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TOPページ > 海外競馬ニュース > ヴァレンズエラ騎手、健康問題と減量苦を理由に引退(アメリカ)[その他]
海外競馬ニュース
2012年01月12日  - No.2 - 3

ヴァレンズエラ騎手、健康問題と減量苦を理由に引退(アメリカ)[その他]


 ケンタッキーダービー(G1)勝利騎手である49歳のパトリック・ヴァレンズエラ(Patrick Valenzuela)騎手は競馬界から引退した、と同騎手のエージェントが12月9日に認めた。

 33年間に及ぶキャリアに幕を閉じたカリフォルニア拠点の同騎手は、自身の引退の理由は主に胆嚢手術と絶えざる減量との闘いのためであるとデイリーレーシングフォーム紙(Daily Racing Form)に語った。

 そしてヴァレンズエラ騎手は、次のように語った。「この手術は、長年にわたって体を痛めつけていきたことを私自身に気付かせました。もはや若くはありません。毎日騎乗するために減量することよりも、健康がより重要であると考えました」。

「私は毎日減量しなければならず、これは絶えず続く闘いです。120ポンド(約54.4 kg)で騎乗しますが、その体重を維持する苦しみは健康に害を与えます」。

 1989年にサンデーサイレンス(Sunday Silence)に騎乗してケンタッキーダービーとプリークネスS(G1)を制したことが、そのキャリアにおける最大の勝利である。また、ブリーダーズカップを7勝し、その中にはアラジ(Arazi)に騎乗した1991年BCジュヴェイナイル(G1)優勝が含まれている。直近のG1勝利は、アクラメーション(Acclamation)で勝ち取った2011年8月のデルマー競馬場のパシフィッククラシック優勝である。

 同騎手は薬物乱用の問題を抱え、何度か騎乗停止処分によりキャリアを中断したことがある。また、2007年に飲酒運転で逮捕され、カリフォルニア州で騎乗停止処分を科され、このことにより騎手免許をはく奪されている。

 その後は、2010年7月にカリフォルニア州で騎手免許を再取得するまでの2年間、ルイジアナ州やニューヨーク州で騎乗していた。

 2008年10月9日にルイジアナダウンズ競馬場で通算4,000勝を挙げ、その長年の活躍において15の騎手タイトルを獲得した。また2003年には南カリフォルニアの主要競馬場3場における5つのタイトル全てを手に入れている。

 1978年11月10日のニューメキシコ州サンランドパーク競馬場で初勝利を挙げて以来、騎手としての滑り出しは早かった。同騎手は当初主にチャーリー・ウィッティンガム(Charlie Whittingham)調教師やD・ウェイン・ルカス(D. Wayne Lukas)所属馬に騎乗していた。

 17歳でサンタアニタダービー(G1)を制した最年少ジョッキーとなり、コデックス(Codex)で同レースを制するまで、同騎手は専属契約のない騎手であった。

 2011年113勝を挙げたヴァレンズエラ騎手は、エクイベース社(Equibase)によれば生涯通算1億6,389万3,554ドル(約131億1,148万円)を収得し、史上19位の騎手となる。

By The Blood-Horse staff
(1ドル=約80円)

[The Blood-Horse 2011年12月17日「Valenzuela Retires From Saddle, Cites Health As Cause」]


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