
ブリーダーズカップ(BC)は、馬の運動関連突然死についての情報収集に向けた業界の取り組みを支援する一環として、今年のワールドチャンピオンシップおよびアンダーカードレースに出走する全馬に対し、馬房内で安静時の心音聴診または心電図検査を行う。
BCの共同獣医責任者であるウィル・ファーマー博士によれば、このようなモニタリングが実施されるのは今回が初めてだという。同氏はこの試みについて、今後BCがこの分野におけるリスク評価プロトコルを開発する上で、一定の基準となるデータを提供することになるだろうと述べた。
「私たちは下肢部の怪我の発見と予防において進歩を続けていますが、同時に業界全体として、サラブレッドの運動関連突然死(EASD)に関連する要因の解明にも取り組んでいます」とファーマー氏は述べた。「EASDの発生は壊滅的な筋骨格系損傷が起こるよりも稀ですが、他馬や騎手に与える危険性が認識されています」
「これらの事象が発生する原因解明の一助となるべく、BC獣医チームは金曜日と土曜日の出走馬全頭に対して聴診を実施します。ご存知の方も多いかもしれませんが、HISA(競馬の公正確保と安全に関する統括機関)はEASDプロジェクトを主導しており、我々の目標は彼らの研究活動を支援することにあります」。
ファーマー氏によると、獣医師は標準的な聴診と携帯型の心電図測定器を組み合わせてこれらの評価を行うという。HISAの支援のもと、心拍リズムの異常が認められた場合は、担当獣医師とともに馬の心臓専門医が再審査を行う。
昨年のブリーダーズカップ・ターフ(G1)では、フランス産馬ジェイアービーが7着で入線した後、EASDにより死亡する事故が発生した。
競走や調教中の馬の死亡は稀であり、HISAの報告によれば、同団体の管轄競馬場における2024年7月1日から2025年6月30日までの全国的な競走関連致死率は、出走頭数1,000頭あたり1.02頭であった。つまり、馬は99.9%の確率でこうした事故を回避している。
ジェイアービーの事例のようなEASDによる死亡は、競走中や調教中の馬の死亡事例の中でもごく一部に過ぎないが、同時に最も知見が乏しい分野でもある。この種の死亡事例に関する情報不足を認識したHISAは、2025年上半期においてHISA監督下の競馬場・調教施設において競走関連死亡事故の約8%、調教関連死亡事故の約18%を占めたこれらの事例について、より多くの知見を得ることができれば、安全性の向上に繋がる可能性が高いと考えている。
「EASDはこれまで、そして今もなおブラックボックスであり続けており、我々はBCチームや全国の獣医チームと協力してこの問題に取り組んでいます」とHISAのCEOを務めるリサ・ラザルス氏は述べた。「我々は筋骨格系の領域において大きな進歩を遂げてきました。しかしあらゆる競馬開催国と同様に、EASDに関しては最近まで全く手がかりを掴めていません」
「HISAはグローバルなイニチアチブの下、複数のチームと連携してきました。これまでにいくつかの発見がなされていますが、まだ初期段階にあります。それでもBCがこうした新たな知見の一部を現状のプロトコルに積極的に取り入れてくれたことに感謝しています。今後も継続的に進捗を重ねる中で、年々より多くの知見を組み込んでいけると考えています」。
新たな技術の活用
BCやHISAをはじめとする多くの関係者が、競馬の安全性を高めるために新たな技術の導入を進めている。ファーマー氏は10月29日、今年のBCに集結した21名以上の規制獣医師が初めて「Sleip(スレイプ)」アプリを使用すると発表した。
このアプリは、AI技術を用いて運動中の馬の100箇所以上の解剖学的キーポイントを追跡し、歩様の非対称性を数値化するとともに、わずかな異常も検出することが出来る。こうした技術によって、人間の目では認識できない段階であっても馬の問題を発見できる可能性がある。
「ここ数年、Sleipは調教師と獣医師の双方によって、個々の馬の歩様を経時的に記録するとともに、その瞬間の動きを評価するために役立ってきました」とファーマー氏は言う。「Sleipは国内外の規制機関において、規制担当獣医師が馬の固有の歩様を記録するツールとして活用されており、英国、香港、ドバイ、サウジアラビア、オーストラリアなどでも使用されています。我々のチーム全員がSleipにアクセス可能であり、分析対象となる特定の馬について、過去の動画が利用可能な場合にはそれらを参照して分析することも出来るのです」。
またファーマー氏は、こうした分析は馬に対する評価ツールになりうる一方で、出走許可の最終的な決定要因にはならないと述べた。規制担当獣医師は、これらの決定を下す際に、利用可能なあらゆる情報を使用するとのことである。
By Frank Angst
[bloodhorse.com 2025年10月29日「Veterinarians Add Heart Exams for Breeders' Cup Runners」]