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TOPページ > 海外競馬ニュース > ボレル騎手の敏腕エージェント、ヒッサム氏(アメリカ)[その他]
海外競馬ニュース
2010年07月01日  - No.26 - 4

ボレル騎手の敏腕エージェント、ヒッサム氏(アメリカ)[その他]


 ジェリー・ヒッサム(Jerry Hissam)氏のゴルフのカートが、チャーチルダウンズ競馬場のバフ・ブラッドリー(Buff Bradley)調教師の厩舎の外でブンブンと音を立てて停止したとき、同調教師は腕時計を見ながら神経質に行ったり来たりしていた。

 カルヴィン・ボレル(Calvin Borel)騎手は、同調教師の管理馬の調教に遅刻していた。そして同騎手のエージェントであるヒッサム氏は、彼がどこにいるのか知らなかった。実際には、ボレルは2〜3分経てばやって来るようには思われていなかったので、普通の遅刻というのではなかった。“ボレル基準”で遅れていたのである。

 ブラッドリー調教師は、ヒッサム氏がボレルを迎えに駆け出したときに、「私は、ボレルが調教の5分前に来ていないときには彼に会えたためしはありません」と述べた。

 これは、ボレルが4年間でケンタッキーダービー(G1)を3回制した歴史上初めてのジョッキーとなる4日前のことだった。

 ウエストヴァージニア州チェスター出身で66歳の恰幅の良いヒッサム氏とルイジアナ州出身で43歳のボレルは、チャーチルダウンズ競馬場の厩舎地域における大黒柱である。

 ヒッサム氏の仕事は、ボレルの朝の調教スケジュールを調整し、ボレルがレースでどの馬に乗るのかを決定することである。

 およそ32年間騎手のエージェントとして活躍しているヒッサム氏は、現在は消滅したオハイオ州のトレド競馬場において、巡業騎手のジミー・スラス(Jimmy Sluss)のために騎乗のブッキングを行う仕事を始める前の6年間、いくつかの競馬場において事務所の職員として働いていた。

 主に中西部を拠点としているヒッサム氏は、1991年にボレルとコンビを組む前、サム・メイプル(Sam Maple)騎手やデヴィッド・ホワイティッド(David Whited)騎手のエージェントを務めていた。ボレルはその頃、ルイジアナダウンズ競馬場でスランプに陥っていた。中西部で活動することで、ボレルとヒッサム氏は1995年に、オークローンパーク競馬場でパット・デイ(Pat Day)騎手が12年間君臨していたリーディングジョッキーの座を奪うなど、すぐに成功を収めた。ボレルはチャーチルダウンズ競馬場の秋開催で3回リーディングジョッキーになったことをはじめ、勝ち続けて多くのタイトルをものにした。

 しかし、ボレルの最近の成功、つまりケンタッキーダービー(G1)を2007年ストリートセンス(Street Sense)、2009年マインザットバード(Mine That Bird)、2010年スーパーセイヴァー(Super Saver)で優勝したこと、そして特に2009年の年度代表馬レイチェルアレクサンドラ(Rachel Alexandra)の主戦騎手となったことが、同騎手に全米のスポットライトを浴びさせた。

 “私はただ騎手となるために生まれてきたのです”と自身の成功を簡潔に説明するボレルとは違って、ヒッサム氏は自身の成功をうまく説明するのが苦手だった。

 同氏は、「私はまだこの成功の実感がわきません。ボレルの労働倫理、能力、才能、人格が、私を良く見せてくれるのです」と述べた。

 多くの騎手が、うまく行かないときはすぐにエージェントを変更する中で、ヒッサム氏がボレルのエージェントを19年務めていることは稀有な例である。ヒッサム氏は、これほど長続きしている理由の1つは、ボレル以外の騎手のエージェント業を引き受けないので、対立を避けることができるからであると考えている。

 ヒッサム氏は、「ボレルと私は20年近く一緒にいて、言い争ったことは2回ほどしかありません。長続きしている1つの理由は、ボレル以外の騎手を売り込もうとしないからだと思います。私は彼が何を欲しているかを分かっています。私は彼が要求していることを感じ取り、彼の仕事には何が必要であるかを理解しようと努めますし、また彼も私の仕事には何が必要なのかを理解しようと努めています」。

 彼らが朝の厩舎地区においてほとんど切り離せない関係になっている一方で、ヒッサム氏はボレルには私生活があることを認識しており、2人の関係の境界線を尊重している。「彼は私にとって息子のようなものであり、彼の目にも私が父親のように映っています。しかし、私たちはまったくべったりと付き合っているわけではありません。20年間において、一緒に夕食に出かけたことは20回もないでしょう。しかし、他の人と同様に仲良くやっています」。

 ヒッサム氏はボレルの騎乗馬を決定するに当たって、コンピュータからのプリントアウトや最新式の勝馬予想ツールを使わず、必ず生でレースを見る。

 同氏は、「多くのエージェントはやらなくなりましたが、私は毎日競馬場でレースを見ます。他のエージェントは、テレビやビデオテープで見ます。私はいつも“眼前を去るものは日々に疎し”の気持ちで活動しています」と語った。

By Ron Mitchell

[The Blood-Horse 2010年5月15日「Boosting Borel」]


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