンランは現役時代、アンドレ・ファーブル(Andre Fabre)調教師に管理され、マイケル・テイバー(Michael Tabor)氏に所有された。通算成績は14戦8勝。2005年にキーレン・ファロン(Kieren Fallon)騎手を背に愛ダービー(カラ競馬場)を制して、G1初勝利を収めた。

 その夏、距離短縮(2400m → 2100m)されて初めて施行された仏ダービー(G1 ジョッケークリュブ賞)で、2400mを得意とする同馬はシャマルダル(Shamardal)に敗れ、3歳シーズン唯一の敗北を喫した。

 その後、英ダービー馬モティヴェーター(Motivator)も参戦した凱旋門賞で、ハリケーンランはウェスタナー(Westerner)を2馬身差で下して優勝し、最高のシーズンを締めくくった。そのパフォーマンスはハリケーンランをワールドベストホースランキングのトップに押し上げ、欧州年度代表馬のタイトルを確実にした。

 ハリケーンランが2006年の初戦として挑んだタタソールズゴールドカップ(G1 カラ競馬場)は、他馬が同馬との対戦を敬遠したため、わずか3頭立てのレースとなった。このレースを制した後に、キングジョージ6世&クイーンエリザベスS(G1)を制したハリケーンランは、その父モンジューと同様、凱旋門賞とキングジョージの優勝馬となった。

 しかし、クリストフ・スミヨン騎手を背に果たしたキングジョージ優勝が、同馬にとっての最後の勝利となった。2006年10月の凱旋門賞ではレイルリンク(Rail Link)の3着となり(4位入線。3位入線のディープインパクト失格のため繰上げ)、マイケル・キネーン(Michael Kinane)騎手を背に挑んだ英チャンピオンS(G1 ニューマーケット競馬場)でも3着となった。最後の出走となったBCターフ(G1 チャーチルダウンズ競馬場)では精彩を欠き、6着となった。

By Mark Scully

種牡馬としてのキャリア

 ハリケーンランは種牡馬入りから6年間をクールモア牧場で過ごし、地味ではあるが堅実な成績を残している。ステークス勝馬を29頭出しているが、中でも今年のジョーハーシュターフクラシックS(G1 ベルモントパーク競馬場)を制したエクト(Ectot)は最高傑作である。

 ハリケーンランが、その生産者ディートリヒ・フォン・ボエティッヒャー(Dietrich von Boetticher)氏のアンマーラント牧場に移ってから、初めて生産された同馬の産駒は、来年1月1日で3歳となる。今後、より良い産駒が出てくるかもしれない。

 ハリケーンランが今後血統に与え続ける影響は、間接的なものになるだろう。

 ハリケーンランが距離短縮された仏ダービーでシャマルダルに敗れた時、ボエティッヒャー氏はシャマルダルが種牡馬入りしたときには自身が生産した最高の牝馬を交配させようと決意した。

 そして生まれたシャマルダルの牡駒がロペデヴェガ(Lope De Vega 母レディヴェットーリ)である。同馬は2010年に仏ダービーを制して、ボエティッヒャー氏がハリケーンランで喫した敗北の雪辱を果たした。ロペデヴェガは現在、欧州で最も有望な若い種牡馬として頭角を現している。

By Martin Stevens

[Racing Post 2016年12月14日「Brilliant Arc hero Hurricane Run dies at stud」]


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