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No.42 - 2
英国競馬は行き詰まりつつある・前半(イギリス)【開催・運営】
2025年11月06日

 英国競馬は持続不可能な状況にある。生産頭数は減少し、競馬場の入場人員は減り、賭事活動は弱体化している。「競馬賭事税」はさらにその負担を深めるだけであろう。最も注目を集める競馬開催や名門陣営だけでは、競馬というスポーツ全体の脆さを覆い隠すことはできない。元騎手として、そして今は部外者としてこのスポーツを観察している投資アナリストとして、私は両方の視点から同じ真実を見ている。競馬には変化が必要だ。

 英国競馬にとっての「成功」とは何であろうか?賭事売上や賞金の増加だろうか?満員の観客席?それとも視聴者の増加だろうか?異なる利害関係者に尋ねたとしたら、その答えも異なる可能性が高い。健全な競馬の運営システムにおいては、レベルの高いレースが賭事の売上を伸ばし、観客席を埋め、メディア放映権収入を強化する。その収入がより高い賞金の資金源となり、馬主が競馬へ再投資するインセンティブとなり、競馬の存続に不可欠な好循環を生み出す。

 しかし、現実は大きく異なっており、競馬は真逆の方向に進んでいる。平地競走の入場人員は2015年以降100万人近く減少した。賭事売上は2022年から2024年のわずか2年間で17%も落ち込んだ。そして、生産頭数は2026年までに25%減少すると予測されている。これらのプレッシャーは好循環を強化するどころか、逆回転させている。生産頭数が減り、出走頭数が少なくなり、賭事活動が弱体化し、競馬に還元される資金が少なくなっている。競馬賭事税は、このビジネスモデルがすでに耐えられなくなったプレッシャーをさらに強めることになろう。

スポーツが抱える深刻化する危機

 根本的な問題はガバナンス(統治体制)の機能不全にある。歴代の体制は利害の一致をもたらすことができなかった。主要な競馬関係者の利害がバラバラで、単一の権威がスポーツ全体を導く力を有していないのだ。紛争がより頻繁に、そしてより公然と起こるようになり、共通の目的意識を抱く兆しはほとんど見られない。アレン卿の英国競馬統括機構(BHA)会長就任が長期にわたり遅延したことは、この亀裂を象徴していた。これは、最も団結が必要な時なのに、いかに一致団結することが困難になっているのかを視覚的に思い起こさせる出来事だった。見かけ上まだ安定している現時点でこのレベルの内輪もめが発生するのであれば、状況が悪化した時にはどれほどの緊張状態に陥るのか想像してみてほしい。

 現在ガバナンスの論争が注目されているが、その舞台はずっと以前に設定されていた。最も顕著なのは、2004年の公正取引委員会(Office of Fair Trading: OFT)による介入である。この裁定は、このスポーツの権力地図を塗り替えた。当時の英国競馬公社(British Horseracing Board: BHB)の影響力を弱め、個々の競馬場がメディア放映権とデータ権を通じて、独自の番組を組んで、そこから商業的な収益を上げる権限を正式に持つようになった。BHB(のちのBHA)は、ごく少数の"戦略的な競馬番組"を保持するに留まり、個々の競馬場に重心(商業権限)が移った。これに続いて、レース数が増加の一途を辿り、現在英国競馬を支えるメディア放映権経済が台頭した。

 この変化はすぐに数字に現れた。過去30年間で、平地競走の賞金総額は1990年代半ばの約3,500万ポンド(約70億円)から、2024年には1億3,120万ポンド(約262億4,000万円)へと増加した。額面上は、これは確かな進歩に見える。しかし、この数字を競馬番組の規模と照らし合わせると、その実態はあまり芳しくない。平地競走のレース数は60%以上増加しており、1990年代の年間約4,000レースから、2024年には6,470レースに達している。そしてこの増加のほぼすべてが、下位クラスの番組に集中している。

 1990年代には、旧クラスE〜Gに該当するレースが約2,000レースであったが、2024年までには、そのレベルに相当するクラス5〜6の競走だけで4,000レースを超えている。

 この下位クラスの平均賞金総額は、1994年の3,700ポンド(約74万円)から2024年には7,600ポンド(約152万円)へと、額面上は2倍以上に増えている。しかし、インフレを考慮して調整すると、この7,600ポンドの価値はわずか2,850ポンド(約57万円)にしかならない。例えるならポテトチップス一袋を買ったら、中身が以前の半分の量になっていたようなものである。

 賭事の側面では、国際競馬統括機関連盟(IFHA)のデータによると、売上金は2004年の113億ポンド(約2兆2,600万円)から2019年には153億ポンド(約3兆600万円)に増加した。この期間、年間平均増加率は約2%で、レース数が増えたにもかかわらず、かろうじてインフレに追いつく程度であった。英国賭事委員会(Gambling Commission)の数字は、直接比較はできないものの、その後この進展が逆行していることを示している。売上金は2019〜20年の134億ポンド(約2兆6,800万円)から2023〜24年には118億ポンド(約2兆3,600万円)にまで減少し、15年間の成長分を一掃した。売上金減少の主な要因は、アフォーダビリティチェック(馬券購入者の経済性チェック)の影響である。この規制により、一部の賭事活動が闇市場に流出し、結果として顧客は保護を失い、競馬界は資金を失うことになった。競馬界がこれらの規則を定めたわけではないが、その結果に苦しめられている。

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 売上金ではなくブックメーカーの利益に基づいて拠出される賦課金は、賞金の約3分の1を賄っているが、賭事活動が減少しているにもかかわらず、これまでのところ横ばいを維持している。しかし、その安定性は不安定な基盤の上に成り立っている。英国賭事委員会のデータによると、ブックメーカーの粗収益--馬券的中者への払い戻し後に手元に残る賭け金の割合--は、昨年度10.8%に上昇した。これは過去10年間の平均である9.1%を大きく上回っている。売上金が一桁台半ばの減少傾向を続けるとみられる中、もしこの収益率がより通常の水準に戻った場合、賦課金の収入は20%以上減少する可能性がある。賦課金は好不況の年を乗り切るために慎重に運用されており、現在4,400万ポンド(約88億円)の準備金があるが、持続的なプレッシャーに晒されれば、この緩衝材はすぐに浸食されてしまうだろう。

 英国の看板となる大規模な開催は依然として底堅いものの、それら最高峰の開催以外の入場人員は減少している。ロイヤルアスコット、グロリアスグッドウッド、ヨーク競馬場のイボー・フェスティバル、チャンピオンズデー(アスコット競馬場)、セントレジャー開催(ドンカスター競馬場)は依然として多くの観客を集めているが、英国で2番目に観客の多いスポーツである競馬全体の状況は、遥かに深刻である。2024年の平地競走の入場人員は、2015年の387万人と比較して100万人近く少ない295万人であった。この期間中、主要な平地競馬場(ティア1競馬場)の入場人員の中央値は急激に落ち込んだ。アスコット競馬場(-42%)、ドンカスター競馬場(-44%)、ニューベリー競馬場(-46%)、ニューマーケット競馬場(-32%)、サンダウン競馬場(-22%)、ヨーク競馬場(-20%)。驚くべきことに、2015年以降に入場人員の中央値を増加させることに成功した平地競馬場は、英国全体でわずか6か所に留まっている。これは、特殊な成功例を除けば、大半の競馬場は衰退・縮小という厳しい環境に置かれていることを強調している。大規模な看板開催は堅調であるが、それらが急激に衰退している日常的な競馬を支えている状況だ。

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 英国競馬にとって最も差し迫った課題の一つは、生産頭数の持続可能性にある。2023年、サラブレッド生産者協会(TBA)がプライスウォーターハウスクーパース社(PwC)に委託して作成させた業界レビュー報告書は、現実を直視させる厳しい内容であった。この報告書は、セリ市場における1歳馬の中央値の売却が、約33,000ポンド(約660万円)の損失を伴っていることを発見した。この損失額は2014年以降着実に増加しており、その一因は種付料のコスト高騰にある。一部の選ばれし1歳馬に対して支払われる目が飛び出るような高額な売却価格によって世間のイメージが作られているため、この実態が覆い隠されている。市場は著しく歪んでおり、ほとんどの馬は損失を出して売却され、ごく一部の高額な成功例が、その根底にある脆弱性を隠してしまっているのだ。

 PwCは、これらの損失が英国馬産業の持続可能性に疑問を投げかけるレベルに達していると警告した。もし対策が講じられなければ、恒常的な赤字は生産者を廃業に追い込むことになり、生産頭数の継続的な縮小につながるであろう、と付け加えた。TBAは5月、生産頭数が既に事前の予測を下回って推移しており、2026年までに2022年時との比較で4分の1ほど減少する可能性があると発表した。1レースの平均出走頭数は、2000年の約12頭がピークだったが、その後は9頭にまで減少している。近年はほぼ安定して推移しているが、PwCは、この傾向が逆転しなければ、2030年までに平均出走頭数はわずか7.1頭にまで縮小する可能性があると予測している。ここまで出走頭数が減ると、競馬番組の多くが成立しなくなるだろう。

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 過密な開催日程、入場人員の減少、出走頭数の減少、そして売上金の低迷はすべて、同じ結論へと向かわせる。この競馬というスポーツは、現在の基盤が支えられる以上の負担を強いられているのだ。提案されている競馬賭事税については、ここで議論する必要もないが、そうした圧力をさらに増すだけになろう。ガバナンスの機能不全がこのスポーツを分裂させてしまい、その対立は、海外に比べて競馬への還元が少ない資金調達システムによってさらに深刻になっている。

 当時BHAのCEOであったポール・ビター氏は、デロイト社作成の『英国競馬の経済的影響に関する報告書(2013年)』の中で、この状況を的確に捉えている。「わが国の競馬の質は世界の羨望の的かもしれませんが、わが国の根幹的な資金調達システムはまったくその逆です」。

 他国との比較は、この点を裏付けている。最新の国際比較可能なデータ(2019年)によると、英国の売上金はフランスの2倍だったが、フランスは英国の約8倍の金額を競馬に還元した。パリミュチュエル方式(トート)による独占が主流の国々では、売上金の5パーセントから9パーセントが競馬に還元されている。一方、英国での還元率は売上金のわずか0.5パーセントにとどまっていた。これは、不透明で私的に交渉されるメディア放映権料を除いたIFHAのデータに基づいている。その放映権料を考慮に入れたとしても、英国は、パリミュチュエルが支配的な他国のシステムに比べ、依然として大きな差をつけられている。

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 英国とパリミュチュエル方式が独占している近隣諸国とを比較するのは、無意味な試みだ。それはリンゴとリンゴの比較ではなく、リンゴとスイカの重さを比べて、なぜ釣り合わないのかを不思議がっているようなものである。オーストラリアこそ、注意を払う価値のある教訓を与えてくれる。オーストラリアではかつてはトート独占だったが、2000年に85パーセントだったトートのシェアは、2023年にはわずか34パーセントにまで縮小した。トートの売上金は横ばいだったが、ブックメーカー市場は爆発的に拡大し、この期間に売上金は14億豪ドル(約140億円)から168億豪ドル(約1,680億円)へと急増した。このブームがスポーツ自体を後押しし、賞金は2000年の2億9,900万豪ドル(約29億9,000万円)から、2024年には10億3,600万豪ドル(約103億6,000万円)にまで増加した。

 過去30年間で、平地競走の賞金は英国で年間約5パーセントの成長を見せたが、オーストラリアでは5.6パーセントの成長であった。しかし、主要競走(ステークス競走)以下のレベルにおける平均レース賞金の二国間の差は驚くべきものだ。1994年、平均的な非ステークス競走の賞金は、オーストラリアで6,200豪ドル(約62万円)、英国で5,800ポンド(約116万円)であったが、2024年までに、オーストラリアでは41,700豪ドル(約417万円)に増加したのに対し、英国ではわずか13,600ポンド(約272万円)にしか達していない。これは、オーストラリアは約7倍増加したのに対し、英国では2.4倍にとどまっており、インフレ率にすら追いついていない。

 オーストラリアの生産頭数は、1990年代半ば以降、約3分の1減少した。この傾向に合わせて、開催日程数も段階的に18パーセント削減された。しかし、レース数を減らしているにもかかわらず、オーストラリアは競馬番組を最適化し、各レースからより高い価値を引き出すことで、売上と賞金の両方を成長させてきた。一方、英国は逆の道を進んでおり、開催日程を60パーセント拡大して、収益の減少を招いている。一方は効率性を重視して報われ、もう一方は量に依存しており、その違いは明白だ。

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By Richard Killoran

(1ポンド=200円、1豪ドル=100円)

後半は次号(11月13日)へ続く

[Racing Post 2025年10月27日「British racing is running out of road - and only bold reform can stop it failing」]



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